バトラーのHPは0
「花代! やめなさい!!」
権蔵様が慌てて制止するものの、花代さんに力を抜く気配はない。
それどころか、私を逃がすまいと一層力を込めてくる。同時に迫力が増す。
押しつぶされそうな空気とビクともしない膂力に私は思い出した。脆弱な地球人とここの人らには絶望的な差があったのだ。王都やここにくる道中の生ぬるい戦いですっかりと勘違いをしていた。ちょっとした油断で私の肉体は崩壊してしまう。私は死を覚悟した。
「まぁ、どうせすぐに治るし」
一瞬、私は考えを口に漏らしてしまったかと思った。しかし、その言葉は目の前の女性が放ったものだった。ここで私はようやく理解できた。彼女は人の心が理解できるようだ。なるほど、先ほどまでの非礼な思考を読み取られていたのだ。彼女が怒るのも道理だ。謝罪をしなければならない。
「何回殺したら死ぬのか試してやろうか?」
残念ながら、謝罪を受け入れる気がないようだ。しかし、言葉とは裏腹に彼女は私を解放した。
「ったくよ! アンタは昔からそういう男だよな。人が話しかけてるのに無視しやがってよ」
話しかけられた憶えはないが、彼女が私を殺そうとした理由は無視されたからだという。短気というレベルではない。いや、それ以前の問題だった。
「昔から・・・・・・失礼ですがどこかでお会いしましたか?」
襟元を正しながら疑問をぶつけた。私の方は樽の様になった彼女と会ったことがあるが、彼女は私を知らないはずだ。
「ど・こ・か・で・・・・・・だぁ~!?」
彼女は青筋をこめかみに浮かべた。
「旦那様~、聞きました? コイツはこういう奴なんですよ。アタシをこんな体にしときながら無視してくるような無責任男なの。信頼なんてしない方がいいですよ」
権蔵様は難癖をつける花代さんを「まぁ、まぁ」といなして続ける。
「バトラーが魔法で話しかけれられても無視するのは昨日今日に始まったではあるまいし。自慢じゃないが僕だって子供の頃から一度だって反応されてことがないんだから」
どうやら魔法を使って話しかけられていたことが度々あったらしい。
「そんなのアタシだって知ってますよ。だけどこんな目に遭わせた以上は少しは負い目を感じて反応するべきだとは思いません?」
「・・・・・・もしかしたら君が誰か気がついていないのかもしれない」
「マジで!?」
半信半疑の花代さんと目が合った。とりあえず、憶えがないので頷いておこう。
「死ね」
花代さんが短くそう言うのと同時に「過去の私」の多くが残した複数の伝言が開いた。
『死ね。俺も死んだ』
その後、数回ミンチとなったが、それさえも忘れさせる衝撃的な事実が告げられた。
「え・・・・・・フローラ!?」
「本当に判ってなかったの・・・・・・」
一通り暴れてスッキリした花代こと自称フローラは呆れた様子で呟いた。
「しかし見た目が・・・・・・」
「アンタねぇ・・・・・・。執事をなんだと思ってるの? 執事にとって見た目なんてオマケでしょ。アタシを見くびり過ぎよ。この程度の変化すらできないと思ってるの?」
そう言って彼女は深い溜め息をついた。
「・・・・・・では、あれからここで働いているのですか?」
「まぁ、そんな感じ」
フローラは仕方がないといった様子で続けた。
「あのままフィリップ様に暇乞いに行ったら『竜安寺の所で働け』って。その時に富蔵様が隠し子だからって明かされたの。アタシは自殺できないし、働く先が九伯家の門葉なら抵抗ないしで渡りに船だったけどね。フィリップ様はアタシを隠すつもりだったんだと思う。不祥事隠しと身内贔屓の性格を考えたらそれしかないし。それからしばらく『商会』にいたんだけど、富蔵様に頼まれてこっちに来たってワケ。御理解頂けたかしら? バトラー様?」
剣山に嫌味という調味料を振りかけて喉に押し込むが如く言い方だった。
剣呑な思いをして首を横に振る必要もないと、私は数度縦に振った。彼女はそれを見て「よろしい」と満足げであった。
「それにアタシもタダで働いてるわけじゃないし」
そこで思い出したかのように続けた。
「アンタ王都にいたんでしょ? アイツには会ったの?」
「アイツ?」
「その様子じゃ気づいてさえいなかったみたいね。本当にバトラーの名折れだわ」
彼女は心底呆れている様子を見せながらも続けた。
「ゴーダよ、ゴーダ。スチュワートにコテンパンに負かされた。今じゃ『ヒッポミ・ポーサ』って本名で活動してるんだけどね」
大昔に聞いたことがあるような、ないようなと思っていると、私が子供の頃に五月女美菜が憧れていると名前を挙げた女傑であると時空コンピュータが教えてくれた。
「あれが今は『国民体育大会』ってのを全国で開いてるのよ。王都の近くでも開いたはずだから会ったのかと思ってたわ。まぁ、会ってないなら別にいいや。気がついてなかったのはバトラーとして問題が大ありだと思うけど」
彼女は忘れないようにちゃんと嫌味も言い残した。
「しかし性別が」
言いかけた所で大きくわざとらしい溜め息が聞こえた。
「いくらゴーダでも性別くらいは誤魔化せるわよ。アンタ周りをどれだけ過小評価すれば気が済むの? それに、そもそも『ヒッポミ・ポーサ』の名前で活動してたのはアタシだし。誰かさんのせいで魔法力がほとんどなくなったから技に頼らなくっちゃならなくなったのよ」
軽い舌打ちが聞こえた。
「で、技といえばゴーダでしょ。だけど探すのは面倒だし、アイツが使ってた少数民族の妙技みたいなのが市井に多くありそうだから『国民体育大会』を開いて技を発掘してたの。もちろん竜安寺のお金で開催してね。ついでにゴーダの本名で活動してればヒョッコリと顔を見せると思ったワケよ。そんで捕まえたから『ヒッポミ・ポーサ』を交代したの。アイツも暇してたし、リハビリがてら丁度良いでしょ。アタシとしても退屈な相手から技を引き出す手間が省ける。ゴーダ経由で教えて貰うか千里眼で様子を見てればいいだけだしね」
そこで不敵な笑みを見た気がした。
「戦い以外にも門戸を開いたのは正解だったわ。魔法力を失ってわかったり意識できたりすることも多いものね。その点についてはアンタに感謝してるわ」
「旧交を温めるのはもういいですか?」
権蔵様がそう言うと花代さんことフローラは首を横に振った。
「バトラーって名称は凄いけどこの通りのポンコツだよ? 本当にいいの?」
「ポ、ポンコツですか!?」
酷い言い草に権蔵様が驚いた様子をみせた。
「たしかにコイツは暗殺者ギルドの言うように『不死身』だし、それにとどまらない不思議な技や力をたくさん持ってる。だけど、いわゆる『バトラー』じゃないよ。正当派の真逆を行って、結果として『バトラー』に到達したような奴だもん」
戸惑う権蔵様に彼女は続ける。
「アタシと同期でバトラーになれる奴はスチュワート、当時はカイトって言ったんだけど。それかさっき名前を挙げたゴーダくらいだったの。九伯家の紐付きのアタシとマルス、同じく公爵家の紐付きのファロスは論外。あとは劣等生が一人、それと外道を地で行くこの今世の『バトラー』だけだったんだから」
「それでもウマさんは『バトラー』になったので問題はないでしょう。『執事の穴』は適格者が見つからなければ『バトラー』を認定せずに再度開かれるはずなんですから」
権蔵様の反論にフローラが苦笑いを浮かべた。
「意外と純なんですね。考えてもごらんなさい。そうお題目通りにいきませんって。『執事の穴』って制度自体が矛盾を孕んで破綻してるんだから。執事は主に仕えるのが第一なんですよ? そんで主が死んだら殉死するべきって考えなの。それを歪めて『バトラー』の任命を一番にしてるんだから。そんなの誰も真面目にやらないって。とっととクソ下らない義務から解放されて主の為の仕事をするか殉死をしたい人たちなの。『執事の穴』の教官は殉死待機の人らが優先的にやるから『生きる屍』が『さっさと死にたい』って仕事してる状態なんだもん。そりゃ延長してまで仕事したくないって」
そうだったのか。権蔵様が衝撃を受けているが私の方が衝撃を受けている自信がある。
「で、ゴーダは脱落、劣等生は死亡。主にすべき人が死んで目的が執事の範囲を超えちゃったスチュワートか、この『バトラー』の二択になったら後者を選ぶしかないって」
追い打ちを受けたグロッキーな私を傍目に権蔵様は覚悟決めたようだった。
「それでも僕はウマさん・・・・・・バトラーに賭けるしかないのです」
そう言った彼に迷いはなく、フローラも黙って頷いた。




