花代
「バトラーに出すには少々恥ずかしいものですが」
権蔵様はそう言って茶を淹れてくれた。
準備が終わるまで時間が必要との事で、そのまましばらく執務室にいることになったからだ。まさか貴族になった権蔵様が手ずから茶を淹れるとは思っていなかったので少々驚いた。
「普段、私の身の回りは花代に任せていましてね。人を置かないことにしているのです。人を配置せよとの圧力が強かったのですが……花代というのはメイドなのですが、これがまた出来が良く、ついにはスチュワートさえも折れて彼女一人に任せることに同意したのですよ」
私が知っている彼女は人懐っこいおばさんだっただけに、この評価は少々意外だった。いや、お嬢様のお付きとして最後まで選ばれていたからにはやはり優秀だったのだろう。しかし、スチュワートさえも納得させるのは信じられない。……あるいは、彼女はスチュワートにもっとも近く、全てを把握し報告する立場なのかもしれない。
そうなると彼女を地下室に連れて行くのはあまり好ましくない。地下室は千里眼等の魔法で覗かれるのを防ぐための施設だ。そこで会話するということ自体が「聞かれたくない話」をしていると自白するようなものだ。そこまでしてする「密談」なのに内容が筒抜けになってしまう。
「やはり口に合いませんか?」
権蔵様の問いかけに正気を取り戻した。随分と渋い顔をしていたのだろう。
「いえ、執事の穴でも十分通じるお手前ですよ。次期バトラー候補として執事の穴への推薦状を書こうかと迷っていたのです」
「それなら推薦状は花代に与えてください。私のは彼女直伝ですが、まだまだ及ばないのです」
権蔵様はそう言って破顔した。苦し紛れに言ったことだが、事実としてかなり上手に淹れてあった。彼もよほど自信があったのだろう。そういえば、子供の頃に彼女から紅茶の淹れ方をチェックされたと思い出してカップに口をつけた。
玄人はだしならぬ執事はだしと再び感心した。同時に彼女は見ているだけで紅茶の淹れ方は教えてくれなかったなどと思い出して苦笑いを浮かべてしまった。
「花代は本当に上手なんですよ」
苦笑いをどう受け止めたのか、権蔵様は信じて欲しいと言わんばかりに強調をしてみせた。権蔵様からここまでの信頼を勝ち取った彼女はこの際置いておこう。過去の事例からしても特別警戒する必要はなかったはずだ。なにより地下室の防諜能力などスチュワートが本気になったら障子一枚の価値もないのだ。どうにも考えすぎるのは悪い癖だ。
しかし、どうにも間が持たない。権蔵様には地下室で話したいことがある。換言すれば人に知られたくないことだ。下手に話を振って、それに触れてしまうことがあってもならない。なんとなれば、時空コンピュータの過去の事例からある程度の推察はできる。一方で街の発展具合などは過去に例がない。だから、下手に頼って先入観をもって接するのも好ましくないだろう。だから一先ずは様子見をするしかないのだ。
権蔵様もそこは承知しているのか自分の方から話をしてくる。
「ところで領地の変化をどう思いましたか?」
「随分と様変わりしたようですね」
正直なところ返答に困る問いであった。開発し発展していくのが良いの悪いのか判断がつかないのだ。少なくともこの世界の貴族はあまり快く思ってはいないだろう。一方で権蔵様としては一度開発の方に進めた以上はそちらに頼るしかない。領民にも損する人がいれば、開発が進んだからここに逃げてこられた人もいる。なによりも私が是非を明らかにすることは、私自身の思想的立場を明らかにするのと同じだった。
「そうですか・・・・・・」
明らかに権蔵様は落胆していた。なるほど、彼は私に立ち位置の表明を求めているようだ。地下室に行く『準備』とは私への確認なのだ。竜安寺家との関係、すなわち少年時代に世話になり、バトラーになってからも富蔵様の世話になっていたことを考えれば、竜安寺家寄りなのは間違いないが、それだけでは足りないのだろう。
「今回は富蔵様の代わりに来ました。もちろん商会の会頭としてではなく人の親としての富蔵様です。その点はバトラーとして信頼してください」
「そうですね・・・・・・。ここではなんですので追々説明いたします。地下室に行きましょう」
権蔵様は何か頼みがあるのだろう。それは当然ながらお嬢様に関することであり、その点について私が断る理由はない。だからといって、権蔵様の味方であると今ここで表明するのも早計であった。
権蔵様は私のその様な気持ちを知るはずもない。彼は私が答えを保留したこと、交渉が決裂しても『バトラー』の名にかけて悪い様にはしないという二点についてのみ了承した。とりあえずはそれで良い。
地下室の階段前にはメイドが待っていた。体型のわかりにくいメイド服にも関わらず、トップモデルで通用するスタイルだと一目でわかった。立ち姿も完璧だ。どこか冷たさを感じるが、怜悧な美女という言葉さえも当てはまらないほどの美しさであった。
「あれが花代だ」
わかってはいた。しかし未来の彼女の姿を知る私は脳がその事実の受け入れを拒否した。もしかしたら私が知る人物とは花代違いなのかもしれない。一縷の望みを見いだしたが、即座に時空コンピュータが同一人物との回答を寄越してきた。
夢も希望もあったものではない。月日というのは残酷すぎる。
私の哀れみと同情と絶望のこもった視線と彼女の視線が絡み合った。数秒見つめ合った後に彼女は優しく微笑んだ。氷の仮面が一転、菩薩が如く優しい笑みへと変化したのだ。どんな男でも一目で恋に落ちることだろう。・・・・・・将来の彼女を知らなければ。
「どうだ、美人だろう? しかもあれで仕事は完璧にこなすのだからな」
権蔵様はどこか誇らしげであった。案外、権蔵様も恋に落ちた一人で、彼女への高評価や信頼感はそこから生まれているのかもしれない。
「花代、準備はできてるかい?」
「はい、旦那様。地下室内の確認は終わっております」
心に澄み渡るような美しい声だった。それに権蔵様が鷹揚に頷くと地下室の階段を下りる。
「そうだ、花代。今回は着いてきてください」
「ここで人の出入りを見ていなくてもいいのですか?」
権蔵様の指示に対して、そう仕掛けられた人形の様に小首を傾げた。
「バトラーもいるのに侵入を試みる者もいまいて」
権蔵様は笑い声をあげた。
「そのようなものでしょうか?」
一方の花代さんではない花代さんは納得していない様子だ。しかし指示には従うようで私の後ろを追いかけるように歩いた。
地下に入ること数分。お嬢様への期待が高鳴りつつも花代さんが気になった。宇宙人特有の変化であると考えないと納得ができない。そもそも骨格が違うじゃないか。この花代さんは170cm以上あって明らかにあの花代さんもよりもかなり大きい。体型だってゴム風船じゃあるまいし、棒が樽になるわけがない。こんなのは詐欺だ。これが認められるならお嬢様だって助かった二十年後にはどうなるかわかったものではない。ああ、そうか。これは全部時空コンピュータを使った歴代の私自身が残した悪戯だ。
私は混乱でバトラーとしての体裁を忘れた混乱に陥っていた。そこに地獄の底よりも低いような声が体を震わした。
「おい・・・・・・テメェ・・・・・・」
音源を求めて振り返った。
同時に襟首を掴まれ、その勢いで強く壁に叩き付けられた。
「いい加減にしろよ・・・・・・」
花代さんがこの世のモノとは思えないデスボイスを発していた。壁に強く押しつける腕力以上に九伯家当主でも逃げ出すような怒気を孕んだ視線に私は動けなかった。




