表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺TUEEEのに無力です  作者:
バトラーの見る夢/後編
57/82

ありがとう

 私はこの世界に失望してしまった。

 私が選んだ世界は私に無関心で、私は世界に無力だった。

 いや、完全に無力であったならばどれほど良かったことだろうか。私が足掻けば足掻くほど、深い泥沼に周りを巻き込んで沈んでいくのである。良かれと思ったことは全て裏目に出てしまう。

 なにか立派なことをしたかったわけではない。手の届く範囲だけでも幸せにしたかったのだ。

 私は聖人君主ではない。感謝の言葉を貰いたかった。言葉は得られなくとも何かを成したかった。何かを得たかった。

 しかし私が得たものは恨みであり、失望であり、親しい者の喪失であり、居場所からの追放であった。

 もはや私は諦めた。だからマサラ鉱山へと向かって歩いている。時空コンピュータによれば近々王の崩御が起きるのだ。同時に恩赦が出て私の王都からの追放は解除される。後は例の場所で彼を迎えてそのまま送り返すのだ。そのためには転移石と幾つかの準備を整えて時を待つ必要がある。

 カガチ様から転移石を受け取り損ね、富蔵様からの転移石もうやむやとなっていた。だから私はマサラ鉱山へと向かっている。富蔵様が発掘を終えていればよし、もしまだなら富蔵様に頼んでカガチ様の転移石を届けてもらうのもいいだろう。

 そうだマサラ鉱山といえば彼女(・・)の問題くらいは解決したい。いままで全て裏目であった。思い出してみれば私が見た彼女は『私』のせいで不幸を味わっていた。彼女を巻き込み、気持ちを利用し、思いを裏切ったのは『私』だった。

 今度は彼女を巻き込まない。しかし既に不幸な境遇に陥っているはずだ。彼女を救いだしたら思い切ってスチュワートに預けてみるのもいいだろう。もし彼女の平穏な幸せと引き換えに竜安寺家との揉め事に干渉しないと約束すれば、彼ならそれを誠実に果たしてくれる。

 まだ見ぬお嬢様にも私は関わらない方が良いに決まっている。もし私が関わらなければ幸子様は未だ健在であったはずだ。北の大地は温かさを忘れていないはずだった。フローラは失意のうちに放浪に出なかった。マルスの憔悴もなかった。リュートが苦しむことはなかった。スチュワートはバトラーに成れずに苦悶することはなかった。いや、スチュワートはカイトのままでここまで事態が拗れることすらなかっただろう。おそらく私は不幸を呼び込む。

 偉そうにしたところで全ては私のエゴだった。少しでもいい。報われたかったのだ。そんな自己中心的な考えが皆を不幸にしたに違いなかった。そもそも私はこの世界からすると余所者であり、存在が許されない者なのだ。それが干渉しようとしていたことが罪だった。結果として無垢なる人々が私の邪な考えで傷つけられてきた。

 異世界(ここ)に私の居場所はなかったのだ。


 その時であった。後ろの方で叫んでいる声が聞こえた。

 振り返ると土煙が舞い上がっていた。それは段々と近づいてきた。

「おぉ~い! バトラーやぁ~い!」

 声は富蔵様のものだった。

 富蔵様は土煙の中にいた。正確には土煙の高さ3メートルほどの所にいた。

 やがて私も土煙に巻き込まれた。凄まじいほどの風が土を抉っていたのだ。時空コンピュータやナノマシンの補助がなければ間違いなく吹き飛ばされていただろう。

 風が止み土煙が落ち着くとともに私の目の前に珍妙なものが姿を現した。高さ3メートル、長さ15メートルの長方形の箱というべきものだった。

「よう、バトラー!」

 その高みから富蔵様が私を見降ろしていた。そしてひらりとそこから飛び降りる。

「久しぶりだな」

 私は自然と握手をし、当然の質問を出した。

「これは……なんなのでございますか?」

 私の極めて素朴な疑問に対して富蔵さんが不思議そうな表情を見せた。

「なに……って。お前が儂に見せてくれた『船』じゃないか。ちょっとばかり工夫はしたけどな」

 おかしい。私の知っている『船』は土煙を巻き上げて陸上を動いたりしない。いや、弟が『船とは、水、空または陸を航行する一定の建造物にして、航行とは、他力に依りて自在に自動するがごとき状態に在ることなり』って本に書いてあったとかなんとか言っていた気がする。それならばこれも『船』なのか?

「魔晶石を使って大量の風を地面の方に送ってだな……。まぁいい。積もる話もあるだろう。儂もお前に『例の魔晶石』を渡さなきゃならん。とりあえず乗れ」

 その珍妙な『船』の縁の一か所が中ほどで折れ、外側に階段(タラップ)を作った。私は富蔵様に誘われるままに『船』に乗り込んだ。



 『船』は長方形の升の様になっており、中には魚の干物や魔晶石が山と積まれていた。ポルトからマサラ鉱山へと物を運んでいる途中だったらしい。そしてこの『船』、本来は川を移動するものだという。川から川、川から街へと移動するときに補助的に陸で動けるようにしているらしい。補助的とはいうものの時速60km~150kmで移動する。水上に至っては地形によるが時速100km~300kmを巡航速度として出せる上に燃費も良いという。


 船中の私は富蔵様の話の聞き役であった。失意の旅であった私からは特別語るべきことはなかったからだ。無為に三年の月日を過ごしていたのだ。

 富蔵様の話すことはほとんどは商売の話であった。マサラ鉱山の近くには川が流れており、算出された魔鉱石をそのまま河口にあるポルトに運び込んでいるということ、ポルトでは魔晶石への加工を行っている、船を利用しやすいマサラ鉱山は貿易の中継地として利用しているということ等を聞いた。具体的にはマサラ鉱山から魔鉱石をポルトに運び、ポルトで魔晶石と魚の干物を積みこむ。ポルトで調達した物品は一旦マサラ鉱山に船でまとめて運び込み、そこから馬車や船を利用して全国へと送るようにしているらしい。主な交易先であるファームル伯領は内陸ゆえに魚が喜ばれるなどということを自慢気に話していた。ハガン候向けの交易には川がなく船が使えないのが残念と語っていたが、海を使うという発想はないようだった。この世界では海は漁----という名の素潜り----や観光で利用する程度なので無理もない。おそらく海へ出ることは慣例を完全に無視した忌避すべき行為であり、時として禁忌として処分されるほどの革新的な発想なのであろう。


 

 富蔵様の話を聞いているうちにマサラ鉱山の街が見えてきた。城壁は拡張され、近くを流れていた小川を城壁の内側へと収めていた。さらに小川も川幅は拡張され、水量も大幅に増やされていた。これによって『船』は問題なく通行できた。その川に進水すると水門が開かれ街は私達を迎え入れた。


 水門をくぐるとそこは異世界であった。拡張された川は穏やかな水面を一面に広げていた。それはまるで湖の様であった。そして『船』と称する大小数々の長方形の升が係留されている。

 下船早々に私はあることに気がついた。その光景に心を奪われた。そんな私に富蔵様が話しかけてくる。

「さすがのバトラーもこれだけの『船』を目にするのは初めてだろ? なにせ『船』をまともに運用できるのは儂らだけだからな。なにしろ船はデカくて目立つし、陸の上じゃ小回りが利かないうえに動きも遅いとくる。一方じゃ馬車とは比較にならないくらいの荷物を積んでいる。これじゃあ襲ってくれと言っているようなものだ。護衛を多く乗せれば被害は防げるが、そいつらに寝る場所や食い物、飲み物の場所を取られるから、載せられる商品が減る。おまけにそれらはタダじゃない。給料や食糧費が無駄にかかればその分だけ利益が減る。おまけに護衛の連中が信用できるかもわからんしな。裏切られて船と荷物が行方不明じゃ元も子もない。ようするに普通じゃ扱えない輸送手段ってことだ。儂の場合は北方騎士団を首になった連中を大量に雇ったから運営できるのよ。九伯家じゃ話にならない実力でも世間一般じゃ十二分な戦力だ。そこらの野盗なんぞ問題にしない。しかも身元がハッキリしていて地元や家族までわかっている分だけ信用もある程度はできる。地元じゃ面子もあって働きたがらない連中も船になら乗るしな。それに儂の場合は----」

 得意げに自慢する富蔵様には申し訳なかったが、私の耳には半分も入ってこなかった。私の心は視界に入った少女に奪われていたのだ。


 白いワンピースを着た幼い少女は自分の背丈ほどもある大きなクマのぬいぐるみを引き摺るように駆け回っていた。ワンピースは日光を反射していた。しかし彼女の無邪気な笑顔はそれ以上に輝いていた。それを困り顔のメイドが追いかけまわす。少女はそれが楽しいのか捕まりそうで捕まらない距離を保ちつつ走り回るのだ。

「富蔵さーん!」

 そんな大声で私は我に返った。みれば三十代の男性が駆け寄ってきていた。身なりや仕草からすると裕福であり育ちもよさそうに見えた。富蔵様の方も彼に手招きをしていた。

「ああ、バトラー紹介するよ。彼はさっき(・・・)話題にしたグンナル殿だ」

「ああ! あなたが今の(・・)バトラーですか! あなたのおかげ私は非常に助かりました」

 グンナルと紹介された彼は目を輝かせていた。おそらく初対面のはずだ。当然ながら彼に何かをした覚えなどない。

「あなたの考えた『船』がなければ私どもは一族郎党ことごとく路頭に迷っているところでした。そこから助けて頂いたばかりかお陰様で領民……いえ、この街の者にも仕事ができ外に行っていた者も帰ってきてくれたのです」

「儂も頑張っただろ?」

 私の理解が追い付く前に富蔵様が意地悪な笑みを浮かべて茶々を入れた。

「ええ、ええ。もちろんですとも。富蔵さんからの技術や仕事、それに融資がなければどうしようもありませんでしたから」

「そう素直に来られると困るの」

 グンナル様の屈託のない笑顔に富蔵様が照れ笑いを浮かべた。

「まぁ、儂の方は元貴族の一族郎党の力を借りることができて万々歳よ。グンナル殿がいなければ『船』の稼働率は三割以下になるからな。しかも真面目なこの街の連中が仕事をしてくれるおまけつきだ」

「パパー! あそぼー‼」

 その時、先ほどの少女がグンナル様の足にしがみついた。

「お嬢様! 旦那様はお仕事中ですよ!」

 慌てたメイドが駆け寄るが少女は一層強くしがみつき離れる様子を見せない。それどころか可愛らしく舌を出して挑発する始末であった。……いや、問題はそこではない。


 グンナル様は少女の頭を優しく撫でると落ち着かせる様にゆったりと語りかけた。

「パパは大事な人に挨拶をしているところだから、ちょっと待ってね」

 父親に注意された少女を面白くなさそうに足から離れるとメイドに手を引かれて去ろうとした。それを見ていた私は無意識のうちに引き留めていた。

「その子はベアトリクスという名前ですか?」

 グンナル様とメイドは驚きをみせたがすぐに「さすがはバトラーですね」と納得した様子で頷いていた。ああ、やはりそうだったのだ。私の軽率な行動で生まれた『船』が彼女を救ったのだ。この影響で本来なら平穏無事な一生を終えられた人々が不幸に陥ったかもしれない。……だが、それでも構わなかった。自己中心的な話だが私は確かに嬉しかった。所詮は人間、聖人のごとき神の視座には立てないのだ。それがたとえ他人の不幸を基に成り立っていたとしても嬉しかった。なにも自棄になって望みを放棄する理由など何一つなかったのだ。

「抱きしめてよろしいですか?」

 私は返事を待たず、夢遊病患者の様に少女に向かって一歩踏み出した。少女はいうと怯えた表情見せた。それはそうだろう。初めて会った中年男性が自分の名前を知っており、挙句には抱きしめさせろと近づいてきたのだ。至極真っ当な反応だろう。私も理性ではわかっていたが動きは止められなかった。

 もう一歩近づくと少女はグンナル様の足にしがみつくように隠れる。さらに一歩近づいた時に少女は私の顔を呆然と見上げた。

 おそらく目が合った。私がそう判断した時、自然と言葉が出ていた。


「ありがとう」


「なにを仰います。からかわないでください。お礼を言うのは私たちの方ですよ」

 グンナル様が自分に言われたものと思い戸惑っていた。そして少女も戸惑っていた。しかしその原因は別にあるようだった。

「……おじちゃん、泣いてるの?」

 私が泣いている? なるほど、だから少女の顔がハッキリと見えなかったのか。不思議と冷静に納得できた。それは些細なことなのだ。

 跪いた私は有無を言わせず少女を抱きしめた。彼女が嫌がるようにもぞもぞとしていたが構わずに抱きしめた。そしてもう一度言った。


「ありがとう」


 私は何度でも言うだろう「ここにいてくれてありがとう」と。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ