北方戦争19
富蔵様は『トミー』と呼ばれても顔色を変えず淡々と答えた。
「その名はこの家との関係を断つときに置いて行きました」
「ならば、この家に居る時はトミーでも構わぬではないか。口うるさいお前の兄弟たちも今は北の地に出兵しているしな」
「ご容赦ください」
「……ならば父と呼んでくれぬか? 儂はこれでもお前には目をかけてやっているのだぞ」
「ありがたきお言葉。しかし、けじめでございます。申し訳ありません」
富蔵様は淡々と答える。
「ふむ……。まぁ、アレには悪いことをしたからな。お前が儂を拒絶するのも無理ない話だ。女房はあれでなかなかに嫉妬深いからのぅ」
フィリップ様の平然とした口調に軽さが混じった。
「何をおっしゃいます。母は私を身籠もった時に覚悟をしていたと思います。私自身はフィリップ様にはむしろ感謝をしているくらいです」
富蔵様の言葉からはなんの感情も読み取れなかった。
「そうだろう、そうだろう。出ていった後もお前を狙う息子たちやその他諸々から守ってやったのは儂だからな。ところで、お前が妻扱いをしている平民の娘は息災か?」
満足そうなフィリップ様の問いかけに富蔵様が一瞬間を開けた。
「……御冗談を」
「何がだ?」
フィリップ様は声色こそ疑問を呈しているようだったが、真意はおそらく違ったのだろう。
「……妻は死にました」
「おお、それは可哀そうに。病気か?」
「殺されました」
「そうか……。犯人は?」
「強盗目的の騎士たちでした」
「なるほどなぁ。で、捕まったのか?」
「はい」
「そうか、そうか。相手が捕まっただけでも慰めにはなるだろう。儂はまた子供たちの誰かが暴走したかと思ったわ」
フィリップ様は軽く笑った。
「九伯家とはいえ当主に無断で暗殺者ギルドの席次持ち、それも五番以内の高席次の者をたかが商人夫妻の拉致の為に派遣できるとは知りませんでした。そのクラスの者につまらない仕事をさせるとなると王の勅命か王族、九伯家当主、公爵、その他名だたる貴族からの依頼か王国からの指示がなければ動かないと思っていました」
傅いたままで述べた富蔵様の言葉にフィリップ様の発する空気が変わった。
「……何を言いたい?」
先ほどまでの雰囲気が一変し『凄む』との表現が生易しいほどの圧力がフィリップ様から発せられた。
「……」
富蔵様は恐怖したわけではないだろうが一言も発しない。その富蔵様にフィリップ様は圧を発し続ける。そして鼻で強く笑う様に息を吐いた。
「まぁ、全部儂が指示したのだがな」
フィリップ様はどこか愉快そうな口調であった。富蔵様はそれを聞いても反応しなかった。
「儂も苦しんで苦しみぬいた挙句に出した苦渋の決断だったのだよ」
フィリップ様は芝居がかった口調で続ける。
「そして、おそらく最も穏便で最も被害が小さい答えを出したというのに……それをお前が邪魔をしたのだ。その結果としてお前は女房と娘を失なったということだ」
フィリップ様は穏やかに語り掛ける。
「いや、そもそも原因さえもお前の不始末だ。わかっておるのだろう?」
「……」
富蔵様はなおも無言を貫く。だがその抵抗はフィリップ様の一言でなんなく破られた。
「命令だ。何か言ってみろ」
「節子が……娘ができたからですか?」
「そうだ! なんだ、わかっているではないか」
苦しそうに答えた富蔵様に対してフィリップ様は嬉しそうであった。
「息子は……まぁ、いいだろう。あんな平民に毛が生えた程度の雑種なら魔法で子種を不活性化できる。なんなら実力行使で物理的に子供を作れなくしてもいいだろう」
そこまで言うとフィリップ様の口調が変化した。
「だがな、娘はいかん。娘は。男と違って女は貴族が気まぐれに手を出すことが事があるからな。不妊化の魔法が打ち破られては困るのだよ。なにせお前程度にすら通じない弱い魔法だ。無効化できる魔法力の持ち主はごまんといるだろう。これ以上九伯家の血を引く雑種は勘弁して欲しいのだ」
フィリップ様は続ける。
「せっかく儂が暗殺者ギルドに依頼して堕胎とお前への警告で終わらせる手はずを整えてやったのに……。意図的に噂を流してマサラ子爵領、当時のバトラーの縄張りで仕掛けさせたのは大した腕前だ。暗殺者ギルドはバトラーに臆したと評価されるのを避けるためにあえてマサラ子爵領内で行動を起こすはずと見越したんだろうからな。バトラーの威を借りて自分らの身の安全を確約させたのも見事だ。……だがその代償は高くついたな。儂としては娘の存在は看過できない。しかし暗殺者ギルドは使えない。お前と九伯家の関係も知られたくない。お前もろとも家族を皆殺しにするなら話は簡単なのだが……儂としては少々心苦しい。その解決策としては間接的に動くしかないわけだ。当然、コントロールなぞできん。そのせいで本来ならお前の娘だけで済むところを女房気取りの平民までもが巻き込まれて死んだわけだ。いいか、生かしておけない娘を作ったのはお前だし、平民の女を巻き込んで殺したのもお前だ。儂にとっちゃあの平民なぞどうでもよいし、実際巻き込まれて殺されたというのも今ここで知ったくらいだからな」
フィリップ様はそう言い放つと笑った。
「女房気取りではなく、妻です」
富蔵様は力強く言った。
「そいつは錯覚だな。平民の血が混じっているとはいえ、半分は儂の血だからそれはない。お前の母の血がそう勘違いさせてるだけだ。見えてる世界が違うのだから夫婦などありえんだろ。まぁ、死んでしまった今じゃどうでもよい話だが」
「……。それよりも北の蛮族との――――」
「誰が勝手に話を進めてよいと言った!」
話を打ち切り本題に入ろうとした富蔵様をフィリップ様が一喝した。
「お前は儂に対して『蛮族どもと和睦してください』そう頼みに来たのだろうが‼ それも公爵の差し金で‼」
癇癪を起したフィリップ様の激高は止まらない。
「それがなんだ! いちいち反抗し、儂が気分よく話しているところを遮る! 失礼だとは思わんのか! 本来ならたかが商人に過ぎないお前などバトラーが連れてきたところで儂に面会などできんのだぞ! 調子に乗るな!」
フィリップ様は怒鳴った。
「おい! 誰のおかげで金持ちに成れたんだ? 元々の金の出どころはどこだ? お前の商会が訓練の様な下品な真似をしても責められないのは誰のおかげだ? 珍妙な発明品の数々を作り利用しても職工組合が手を出せないのは何故だ?」
「……全てフィリップ様のおかげです」
「ああ、そうだ! わかっているではないか! お前が生を受けたのも人並み以上の豊かさを享受できているのも特別扱いを受けているのも平民離れした魔法力に恵まれているのも今現在まで生き永らえているのも全て儂のおかげだ! ところがお前はなんだ! この恩知らずの無礼者め!」
フィリップ様はまだ続ける。
「火を着ける棒や馬車の揺れを減らす程度の可愛げがある発明ならまだいいだろう。しかし船はなんだ? ああ、それにしても船、船、船! 全くもって腹立たしい。あれさえなければ公爵は高みの見物なぞ許されなかったものを!」
フィリップ様は大きく溜息をついて首を横に振った。
「そしてお前はどうだ? 儂のおかげで存在できているというのに船を作りおってからに! いや、それだけじゃない! 伝統ある九伯家の当主である儂を親としながらもまるで公爵の走狗ではないか! 今回の和睦の話も公爵が裏で糸を引いているのであろう? この流れ、あの和睦の条件は完璧ではないがほぼ公爵家の思う通りの展開ではないか」
フィリップ様は既に和睦の内容を知っているうえで富蔵様を嬲っていた。
「お前は神代より続くこの九伯家の当主の息子であろうが! それが移民、平民の……元は曽根だかなんだか知らんが、兎に角どこの馬の骨とも知れぬ氏素性のわからぬ公爵の手先とは恥を知れ! あの様な自らの出自を誤魔化すために爵位が苗字がなどと抜かす卑怯な成り上がり者を引きずり下ろす千載一遇の機会をお前は潰したのだ! それにバトラーの件もそうだ! お前がもう少し積極的に立ち回ればバトラーにゴーレムを破壊されずに済んだのではないか? あれさえなければ我ら一族の宿願であった北伐は成功していたのだぞ! お前は儂の祖父の代から続くゴーレム計画を台無しにし、一族の宿願の達成を遠のけたのだ!」
喚くフィリップ様に対して富蔵様は反応を見せなかった。フィリップ様の怒りは本物であった。もし初めの問答で『トミー』に応じたり『父』と呼んだりしていたら「九伯家に対して野心あり」と手打ちにしていたことだろう。
その「恐怖」に対峙した富蔵様の心境は……おそらく『歓喜』。富蔵様は全てを承知の上で九伯家に利益を与えない方向で動いたのだろう。魔法力と血統に支えられた貴族社会において絶対に手が届かないはずの存在である九伯家に一撃を加えたのだ。九伯家が狙っていた北の地への野望を頓挫させ、数十年かけ計画したゴーレムによる侵攻を水泡に帰し、三大勢力から陥落させ、当主を激昂させるところまで追い込みその様を目の当たりにしている。これはスチュワートの言っていた『復讐』であり、母親の分のみならず幸子様、節子様の分を含めて一矢報いたのではないだろうか。
「まぁ、いい。和睦の件はお前の中の儂の血に免じて承知してやろう。お前は精々儂らの為に馬車馬の如く働き、貢ぎ続けるがよい」
怒鳴り散らして満足したのか、落ち着いたフィリップ様は途端に興味を失ったようだった。犬猫でも追い払うような仕草で手を動かし退席を促した。
「ありがたき幸せでございます」
私達はそれに応じてその場から立ち去った。フィリップ様も実際には和平案を飲むしかないことは承知していたのだ。
屋敷を出た私達を出迎えたのは公爵とその馬車であった。それを前に富蔵様が声をかけてきた。
「バトラーには色々と押し付けちまったな。せっかく再会したってのに、これでまた暫くお別れとはちょいと寂しいな」
私の様子から理解出来ていないこと察したのだろう。富蔵様は驚いた様子で続けた。
「ん!? おいおい、まさか聞いてなかったのか? 和睦の条件のバトラーに関する条項だよ。王都及びその近辺からの追放と北方の地への立ち入り禁止って奴だ」
不覚にも全くの初耳であった。これが為に北の地のナノマシンへの命令解除ができなくなり、忠実なマシンによって彼の地は未だに雪の中へと閉じ込められているのだ。
「ぽぽぽぽ、お疲れ様」
唖然としている私に独特なフォルムの持ち主である公爵が駆け寄ってきた。
「説明してなくてごめんね、ね?」
公爵は胡麻を擦るかのごとく顔を寄せてくる。そして私の耳元でそっと囁く。
「ほら、『祖を同じくする者は助けねばならない』っていうでしょ? ね? ね?」
宇宙人の親戚がいたとは私はもちろん父や母も知らないことだろう。流石の弟でも予想すらできないことだろう。
「初耳ですな」
「ほら、先祖をずーっと、ずーっと遡って行けばどこかで……ね、ね?」
物質レベルでさえ宇宙開闢以来の縁だと思うが、公爵によればそうらしい。
「それならば私が困った時には助けていただけると?」
私の問いに公爵は驚いたような表情を見せた。
「え、えっと、まぁ~、それはその時の機会に……ね、ね」
公爵はそう言って私を馬車に押し込む。
「とりあえず、ボクが責任をもって外にまで連れて行くことになってるから……ね、ね」
言いたいことは幾らでもある。だが、戦争を望まない私にはそれに従うという選択肢しか与えられていなかった。
私は押し込まれるままに馬車に乗り込んだ。富蔵様はそんな私に手を振って見送っていた。




