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俺TUEEEのに無力です  作者:
バトラーの見る夢/後編
53/82

北方戦争17

「儂はな、この話を持ってこられて以来ずっと違和感があったんだ。公爵様の目的が読めなかった。だがお前の態度をみているうちにぼんやりと輪郭が見えてきたわけだ」

 富蔵様は表情を変えないスチュワートを一瞥した。

「誰が和平のアイデアを出したのか、誰が文面や条件を詰めたのか、誰が儂の商会を選び何故スチュワートを使いに出したのか。和平の必要性をどの程度考え、目的はどこに置いているのか。全部がチグハグで不合理だったからな」

 グラスに手酌をしながら富蔵様は続けた。

「初めは公爵様主導の話かと思った。なにせ公爵家が三すくみでの権力の均衡を重視しているのは歴史的に明らかだ。それを中心に考えると公爵様は今回の戦争そのものに反対だったことだろう。王国側が勝っても負けても九伯家の力が大きく変動し均衡が崩れるからな。だが戦争は起きた。裏を返して言えば常に政治の主導権を握っていた公爵家がその時点では失っていたと考えられる。これは王と九伯家の力が増し、かつ、この二者が極めて近くなっているということだ。フィリップ様が個人的に親しいことと二者が組み王権の強化と九伯家の権益の拡大をしてきたからだろう。九伯家にとって王国を巻き込んだ戦争を仕掛ける最後のチャンスだった。王権と九伯家が一心同体まで近いのは王と当主の個人的な信頼に基づいている。……で、どちらかが譲位や禅譲、死去でもすれば容易に崩れ去る関係だ。それが両方とも高齢とあっては王を後ろ盾に仕掛ける時間は限られていたからな」


「王に対して不遜ですぞ」

 スチュワートの警告を富蔵様は鼻から漏らした空気で流した。

「誰も見ちゃいないし聞かれてもいないんだ。本音でいいだろ。それともお前が王に御注進を申し上げるか? スチュワートが儂らを狙ってるのは有名な話だ。讒言ととらえられるのがオチだろ。あるいは儂らを取り潰して王がファームル伯領やマサラ鉱山の権益を手に入れるかもしれん。その方がお前にとっちゃ不利だ。だからお前が密告することはあり得ない」

 そして「話を戻すぞ」と続けた。


「なんにしても戦いが始まってしまった。始まった以上は公爵家として戦いの終着地点を探らなければならない。最悪の決着は九伯家の完勝であり、ここは避けなければならない。逆に理想的な最善の決着は? 九伯家が落ちぶれることか? 答えは否。それでは均衡が崩れてしまう。最善の結末は九伯家の勢力が戦前よりもやや落とし、北の民は相変わらず王国の勢力圏外として存続し続けることだろう。王家と九伯家の蜜月関係は当主同士の結びつきだから、双方の年齢的にも十年もすれば綻びが生じるので公爵家はそこから政治的主導権を取り戻せばいいのだ」

 富蔵様はそこで私に笑いかけた。

「ところが……だ。知っての通り、戦いは明後日の方向に進んだ。九伯家が心血を注いで作り上げたゴーレムはバトラーによって一瞬で壊滅させられ、おまけに執事の穴出身者まで失うという大打撃を被ったわけだ。さらには王の親征までもが空振りに終わる。ここまでは公爵家にとっては理想的ではないものの最悪は避けられた展開だったことだろう。九伯家は大きく勢いを落とし、勢力を拡大していた王までもが権威を落としたのだから。あえて言うのならば、九伯家が勢いを落とし過ぎたことと、二者がダメージを受けた影響で公爵家の勢力が相対的に大きくなってしまったことだ。しかし新たな問題が生まれてしまった。北の大地の寒冷化だ。世の中じゃ王の魔法の影響とか北の民の魔法とか大貴族の誰かの魔法とか色々と噂はあるが……これはバトラーの仕業だろ?」


 心を抉る質問に私は無言でしか答えられなかった。そんな私を無視して富蔵様はなおも続ける。

「おかげで北の民は食糧難に陥った。もちろん連中が空腹程度で死ぬことはないだろう。しかし、それが逆に性質が悪い。死ななくても腹が減る。しかし食べ物がない。それならどうするか? 他所から調達すればいい。腹が減っても戦は出来る連中だからな。当然そう考えるし、それが出来る力も持っている。間違いなく実行に移すだろう。土地を捨てて民族総出で王国側への移動が始まるってことだ。王国にとっちゃ侵攻を受けるのと同じだな」

「この話はまだ続くのですか?」

 そう言ったスチュワートを富蔵様は「まぁ、いいじゃねぇか」といなす。

「公爵家としてはこれをどう解決するべきか? 戦うべきか和平を打つべきか。いや、自分たちには何が最善で、目標をどこに設定するかということで考えた方がいいだろう。目的が均衡した三大勢力による安定を志すことである以上は、その筋道は自ずと限定されてくる。戦争を選んだ場合は目的の達成が困難になる。北の民を倒せる勢力は王か公爵家か九伯家しかない。仮に王が倒せば王の権力が増長し、下手を打った九伯家を吸収することさえあり得る。そうなれば公爵家さえも問題としない唯一の勢力となる。公爵家が倒せば公爵家が大きくなりすぎ均衡が致命的に崩れる。九伯家は……仮に倒せても差し違えるほど被害を被ることになるから名だけ残して実態は消滅してしまうだろう。もし他の勢力が倒したら……第四の勢力が出来上がって安定性が崩れる。まぁ、そういう意味じゃ公爵家の陣営に参加したお前は武勲を立てさせてもらえないわけで、それに望みをかけるのは無理な話だったわけだ」


 富蔵様はスチュワートに笑みを送った。

「ようするに公爵様は戦争の継続を望んでいない。もしかしたら均衡の為に北の民の軍門に降ることさえ厭わないかもしれん。だがそれでも障害がある。一つはそれでも公爵家が大きすぎることだ。だが、それ以上に北の民自身に問題がある。連中は人口があまりに少ない。他方で貴族以上の魔法力の持ち主が多すぎる。王国での勢力の枠組みで考えるにはあまりにも異質だろう。しかも権力争いといったものに無頓着な文化だ。安定的な見通しを付けるには和平を結ぶしかないんだ」

 そこで富蔵様はグラスを口に運ぶと唇を濡らした。

「戦後の勢力図はどうするべきか? 和平を結ぶ以上は北の民は残るし、あれだけの武威を放った存在が三大権力に入らないわけがない。当然、王・北の民・公爵家が三大勢力となり、この三者による安定が望ましいと考えるだろう。この場合は九伯家の様な中途半端に大きい勢力は邪魔になるので徹底的に潰したい。……が、やはり問題は北の民だ。少ない人口で社会的影響力が小さいにも関わらず軍事的には王国に匹敵し、しかも戦うことが大好き。不安定要素でしかない存在といえるだろう。一方で幸か不幸か権力争いには興味がない。これは権力を牽制し合う三大勢力には成りえないことを意味している。しかし世間はそうは思わないだろう。だから当面は王・北の民・公爵家の体制で誤魔化せる。そして北の民が権力争いに興味がないと明らかになるころまでには北の民に代わる第三勢力の中核となるような存在を作っておかなければならない。そこで一番手っ取り早く確実なのが九伯家をその中心に据えることだ。そうなると九伯家を潰すわけにはいかないってなるだろ? むしろ、それなら支援の為に金を送っておくのもいいだろう。金はいくらあっても困る物ではない……が所詮は金だ。血の力と比肩できるようなものでもない。しかし収支が厳しい九伯家が困窮して威厳を落とさないって意味じゃ効果はある。その支援を何故儂らにさせようとするのかは後で説明するが、我々が破産しても色々な手がある」

「別に説明しなくてもいいですよ」

 茶々を入れるスチュワートを無視して富蔵様は続けた。

「例えば公爵家で儂らを支援して潰さないようにしてもいい。公爵家の抱える商会が儂らに融資をしてもいいし、割の良い仕事を回すって方法もある。儂らが倒れたら倒れたで今回の戦いで領主がいなくなった土地や長らく領主不在が噂されているファームル伯領を九伯家に取り込ませるって手もある。特にファームル伯領を使わせれば食料面で北の民と九伯家が近くなる。飯程度でどうこうなる連中じゃないが、外野にそう思わせるのはかなり意味がある」

 ファームル伯の名前を出されてもスチュワートに変化は見られなかった。


「王・九伯家・公爵家の三者を三大勢力にするなら北の民は外に置いておきたい。そのためには外部との接触を最小限に抑えたいところだろう。そういう意味じゃ独占交易権を設定するのは当然だろう。謎はなぜ儂らなのか? 一方で引き受けるには困難な条件にしたのはなぜか? なぜ儂らと確執のあるスチュワートを派遣してきたのか? 普通に考えれば和平の仲立ちを阻む要素をわざわざ入れる必要はない」

 富蔵様は様子を窺うようにスチュワートを見据えて続けた。

「これらを一連のものとして考えれば説明はできる。因縁を知っていれば、九伯家は献金を受けても儂らの後ろ盾になることはない。儂らにスチュワートを派遣すれば公爵家(自分ら)が商会の後ろ盾になるのを阻止できる。特に後者が大事だ。もし公爵家の商会が九伯家を支援しているとなると、公爵家が九伯家の風上に立つことになる。それだけじゃない。交易、実際には食料の販売によって北方の民に対しても影響力を持つ。少なくともそう思われる。これでは公爵家は王をも軽く凌ぐ大貴族連合の盟主と目されてもおかしくない。公爵家は安定を乱すような自らの巨大化は避けたいことだろう。それに九伯家にとっても公爵の息がかかった商会の支援なら断る。その点、スチュワートに交渉させれば、公爵家が儂らの後ろ盾となるような条件を飲むことはない。九伯家の方も、儂らが公爵家の代理で献金しているとは思わないだろう。少なくとも現当主は考える。血への過信が強い方だから儂に流れる自身の血がそうさせると根拠もなく思うはずだ。ともすれば、儂らが権益を、すなわち北の民との交易権等を握るなら九伯家が得たのと同じとさえ考える人だからな」

 富蔵様はさらに続ける。

「莫大な支援金だが九伯家を説得し、支えるためには最低限必要な額だろう。本来なら関税なりの形で複数の商会に負担させるべき金額であるが……竜安寺商会(儂ら)が単独で負担しなければなない。その点、北の民との独占交易権は丁度良い。北の民と王国の接触を最小限に抑えつつ、儂らにも金蔓を渡すのだからな。しかし、それでも賄えない額であるが……バトラーの存在も考慮すれば別だ。なにしろ『不可能を可能とする(金溶かしの)バトラー』だ。性格からして和平に積極賛成だろう。そして多少なりとも関わり合いのある儂らに対しての助力なら抵抗感も薄い。しかも積極的に動くかざる得ないようにバトラーを巻き込むおまけ付きだ。実際に馬の調達をしてくれることになったからな。そしてスチュワートを派遣してきた理由だが、さっき言ったように儂らの後ろ盾を回避するためと説明はできる。これは同時に儂らとスチュワートの諍い関しては中立ないしスチュワート寄りだとの表明ともとらえられることができる」

 そこまで言って富蔵様は得意げな笑みを浮かべた。


「こういう風に考えれば説明できる。だから儂は思う。これは違う(・・・・・)とね」

「説明できるのに違うのですか?」

 思わず聞いた私に対して富蔵様は当然とばかりに頷いた。

「考えてもみろ。公爵様がこんな複雑で不確定要素が多い方法に頼るはずがない。一つ予想が外れるだけで計画が崩れるんだぞ。まして関係者は九伯家の当主に北の民、スチュワートにバトラーだ。制御できるような面子じゃない。それこそさっき儂は殺される寸前だった。もしバトラーが口を挟まなければ死んでいただろう。それだけで予定が大幅にずれるのだ。公爵家がそんな馬鹿な予定を立てるはずがないのだ」

 実際には殺されていたのだが私だけが認知してる事実だ。その犯人が苦笑いを浮かべながら応じた。

「随分と無駄な時間を使いましたね」

「それではこの和平の計画はスチュワートの主導か? これは明確にNOだ」

 スチュワートを無視した富蔵様は続ける。

「スチュワートが立てた計画なら儂らを追い込むような計画にしない。下手に追い込んでファームル伯領が九伯家や北の民、または王の管理下に置かれては回収が困難になる。しかも儂らが破産して首でもくくられた日には竜安寺家を否定する作業のカードまで減るしな。もっと言えば、もう少し穏当な案を作って、長期的に昔日のファームル伯領を取り戻すのに協力してもらう約束を公爵様に論功として要求するのがベストだ」

 富蔵様はまだ続ける。

「儂が拝領した手紙は本心が喘いでいるように感じるのだ。本当は別の条件にしたいのにこの条件にするしかなかったという苦悩が滲み出ているというべきかもしれん」

 富蔵様は「儂はこう思うのだ」と挟むとスチュワートの目を見た。

「公爵様が考えた案にお前が色々と押し込んだのだろう? お前がここに居るのもその一つだ。これらを参陣の褒美の一部として要求した……違うか?」

 スチュワートに変化は見られない。

「しかし下手を打ったな。お前はここに来るべきではなかった。だから儂に執事ならではの固執の強さを見透かされ足元を見られる。いや、来るしかなかったのかもしれん。もしかしたら儂が出す要求も公爵様は見抜いていたのかもしれん。公爵様からの贈り物と解釈できるな。もっとも先ほどの殺気がお前の演技だったのなら儂らの負けだ。初めから役者が違ったのだ。勝負以前の問題だ」

「それでこれ以上譲歩する気がない私に求める条件とはなんですか?」

 スチュワートは顔色一つ変えずに富蔵様を急かした。

「お前が儂ら(商会)に手を出すのをしばらく待って欲しい。一種の停戦だ」

「どれくらいの時間が欲しいのですか?」

 スチュワートは溜息交じりであった。

「儂が死ぬまで」

 鼻で笑ったスチュワート首を振りながら肩をすくめた。

「猿芝居は意味ないぞ。断るならそれでも構わんよ。和平交渉に協力しないだけだ。そうすりゃお前の夢はそこで終わりだ。五十年かけようと六十年かけようとファームル伯領を元に戻す機会は訪れん。だが儂が死ぬまでなら……長くとも四十年も待てば機会が巡ってくる。お前に選択の余地はない。それがわからんような無能ではあるまい」

 スチュワートは椅子に深くもたれ掛かり目を瞑った。

「なるほど。想定はしていた要求ですが……」

 彼は目を開けずに続けた。

「それでどこまでが『手を出す』の範囲なのでしょうか?」

「お前が直接的に危害を加えたり妨害をしてこなければ構わんよ。それまで裏工作に励むと良い。誰かを雇って妨害や暗殺を試みるのもいいだろう」

「随分と寛容ですな」

「そうでもしないとお前が受け入れんだろ。どうせ準備に時間がかかる仕事なんだ。儂が四十年生きても実際のロスは二十年か三十年だろ」

「暗殺者ギルドとの密約で彼らからの襲撃がない故の余裕ですかね。いいでしょう。その条件を受け入れましょう。」

 スチュワートの言う通り、貴族崩れの流れ者程度では下手な貴族よりも遙かに強い富蔵様の暗殺は不可能であり、暗殺者ギルドが富蔵様に手を出さない以上はほぼ暗殺をあり得なかった。実際、時空コンピュータに記録されている歴史で富蔵様が暗殺されたことはなかった。もちろん富蔵様自身が身の安全に注意をしていたのも重要なのだろう。何よりもスチュワートからすると只殺しては意味がなく『竜安寺を否定』しなければならない。そのためには富蔵様の指摘の通り、事前の工作が重要となる。そこでスチュワート(超人)が直接動いたら誰にも止められない。だが直接動けなければ雇った駒同士のぶつけ合いとなり|少なくとも腕力的には対等《知力》の戦いになるのだ。スチュワートはそれでも勝てると思ったのだろう。

 彼は手を差し出し二人は握手を交わした。


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