北方戦争16
「----どうだ?」
目の前では先ほど見たのと同じ問答がやり取りされていた。『時の超克』で時間を巻き戻したからだ。そして、先ほどと同じく富蔵様の言葉に反応してスチュワートが殺気を放った。
「御冗談はそこまでに。馬は私が用意いたしましょう」
先ほどと違うところは、そう私が間に割って入ったことだ。
「顔色が優れないようですが……」
『時の超克』による疲弊は隠しきれなかったようでスチュワートは異変に気がついた。しかし、それに意識をとられたおかげでスチュワートは冷静さを取り戻したようだった。
「なんにしてもバトラーには感謝しないといけませんね。おかげで私たちは二人とも助かりました」
スチュワートは先ほどまでの雰囲気が嘘の様に微笑んでいた。
「助かったのはお前だけだろ」
一方の富蔵様は不機嫌と残念を足して二で割ったような表情を表に出していた。
「あそこでお前がかっとなって儂を殺してればこの勝負は儂らの勝ちだったのになぁ」
「仰っている意味がわかりかねます」
「冗談だろ」
富蔵様はスチュワートに対して呆れたように続けた。
「あそこで儂を殺せばお前は権蔵を殺せなくなったし、商会への手出しもできなくなった。もし権蔵を殺し商会を潰せばファームル伯領を元に戻すという悲願は達成できないからな。まとめ役の商会がなくなればファームル伯領は良くて利権を持っている中小貴族達に細かく千切られる。味噌を付けたお前がこれを全部回収するのは困難だろう。もっと悪いケースは九伯家が領地とする場合だ。和平が成立すれば失われた領土の代わりとして求められるだろう。あるいはファームル伯の名代を権蔵の遺族として相続したと主張するかもしれない。この戦争で勢いを落としたとはいえ腐っても九伯家。要求が通る可能性が高いし、要求通りに名代として利権を握ればお前では手出しができなくなる。あるいは和平が成立すれば北方の民の領地となったかもな。北方辺境伯の土地よりも農業生産力が高くて食い物に困ってる連中にとっちゃ最高の土地だ。北の民の中に入り込めても文化が違うから不確定要素が多いからこいつも大変だ。権蔵だって馬鹿じゃない。他にも保険は方々にかけているだろう。要はお前は評価を下げて、ファームル伯領は取り戻すにはより困難な状態になるってこった。そうなると権蔵を生かして機を狙うしかないわけだが、あいつはしたたかだから儂の命の代償込みで和平の仲立ちを高く売りつけるだろう。当然、お前にとっちゃ最悪ではないが不都合な展開ってことよ。これらは絶対ってワケじゃないが可能性の一つとしてある。それでも確実に言えることはスチュワートともあろうものがそんな悪手を打ったってだけでも評価は下がってお前の野望の達成は遠ざかるが、一方で竜安寺商会の方は生き残れる可能性が高まる。それがわからないお前じゃないだろ」
富蔵様は殺されることを望んで挑発を繰り返していたのだ。しかし、それは私の望むことではなかった。故にこれに関しては『時の超克』を使ったことに後悔はない。
「だけどな、挑発の甲斐もあってお前の本質の部分が少しだけ覗けたぞ」
富蔵様はそう言いながら私を横目で見た。
「儂が先代のバトラーと付き合いがあったことは知っているだろ?」
スチュワートは無言で頷いた。
「それと比較してわかったことは、やっぱりお前はバトラーにはなれないスチュワートってことだ。いや、それ以前に先代から聞いていた執事像からもかけ離れている。執事なら挑発を受けても殺気を出さない。主の損得だけで動くから殺すなら殺気を出す前に殺しているし、殺さないなら何をされても、何を言われても殺意を抱かない」
「なにを言いたいのですか?」
スチュワートの問い富蔵様が小さく笑った。
「今のバトラーに関しても下の毛さえ生えそろう前、こいつは比喩なんかじゃなく実際に見たわけだが、その頃から成人するまで一緒に居たから結構知っているのだが」
富蔵様は必要のない情報を混ぜた前置きをした上で続けた。
「このバトラーは儂の知ってる先代や彼から聞いていたバトラー像からかけ離れている。はっきりと言えばウマがバトラーに成れたのはなにかの間違いだと思う。さもなければペテンかなにかだろう」
実際にペテンの類でバトラーになったのだから、富蔵様の言っていることは正鵠を射ていた。
「その上で言うぞ。ハッキリ言って先代のバトラーよりもお前らの方がよっぽど好感が持てる。先代には随分と世話になったし、多くの借りもある。だが人間としてはお前らの方が好きだ」
「私がバトラーと同じように思われたのは意外でしたが……私の方はあなたに好かれようと嫌われようと関係ありません」
スチュワートは表情一つ変えずに応じたが富蔵さんは大笑いした。そして「まぁ、そう言うな」と続けた。
「先代の様な完璧さ、完全さはないとしても……だ。おっと、これは能力に関してじゃないぞ。バトラーの方は俄かには信じられないが、おそらくスチュワートの実力は先代バトラーよりも上だろ?」
富蔵様はスチュワートの「とんでもございません」という答えを無視してなおも続けた。
「その性格的な不完全さ、時として未熟にも映る情動。儂はな、人間的なお前らには執事にはない可能性が良くも悪くもあると思っている」
「あなたの考えは関係ありませんよ」
「いいや、関係あるね」
富蔵様はスチュワートの発言を即座に否定して続けた。
「儂はその可能性に賭けてみるのも悪くないと思っている。バトラーが馬を用意してくれるのならば九伯家への支援もなんとかやり繰りできそうだ。かなり分の悪い投資となるが……この際仕方がないだろう」
「貴馬種の所属はどうする気ですか? 家を持たないバトラーには無理ですよ」
スチュワートの関心はザルグ家の名が利用されるかどうかなのだろうが、その口調は冷静そのものだった。
「心配しなくともザルグ家や公爵家の手は煩わせんよ。おそらく問題なくクリアできるからな」
挑発の手を止めた富蔵様はスチュワートを真っ直ぐに見据えた。
「実のところ、お前自身はわかってるし薄々気がついているんじゃないか?」
「なんのことでございましょう?」
珍しくスチュワートが困惑の表情を浮かべた。私にもなんのことかわからなかった。
「まぁ、いいさ。全部演技なら役者が違い過ぎる。滅ぼされるのも仕方がない話だ」
一人納得した富蔵様は微笑んだ。
「よくわかりませんが……それでは和平件は任せました」
スチュワートがまとめようとしたが「おいおいおいおい」と富蔵様が慌てて止めた。
「儂の報酬の件を決めてないだろ」
これにはスチュワートが首を傾げた。
「バトラーの用意する馬と北の民との独占貿易権があるはずですが?」
「そいつは違うだろ。いいか? 今回の戦いじゃバトラーは北の民側の人間だ。バトラーの馬は北の民からの土産だろ。そして独占貿易の利益は九伯家に流れるもの。王国側から儂への土産がないってことよ」
「随分と強欲な話でございますな」
スチュワートは侮蔑を隠さずにそう言った。
「そりゃ商会諸共滅ぶか辛うじて残れるかの瀬戸際なんだ。強欲にもなるさ」
「バトラーの馬で商会が破産する可能性が下がったのに……さらに私が譲歩すると思いますか?」
「それに儂が答える前にこの和平は誰が画を描いたのか教えてくれんか?」
「私が答えると思いますか?」
「答えんでもいい。勝手に言わせてもらう」
「意味があるとは思えませんが……」
「どうだろうな? だが、さっきも言ったように子々孫々までの命がかかってるんだ。考えを整理する意味でも、少なくとも儂にとっては必要なんだ」
「それでは手短に。流石の私でもあなたの相手をするのには疲れてきましたから」
うんざりとした表情をみせるスチュワートに富蔵様は苦笑いを浮かべた。




