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俺TUEEEのに無力です  作者:
バトラーの見る夢/後編
51/82

北方戦争15

 王都に着いたのは一か月後のことであった。

 ナウル伯が整備し、ゴーレムが進軍に利用した街道を馬車で移動した。馬野の頃にメニチェからの帰還に利用したのと同じルートだった。

 馬車は竜安寺商会の所有であった。しかし公爵家の保有する貴馬種が引いていた。馬車には私しか載っていない。ようするに公爵が私の為に用意した馬車であった。

 馬車は王都を通り過ぎそのまま郊外にある富蔵様の屋敷へと向かって行った。


 以前よりも悪趣味さが増した豪邸の門前では富蔵様が既に待っていた。

「おう、随分と早かったじゃねぇか」

 馬車から降りた私に対してつい最近まで会っていたかのような気安い挨拶を寄越してきた。一方で車輪の音は何の未練も残さずに遠ざかっていった。

「ここじゃあなんだ。とりあえず下で話そうぜ」

 富蔵様はそう言って私に先行して屋敷に入って行った。


 富蔵様は千里眼魔法への妨害を普段よりも強化し、結界も張る様に使用人に指示すると、私を地下の一室へと案内した。

「こんな場所で悪いな」

 部屋の天井には魔晶石で輝くランタンが一つ吊るされていた。部屋の広さは四畳半ほど。真ん中には粗末な木製の椅子とテーブル無造作に置かれている。当然ながら窓はなく、四方は石壁に囲まれていた。

「適当に腰かけてくれ」

 懐から2個のグラスとポケットサイズの酒瓶を取り出すとグラスに酒を並々と注いだ。

「まぁ、一杯やってくれ」

 権蔵様は下座に座った私に酒を勧めたが、その顔が急に険しくなった。同時に私に勧めたグラスを壁に向かって投げつけた。

「竜安寺家では客人にグラスを投げつけるのがマナーなのですか?」

 声は落ち着いていた。そしてどうやったのか、撒き散らしたはずの酒は一滴も地面や壁を濡らしていなかった。声の主が受け止めたグラスの中に全て収まっていたのである。そして彼は当然の様にグラスを口に運んだ。

「うちじゃぁ、勝手に上がり込む奴を客とは言わねぇんだ」

「近くにバトラーが居るからと強気ですなぁ」

 冷笑を浮かべた人物はスチュワートであった。

平民(・・)レヴェルで限界まで妨害処置を施した部屋にかき集めた人材で妨害魔法を行使すれば千里眼魔法を防げると思いましたか? 九伯家も随分と甘くみられたものです」

「……」

 富蔵様は無言であった。

「九伯家に対しては無意味です。裸も同然と言っていいでしょう。臨時雇いの役立たず共を帰しなさい。これでは重大な話し合いをやると喧伝しているようなものです。私がきたのですから、あのような連中は不要です」

 スチュワートは私の到着に合わせて縮地で来たのであろう。


 術士たちを帰した富蔵様が地下室に戻ってくると、スチュワートが朗らかに挨拶を始めた。

「いきなりの来訪は確かに失礼でした。改めて自己紹介をさせて頂きましょう。初めましてスチュワートと申します。コロネル公爵の名代で来ました」

 富蔵様はそれを冷ややかに聞いていた。

「噂は色々と聞いているよ。いくら殺しても殺したりない仇敵を相手前に話し合う気分はどうだい?」

「そうですね……。言葉遣いと態度には気を付けた方が良いと思います。私はコロネル公爵の名代なのです。あなたを無礼討ちにもできるのですよ。いえ、公爵家の名誉のために無礼打ちにしなければならない場合もあるでしょう」

 それを聞いて富蔵様は鼻で笑った。

「いいや。お前にはできないね」

 スチュワートの眉がかすかに動いた。

「私の立場にご理解がいただけていないようで……」

「十分に理解してるさ。お前は公爵様の執事ではないし、任された仕事よりも優先すべきことがある……そうだろ?」

 富蔵様はスチュワートに歯を見せる笑顔をみせた。

「お前はここに公爵様の刺客が現れて儂を暗殺しに来ても守らなければならない」

「それは流石にないと思いますが……」

 スチュワートが苦笑いを浮かべた。

「儂もそう思う。……公爵様が儂を殺そうとはしないだろうからな」

「たかが一商人をわざわざ殺そうとは思いませんからね」

 スチュワートが呆れてみせた。

「そのたかが一商人にスチュワートを派遣してきたわけだ」

 富蔵様はスチュワートを見ながらくっくっと音を立てて笑った。

「あまりご自分を買い被らない方が良いかと。あなたの命は風前の灯火よりも儚く消えるのですから」

「だから儂は安心して大口を叩けるわけよ。軽く息を吐きかけたくらいで遂げられる本懐でもあるまい。公爵様もそれを承知の上でお前をここに派遣したわけだ。お前はまかり間違っても儂を殺すことがないからな。貴族(他の連中)じゃそうはいかん。たかが一商人にごねられたら勢い余って殺しかねない。千里眼の妨害だけなら別にお前じゃなくてもいいんだ。千里眼への対抗方法に秀でている家臣を2~3人派遣すればいいんだからな。むしろ前線から主要戦力をここに送ることの方が不自然なんだよ。まぁ、殺して気が済むなら殺すがいいさ。そして和平交渉の話はお流れ。当然、お前の手柄もなくなって悲願から遠ざかるわけだ。儂としては命と引き換えにスチュワート様の野望を打ち砕けるのなら高い買い物じゃないわな」

「……そうですね。その際にはあなた方の商会の人間を皆殺しにいたしましょう。さぞ賑やかな死出の旅路となるかと思います。私の方はカガチとの再戦に賭けるか、他の機会をゆっくりと待ちますよ」

 スチュワートは優しく微笑んだ。

「おお、そいつは怖い! くわばら!」

 富蔵様はわざとらしく大げさに怖がってみせた。そして苦笑いを浮かべた後に真面目な顔に戻った。

「……バトラーを待たせてはなんだ。手紙を預かってるんだろう?」

 そう言って私が差し出した手紙を恭しく預かり開封した。


 手紙を読み終えた富蔵様は一言で答えた。

「断る」

「戦争を長引かせたいと?」

 即座に反応しつつもスチュワートの口調は冷静であった。

「それ以前に戦争に興味がない」

「どのような状況になっているのか理解しての返事ですかな?」

「この戦争で九伯家が一気に勢力をなくしたんだろ? 公爵家はこれでライバルを蹴落としに成功した。目的を果たした公爵様としてはさっさと戦争を終わらせたいって魂胆なわけだ。そんな権力闘争に儂が骨を折る理由はない」

「今のうちならそれで済みますが、このままですと最悪王都が灰燼に帰します」

「別に構わんじゃないか。まさか王が負けるわけではあるまい」

 富蔵様は平然と言いのけた。

「その過程であなた方も大損害を被るかもしれませんよ?」

「そいつはないな。儂らは北方の蛮族に食料を供給している。聞くところによれば向こうさんの大将のカガチって男はなかなかに出来た人間で義理堅いそうじゃないか。戦闘狂らしいが弱い(その対象ではない)儂らには無関係な話だ」

 富蔵様はグラス内のアルコールを一気に流し込むと続けた。

「王都が灰燼になる。結構! 復興のための資材に人材に食料や生活物資! それらの手配で我が商会は大いに潤うではないか!」

「北方に食料を供給していたあなた方の商会が許されるとでも?」

「許すしかないさ。王都の復興に貴族が直接作業をすることはないだろう。そうなると王国最大の輸送能力をもつ竜安寺商会の協力がなければ復興に時間がかかる。下手をすれば物資の欠乏で死者が出るかもしれん。王都でそれは避けたいだろう。しかも儂らにはファームル伯領で開発のノウハウを蓄積しているからな。復興も似たようなものだ。権利関係や瓦礫なんかが面倒だろうが」

 スチュワートの眉が再び少しだけ動いた。それに気がついた富蔵様はニヤニヤと笑った。


「そしてお前は和平交渉の依頼に失敗して王都を廃墟にするという無能さを示すわけだ。当然ながら爵位を得たり有力貴族に接近したりするって目標が果たせなくなる」

「なるほど、それがあなたの目的ですか」

「そりゃそうだろ。世界でも屈指に有能な人物が儂らを屈辱の汚泥の中に沈めた上で滅ぼしたがってるんだ。そのための必要条件を妨害するのは当然だ」

 富蔵様は呆れ顔であった。

「先ほども申し上げましたが私にはカガチや勇猛な北の民と戦って武勲を挙げ論功行賞に賭けるという可能性も残されております」

「ないね。お前は公爵陣営に参加した公爵側の人間だ。それがこの交渉をまとめられなかったら公爵様の失望を買ったと世間じゃ思われる。そんな奴に爵位は授与されんだろ。仮に貴族の仲間入りをしてもお前に接近し儂らを潰すことに協力する奴などおらん」

「その時は次の機会を待ちましょう」

「そんな機会は訪れない。それはお前が一番わかってるんだろ。札付きのスチュワートが社会的地位を築ける機会は戦争くらいだ。その最後の機会が今だ。ましてその機会で味噌を付けた無能なスチュワートなんぞ誰も使わないだろ」

「悲願が叶わないならばあなた方を皆殺しにするまでです。少しは留飲を下げられることでしょう」

 富蔵様はやれやれと肩をすくめた。


「最悪それでも構わんのだが……。なにしろ手紙の条件では儂らは遠からず破産だ」

「北方との独占交易権が与えられるはずですが」

 話を戻した富蔵様にスチュワートが何事もなかったかのように応じる。

「確かにそれは莫大な利益を生むだろう。だがそれ以上に九伯家への献金が重過ぎる。北方の民を冊封するのに際して失った領地の分を儂らが賄うことになっているではないか。それに加えて今回の戦費や参加した貴族への補償の一部まで負担とある。無理だ。完全に足が出る。割に合う、合わん以前の話だ」

「なるほど。それがどうかいたしましたか?」

 首を傾げるスチュワートに富蔵様が続ける。

「……せめて公爵家の庇護をくれ。そうすれば他の商売で多少は賄える」

「お断りします」

「まぁ、そう言うだろうよ。なにしろ公爵家が抱えてる商会とあっては半端な大貴族を潰すのよりも困難だ。お前の目的とは合致しないものなぁ」

 そこまで言って富蔵さんが身を乗り出した。

「だけどな、考えてもみろ。この条件を受けたら、商会(儂らは)は献金もそこそこに早晩に潰れる。そうなったら九伯家が傾く。しかも公爵家に騙されたと恨み骨髄にな。公爵家の方はスチュワートが下手を打ったと責任をお前に被せるだろうよ」

「潰れないように商売に勤しんでください」

 けんもほろろに答えたスチュワートは続けた。

「それに九伯家が傾いた方があなたとしても好ましいのではありませんか? なにしろ母親の仇でしょう? あなたは復讐の機会を狙ったことがあるはずです。九伯家の方もあなたと権蔵さんを未だに監視しています。幸子さんと節子さんの事件に関しても全くの無関係ということはないでしょう。今後も同じようなことが続くかもしれませんよ。なにしろあなたは現当主、フィリップ様の息子ですから。相続権を主張されては困る御兄弟も多いことでしょう」

 私はこの時になって初めて九伯家と富蔵様の関係を知った。頭が真っ白になり、目の前が暗くなったのも覚えている。私が選んだこの世界は驚くほどに私を受け入れていなかったのだ。この交渉も私は完全の蚊帳の外であり和平に際して「バトラー」という肩書と「男爵」という爵位が必要だっただけだ。


「憶測でものを語らん方がいいな」

 スチュワートに対して富蔵様は憮然としていた。

「確かにどれも証拠はありません。それでもほぼ間違いのない話です。例えば幸子さんと節子さんの件に関して言えば、実際に手を下したのはファームル伯の騎士たちです。しかし私もかなり調べました。なにしろ二人は竜安寺家の一員であり没落して頂かなければならない方々でしたから。あの事件、暗殺といってもいいでしょうが、裏で騎士たちを扇動した者がいることは確かです。保守派による策動も考えられますが、それなら権蔵さんを狙うでしょう。そうすれば開発は一時的に中断されますし、巻き返しも容易ですから。しかし狙われて殺されたのは年端もいかないあなたの娘です。ほぼ九伯家の仕業と断言できます。九伯家の相続権を持ち得る続柄ですから。おかげで私のとれる手段が減ってしまったことはこの際いいでしょう。どの道あなた方は私に殺されるか次の九伯家の当主になる御兄弟の誰かによって殺されるのです。せめて母親と妻、娘の仇くらいは討ってはいかがでしょうか?」

 富蔵様は大きな溜息をついた。

「そういやお前は敵討ちに人生を捧げてるんだったな」

 そして同情を込めた声で続けた。

「随分と余裕のある人生で羨ましいよ。儂ら平民は今日を生き、明日の糧を得、翌年の見通しを付ける。そんな毎日を生きるので精いっぱいだ。いくら金を持ったところで立場が安定することはない。少しマシになるか盾代わりの金ができる程度の話だ。現に今だってお前には狙われてるし、九伯家はなにをしでかすかわからない。公爵様に至っては儂らをどうしたいのか考えが読み切れない。おそらく興味すらないのだろう。そんな塵芥のごとき平民に過去なんてものを振り返る余裕はないんだ。少なくとも儂は、お前の言うことが正しく儂自身も復讐を望んだとしても、その為に未来を閉ざすようなことは選択せんよ」


 富蔵様は呆れ半分、嘲り半分の笑みを浮かべた。

「しかし、よくもまぁ儂と九伯家のことまで調べたものだ。流石は公爵家……いやスチュワートの執念というべきか」

 そこで富蔵様は暫しの沈黙を挟んだ後に続けた。

「そうだ、バトラーがここに来るまでに使った馬をくれ。あの速さなら北との貿易が捗るからな」

「あれは公爵家が所有する貴馬種です」

「知ってるよ」

 スチュワートに対して富蔵様は軽薄な笑みを浮かべた。

「貴馬種を貸すことは庇護以上の立場を与えることになります。庇護さえ与えられない相手に貸すわけがないでしょう」

「別に貸せと言ってるわけじゃない。くれと言ってるんだ」

「貴馬種を商人が所有できるはずがないでしょう」

 真顔で対応するスチュワートに富蔵様がヘラヘラと笑った。

「そうだな。よし、じゃあこうしよう。権蔵に頼んでザルグ家の所有する貴馬種ってことにする。どうだ? いい考えだと思わないか?」

 同時に凄まじいほどの殺気を感じた。気配の発信源はスチュワート。ザルグ家を我が物の様に言ったことが引き金だったのは想像に難くない。凡人である私でも感じる圧力であり、普段と変わらぬはずの表情からは凄惨さが滲み出ていた。

 その様子を見た富蔵様は部屋に響くほどの笑い声をあげた。しかし、直後に声が止んだ。代わりに天井まで血飛沫が飛んだ。富蔵様の首の上にあるべきものがなく、笑い声の代わりに首から天井に向けて血を噴き上げていた。そしてスチュワートは後悔の表情を浮かべていた。


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