北方戦争14
「まずはお礼をいうのぉ」
公爵は人懐っこい笑みを浮かべてぺこりと頭を下げた。
状況の理解すら追い付いていなかった私は困惑するしかなかった。その様子に気がついたのか公爵は首を捻った。
「あの『船』はバトラー殿の発想なんだよね? ね?」
公爵はにじり寄りながら、つぶらな瞳を潤ませて続けた。
「隠しても竜安寺の……権蔵くんから聞いて知ってるからの、の」
そしてぽぽぽと笑った。
「あの『船』がなければ我々は島に陣地を構えなかったでしょう。食料などの荷物を貴族が直接運ぶような下品なことは他家の手前、公爵家にはできませんから」
公爵の横に控えるファロスがそう補足を加えた。蓋を開けてみればカガチ様の動きを拘束し続けた遠因も私にあったのだ。
「『船』でボクらに大貢献、一方ではゴーレムを壊滅させる。さらには王の魔法まで無効化なんて八面六臂の大活躍をしたバトラー殿にお願いがあるの」
公爵は芋虫のような指をモジモジさせながら上目遣いで私をみた。
「バトラーは目が覚めたばかりである。自重してもらおう」
それを遮ったのはカガチ様であった。
「なるほど。しかし今のうちに動かないと我々も立場がないのです。バトラーならすぐに治るでしょう。昏睡の事実は未だに信じられませんが」
ファロスが反発した。カガチ様は睨みつけるがファロスはどこ吹く風と涼しい顔で続けた。
「彼に必要なのは更なる休養ではなく、現状の確認と決断のはずです。違いますか?」
カガチ様は軽く溜息をつくと諦めた様子で首を横に振った。そしてファロスに続けろと言わんばかりに椅子に腰かけた。
「まず初めに我々双方の目的を言いますが……」
「ちょっと待つんだじょ」
ファロスを公爵が止めた。
「腹積もりがないことを証明するために家の魔法を説明するじょ」
ファロスが驚きの表情を見せた。それもそのはずで基本的にその家の魔法というのは秘中の秘なのだ。名を挙げたいなどの理由がなければ見せることさえ稀であるし、説明をすることなど基本的にあり得ないのだ。
それを逆手にとった礼儀作法が王国にはある。最大の秘密である魔法を明かすことにより自身には隠し事がないと証明する方法だ。公爵はそれを私に対してしようと言ったのだ。
「公爵家の魔法はね『偶然を必然にする』なんだよ。驚いた? ねっ? ねっ?」
「噂とは随分と違うのですね」
公爵家の魔法は『人を操る』とされているだけに少々意外であった。公爵はちょっと考えるそぶりをみせた。
「ん、ん? あんまり変わらないのぉ」
自分達の魔法に関する噂は知っているのだろう。噂の内容を確認せずに懐からペンを取り出した。
「例えばの、のぉ」
「お待ちをそこまで説明なさるのですか!?」
公爵は止めるファロスを一瞥しただけで、私に笑顔を向けて話を続けた。
「これをこうすると……」
公爵はおもむろにペンを壁に向かって放り投げる。するとペンは壁にぶつかることなく、吸い込まれるように消えていった。
「ね、ね。ボクの魔法をこういうのと勘違いしたんでしょ?」
「そのような魔法であろう」
カガチ様が面白くなさそうに呟いた。
「いや、まぁねっ、ねっ。今のも魔法なんだけど……。さっきのはペンが壁にぶつからずに物質の隙間を通って抜けるって偶然を必然の事象として選択したの、の」
「ここへもそちらの瞬間移動の技に『偶然』乗じて来たであろうが。瞬間移動は意図的に他人を移動させられるような技ではない」
「わ、わ、スゴイ! もうそこまでわかってしまったのぉ」
公爵は目を大きく見開いて手を叩いた。その公爵にファロスが先ほどのペンを差し出した。おそらく縮地で外のペンを拾ってきたのだ。
「ん、でもね。この魔法はこういう物理現象に限らないの」
公爵はペンを受け取ると虚空に円を描くように回した。
「人の思考にも干渉できるの。偶然のいくつかの選択肢の中から必然としてそれを選ばせるのね、ね? 『人を操る』のも『選択を操る』のも変わらないでしょ? ね?」
そこでカガチ様をちらりと横目で見ると続けた。
「もちろん魔法力が多い人や物には干渉できないの。噂でもそうだよね、ね? 噂の内容に合わせてボクらの魔法を説明するの。統治に不満を抱くか抱かないか、そこに偶然が入る余地があれば不満を抱かない思考を必然として選択させるの、の。他にも不満を人に漏らすか漏らさないか、不満を持った人が集まるか集まらないか、なんらかの行動を起こすか起こさないか。人の思考は偶然の選択の連続なの、の。もちろんそれには外からの偶然も強く影響するのね、ね。だからいくつかの選択を必然と選んでるだけで思考を導いてるのと結果は同じなの、の。ただ、噂にある魔法の方が便利だと思うよね、ね。なにせボクらの魔法は偶然でも可能性がないと必然にできないのに、噂の方なら可能性がなくても意のまま操れるんだからね、ね」
おそらく公爵は嘘を言っていた。いや、嘘はなくとも不誠実であることだけは確かだった。
まず、思考の偶然を必然にできるとしても、その前提は思考を読み取れることだ。そのことについては何の言及もしていない。いかに公爵家が神算鬼謀の一族でも不特定多数の住民の思考を読み切るのは不可能だろう。
もう一つ、公爵は『思考を操る』方が優れているとしている。しかし、一概にはそうは言えない。しかも公爵の言うような差は実際にはない。偶然の先を見通せる頭脳をもつ一族においては“その時にその可能性が生じる程度に以前から偶然を必然としていけばよい”のである。それだけではない。魔法が通用しないような貴族に対しても周りの出来事を必然化していけばかなり操れる----魔法の射程の問題や気取られる可能性もあるが----。例えば強力な貴族と会いたくない時には“偶然にして必然の出来事”として、馬車が壊れる、橋が落ちる、道を塞ぐような出来事が起きる等々と会わないようにできるのだ。これは『思考の誘導』では不可能なことだ。仰る通りなら公爵家の魔法は『結果を操る』魔法であり、思考を操ると違い事象さえも動かせるものなのだ。
私でもわかるようなことである。公爵がこの様なことを言う目的は幾つか考えられる。
①隠している問題点がありそれほど万能ではない
②相手の考えていることを探る必要がない
③そもそもの魔法が全部嘘
④私を試している
他にもいくつか考えられる。しかしそもそも考えるだけ無駄であった。公爵の魔法が『思考を誘導』しようが『偶然を必然』にしようがどちらでもよい話なのだ。
問題は④だ。簡単に不誠実であるとわかる魔法の暴露をする時点で信頼を得るために魔法の話をしたわけではないことが明らかであった。それなら何故、不自然に魔法の話をしたかである----そもそもファロスが驚いたように無理に魔法の話をする必要はなかった----。残された答えは④の私を試したか、カガチ様に偽の情報を吹き込みたかったかのどちらかである。私の何を試したかったのかはわからない。カガチ様に偽の情報を与える意味は将来的に敵対する可能性も考えると十分にあり得る。しかし、どうにも前者であったような気がしてならなかった。しかしこれを深く考えていくことはまさしく「思考の誘導」であり、それ自体が罠の可能性があった。要するに“考えるだけ無駄”なのだ。
眉唾な魔法の説明を終えた公爵は満足気な表情でファロスを見た。
「それでは現在の状況を掻い摘んで説明させていただきます」
ファロスは溜息の一つでもつきたいだろうに表情一つ変えなかった。
「まず、北方側の情勢ですが、王国側の一部貴族による小規模な襲撃を払いのけているだけで大きな軍事的脅威には直面しておりません。むしろ問題は寒冷化です。最大の問題は飲料水の確保です。水を確保するために氷を溶かす必要が出ていますが、火を起こそうにもそれができなくなっています。食糧事情も食料の入手の問題だけでなく、熱が伝わらなくなり料理が困難となったことと合わせて、かなり深刻な事態です。また、王の魔法を目にして、住民をメニチェに集めたことで衛生環境が悪化しています。こちらは幸いにも寒冷化のおかげで臭いなどは発生しておりません。また火が使えなく通せなくなっているので汚染された食料でも半生で食べているようです。もっとも魔法力豊かな人たちなので疫病などは現在の所は確認できていません」
しかめ面のカガチ様を無視してファロスは淡々と続ける。
「次に我々王国側ですが、王の魔法の不発によって……この事実に気がついている者は多くはないのですが、もはや陣営としてはほとんど機能していません。九伯家には動く気力は残っていませんし、我々公爵陣営も積極的に動く気はありませんから。ただフローラとマルスが集落をあっさりと破壊してみせたのに触発されて散発的に攻撃を仕掛けている貴族もいるようですが……まぁ、問題はないでしょう。その他、もはや勝敗がつかない戦争の流れを読んだ家や諦めた家、出費に頭を抱えた一族、野営に飽きた一部の当主などは引き上げを開始しています」
「もはや戦争の体をなしていないと?」
私の言葉に公爵が大げさにウンウンと頷いた。
「もう意味がないからね、ね。さっさと和睦をしたいとボクは思ってるのぉ」
そして泣き出しそうな顔をみせた。
「だけどね、ね。九伯家が首を縦に振ってくれないの、の。酷いよね、ね?」
実際に目を潤ませ始めた公爵の代わりにファロスが言葉を継いだ。
「王を引き出したとはいえ、この戦いは九伯家の戦いです。九伯家が合意しない限り停戦はないでしょう。そして我々も出兵してしまった以上は公爵家の名にかけて勝手に帰るわけには行かないのです」
「ボクは家が恋しいのぉ。だからバトラー殿に九伯家を説得して欲しいの。ね、ね? いいでしょ?」
先ほどまで泣いていた公爵がすり寄ってくる。
「手伝って頂けないとなかなか困ったことになってしまいます」
ファロスはファロスで作ったような困り顔をみせた。
「九伯家は面子を捨てて我々に積極攻勢を依頼する可能性が高くなっているのです。そこまでされたら我々としても動かないわけにはいきません」
わざとらしく溜息をついて続ける。
「また現在の北方側の食料は竜安寺商会によって賄われています。これは我々が手配したのですが、和平交渉が間に合わないとなるとこれも手を引かなければならないでしょう」
「その時はナドヤ山を越えて移動するだけだ」
カガチ様が憮然と口を挟んだ。
「ええ。カガチ様がそうなさらないように我々は食料を用意したのです。今現在の双方にとって最良の答えだと思いますから」
ファロスは私を見据えた。
「しかし、戦いが再開されるなら我々は食料を送れなくなります。カガチ様達も北には住めないので南下するでしょう。最悪王都が戦火に包まれることになります。我々にとって最良のケースはナドヤ山を越えさせずに終わらせることですが……」
ファロスが視線をカガチ様に一瞬だけ移した。そして微笑む。
「まぁ、難しいでしょう」
「我は戦っても構わん……と言いたいところだが、我が負傷している時に襲撃がなかった。それはそちらの都合だろうが、それでも攻撃を受ければ我は負けていたからな。もはやなにも言わん」
必要のない魔法の暴露をおこなった不誠実な交渉者に従う以外の選択肢など初めから存在していなかった。それに和平交渉は戦争の被害者気取りの加害者である私としても歓迎すべきことであった。しかし、憂慮もあった。
「私に仲介ができるとは思えませんが?」
私が口にした疑問は当然のことだった。なにしろ九伯家の当主とは面識がなく、むしろ彼の野望の妨害した敵だからだ。
「ノン、ノン! バトラー殿じゃなければダメなの、の」
公爵は熱弁を振るう。
「この戦いは実質バトラー殿一人で九伯家に完勝したようなものなのね、ね。自慢のゴーレムは蒸発レベルで倒され、最強の戦士である執事の穴の出身者二人は戦うまでもなく格下、切り札である王の魔法は完全に防がれるとかね、ね」
「少なくとも世間のみならず九伯家もそう思っていることでしょう。マルスやフローラなどは反論するかもしれませんが」
私に反論の間を与えないようにファロスがそう補足を加えた。
「しかもバトラー殿は爵位を持ってるんだものね、ね。気位が高い九伯家は無位無官のカガチ殿には会わないのぉ。北方寄りの人物で爵位を持ってるのってバトラー殿だけだよ、よ?」
公爵はここでポポポと笑い声をあげた。
「九伯家に勝利したバトラー殿が直接に訪れて和平を求める。これがいいと思うのね。細かい手はずはボクの方で整えるからね、ね。って言ってもボクやボクに近い人間を表に出すとまとまる話もまとまらなくなるから竜安寺商会にやってもらってぇ。九伯家は平民が裏で動いてるのに気がついても過剰に反応するは恥ずかしいって思うから見て見ぬふりをするのぉ。バトラー殿も竜安寺商会なら多少は知ってるだろうからその方がいいよね、ね?」
要は公爵の手の平で踊れということであった。ただ和平は望むところであったし断る理由はなかった。私は九伯家に渡す手紙と竜安寺商会に渡す手紙の二通を預かり王都へと向かうことになった。
手紙の代わりというわけではないが北方と王国双方にかかわりを持つ竜安寺商会に虹色軟膏を託した。平和が訪れれば一時的な副作用と割り切れば怪我を治せるだろう。和平の成否を次第で双方が利用できるように頼んだのだ。




