北方戦争13
あまりの寒さに目が覚めた。夢の中で目が覚めるというのも変な話だが、そう表現するのが適当だった。ブラックアウトと言うべき情報の遮断が間に挟まったのだ。時空コンピュータにさえ記録がない空白期間があるからだ。
当時の私は通常ではあり得ない記録の空白よりも、あまりの寒さと体が思うように動かない絶不調状態に驚いていた。同時に酷い頭痛に襲われており、思考能力も極端に鈍麻していた。再現である夢なのに鈍い感覚のままだった。どこか現実離れしているようなぼやけた感じてでありながら、一方でむしろそれが正常のようにも感じられる。何とも考えが定まらない感覚に陥っていた。
ぼんやりと目覚めた私に誰かが気がついたようだ。女性の声のような気がする。おそらくカガチ様付きの女中だったのだろう。情報量が少なく再現性も下がっている。これが時空コンピュータに記録されている当時の状況だった。夢だからその他の情報と合わせて事態が理解できるが、そのときは時空コンピュータとのアクセスすらままならず何が起きたのか理解できていなかった。いや、それ以前に時空コンピュータとのアクセスが不調であることにすら気がつかない有様だった。
ほどなくして毛皮を羽織ったカガチ様が満面の笑顔でやってきた。ここでようやくベッドに寝ていることに気がついた。
「おお、起きたか! このままずっと眠ってたらどうしようかと思ったぞ!」
「……寝ていましたか?」
「ああ、一年半ほどな。急に倒れたかと思ったらそれっきりよ」
記録がないなりに何があったのか思い出そうと努力した憶えがある。今までに経験したことがない異常事態だったからだ。なにしろ時空コンピュータに管理された肉体はどのような状態に陥っても意識はすぐに取り戻してきたのだ。むしろ、一年以上の間昏倒していたことが信じられなかった。そこでようやく時空コンピュータが碌に使えない状態であることに気がついた。記憶がある。それすら記録されたいほどに時空コンピュータとのアクセスが悪くなっていた。
「お前が倒れて以来めっきり寒くなってよ。スープすら温まらない始末だ。だから熱いスープは出せないが温いスープで良かったら飲むか? 用意させるぞ」
「いえ、止めておきましょう」
返事をしながら、ようやく薄っすらと思い出し始めていた。
あの時光景を見る直前に、私は跡形もなく燃やされたのだ。超高温の火球による一瞬の出来事で気がつく間もなかった。
私が目撃した燃える大地はナドヤ山に用意していた分身に移った際に見た景色だったのだ。
ここからは推測になるが、地獄絵図を目にしてとっさに『時の超克』を発動したのだと思う。ただでさえナノマシンの充足率が低い分身体で限界まで過去に情報を送ったのだろう。遡った時間が5分だったのか10分だったのか、あるいはもっとだったのか、それとも逆にもっと短かったのかはわからない。
とにかくもギリギリまで消耗し朦朧とした状態である時点にまで戻ったはずだ。そして途切れ途切れの意識で北の地に無数に漂うナノマシンに命令したのだろう。あの火球を無力化するための何かを。細かい命令などできようはずもかなり大雑把に、かつ、無制限な命令をしたと考えられる。
寒くなったことやスープが温まらなくなったことと関係があるのだろう。火球を無力化するために『熱エネルギー』をどうにかしたと考えられる。それが熱の移動を制限するものだったのか、熱エネルギーを物質に変えるものだったのか、それとも別のなにかかもしれない。詳しくは思い出せない。しかし、スープすら温めらないところからすると100℃未満、下手をすれば60℃などという低い温度にしか上がらないように制限をしてしまったと思われる。
これは北の地の温暖さを支えていた地熱さえも根こそぎ奪うことを意味していた。この地の寒冷化は私が招いてしまったのだ。
その時にこの事実に気が付いていればまだ手は打てた。その場でナノマシンの命令を解除すれば良いだけだった。しかし、当時の私はそこまで頭が回らなかった。
勧められたスープを断れたのさえ奇跡だった。もし、あの時にスープを口にしていたら、再び精神活動が停止していたことだろう。魔法力豊かなこの地の食物は私にとって本来は即死級の毒だからだ。それを口にしても平気だったのは、時空コンピュータとナノマシンの影響だ。その二者が強引に限界まで能力を酷使した『時の超克』とその後のナノマシンへの命令で半休眠状態となっていた。活動をできるところまで回復したがまだまだ復調には程遠かったのだ。もしこの状態でスープを口にしていたら、死こそ免れるが長期間の昏睡に陥っていたことだろう。
実際にはそこまで考えることはできなかった。なんとなく断っただけだった。それほどまでに思考能力を失っていた私の耳に懐かしい声が届いた。
「バトラーが目を覚ましたそうですね」
カガチ様が眉間に皺を寄せた。そんなカガチ様に構わず、部屋にひょっこりと顔を見せた人物がいた。
ファロスだった。彼が居ることへの混乱も終わらぬうちに、さらにもう一人が姿を現した。
「初めまして。ボクはデューク・コロネルなの。『公爵』って名乗った方が通用するかの?」
丸っこい人物は何が面白いのかポポポポと鼓を打った様な独特の笑い声をあげていた。




