北方戦争11
あれから一週間、王国側に目立った動きはなかった。それに対して北の民は、カガチ様以下全員強気の態度は崩さずにいたが、もし本格的な攻撃が再度行われたら滅亡の危機に瀕していたことだろう。
なにしろ、カガチ様は未だに満足に体を動かせる状態ではなかった。刺さった棒も抜き取ることはできず、邪魔にならないように短く切り、動かないように固定するなどの処置を施すことしかできていなかった。
王国側が一種の兵力の逐次投入を選択したのには彼らなりの内部事情があった。その最大の理由の一つが『公爵』であった。
『公爵』は『九伯家』が勝利することを望んでいなかった。最大の政敵であり、その伸張を手助けする理由はないのだから当然である。したがって彼らがカガチ様を倒すためにファロス・スチュワートは当然のこと、いかなる兵力も『九伯家』の助勢に貸すいわれはなかった。そして参陣し、一度は襲撃をしている以上は批難されることもない。たとえ、その襲撃が『縮地』を見破られる原因だったとしてもだ。
その『公爵』は島に陣取り戦況を支配し続けた。これは九伯家への妨害さえも厭わないものだった。北の民の窮地が知られないように千里眼の魔法を阻害もしていた。
この『公爵』によりカガチ様達は自由な出撃を制限されたが、一方で『公爵』への配慮で王国側の動きも鈍かった。なにしろ積極適に膠着を図る『公爵』を前にして、積極的に参加して『九伯家』の目的を達しようと努力しても今やメリットはない。その根底には『九伯家』は切り札であるゴーレムとマルス・フローラの敗退によって明らかに影響力を落としていることがあった。どの貴族も落ち目と思われる九伯家に義理立てして被害は出したくないのだ。----もっとも『公爵』による情報統制がなく、北方の民の窮状が知られていればその限りではなかったのだが----
追い打ちをかけないのは『九伯家』にも独自の理由があった。マルスはフローラの死----本来であれば千里眼の魔法でフローラの一件を承知していたはずだが『公爵』陣営の妨害により知ることができなかった----を無駄にしたくないと再三に渡って出撃を頼んでいた。マルスは千里眼に頼らずともカガチ様が弱体化していることを見透かしていたために十二分な勝算のある要請であった。
しかし、それは悉く却下された。『九伯家』にしてみればゴーレムの惨敗に留まらず、フローラをなくし大打撃を被っているのに、さらに八騎士やマルスにまで被害が及んでしまっては北方の征伐に成功しても戦後の立ち直りがままならないのである。さらに『九伯家』の体面を保つために『公爵』への援軍要請もできなかった。借りによって『公爵』の風下に立つことは許されず、九伯家は行動の選択肢が狭まっていた。挙げ句に積極的な交戦姿勢を崩さないマルスに対して、彼の消耗と家中の空気が好戦へと代わることを恐れた『九伯家』は「冷静さを失っている。執事の分を越えた数々の進言は看過できない」と、謹慎処分として戦場から立ち去らせるに至った。
『九伯家』は自力で北方の制圧を成功させることは諦めていた。とはいえ、これだけの動員をかけ、貴族にも----大部分はファームル伯に同道した名ばかりの貴族とはいえ----かなりの被害を出しながら「蛮族に負けた」ということは許されなかった。
そこで『九伯家』は最後の手段に出た。王都には彼らの当主が残っていた。当主は王国の宰相であり、国のみならず『王』に対しても影響力を持つ立場にあった。その当主の力をもって『王』に出陣を願った。
その働きかけが実り、ついに『王』の出陣が叶ったのだ。
『九伯家』は『家の力によって王を動かした』という実績と共に『王の戦』へと戦いの性質を変換しようと試みたのだ。
このように『九伯家』はもはや動く気はなく『王』の着陣をただ待つだけの立場となっていた。




