北方戦争9
問答無用で襲い掛かるフローラに対してカガチ様は舌打ちしつつ迎撃の構えをとった。しかし、その構えはすぐに解かれることとなる。マルスが具現化した無数の光る槍が襲い掛かってきたのだ。
執事の穴の頃のマルスは無数の光る短剣を空中に現し自在に操っていたが、槍を見せたことはなかった。槍はカガチ様でさえ避けるので精一杯な速度で襲い掛かり、その威力はカガチ様の肉を切り裂き出血を起こすのに十分な威力をもっていた。
槍を避け態勢を崩したところにフローラが肉薄した。左手の棒を使うことなく大きく振りかぶった右拳がカガチ様に迫る。カガチ様はというと数本の槍の直撃に顔をしかめながら拳に対して拳で迎え撃つた。
拳と拳が接触した瞬間、閃光が走った。そのエネルギーの大きさに大気が震える。辺りは轟音と衝撃に支配された。強大な魔法力を内包し頑健であるはずの木々は二人に近ければ砕け散り、二人を中心に放射状に倒れた。その様は地球に居た頃に本で見たツングースカ大爆発でなぎ倒された木々の様であった。被害は林に収まらず、メニチェのいくつかの家屋は倒壊し、鉄くず投げで穴だらけとなっていたナドヤ山では土砂崩れが起き、海は波立った。
そのファーストコンタクトによってカガチ様の巨体がよろめいた。拳のぶつけ合いに勝利したのはフローラだったのだ。
カガチ様の左拳は砕け、骨の一部が外部に露出し出血を起こしていた。骨折は拳に留まらず折れていた左腕の骨は粉々になってしまった。
しかしカガチ様にとっては目の前の華奢な女性に力負けした事実の方が重大であったようだ。唖然としてしばし呆けていた。
もっとも呆ける時間は長くは与えられなかった。唖然とするのも束の間前後左右から無数の槍に襲われたのである。
流石のカガチ様もこの猛攻には耐えかねたのか後退を試み、何度か槍が刺さりつつも何とかフローラと5メートルほどの距離を開けることに成功した。
距離を置いたカガチ様はようやく自分の左腕が使い物にならなくなっていることに気がついたようだった。そして自分の体に残る刺し傷の様子も確認をした。
一方のフローラは大きく息を吐いてから一気にカガチ様への接近を図る。同時にマルスは槍を二つの巨大な丸い盾に変え、フローラを守る様に展開し突撃をサポートした。
槍の妨害がなくなったカガチ様は盾ごとフローラを打ち破らんと右腕を一振りする。この一撃に盾は容易に崩れ光の粒となって霧散した。ところがその盾の裏にフローラの姿はなかった。
カガチ様に驚く間は与えられなかった。自らの右脇にいつの間にかフローラが居たのだ。彼女は盾が破壊されるのと同時に『縮地』でカガチ様の脇へと移動していた。そして右手から繰り出された掌底はカガチ様の肋を直撃し10m以上吹き飛ばした。
地面を何度もバウンドしたカガチ様は立ち上がると大量の血を吐いた。血は止めどなく溢れるようで口元を泡立つ赤い液体が汚し続ける。先の戦いで折れていた肋骨が完全に割れて肺に刺さったのだろう。そして大きく肩を揺すり苦しそうに呼吸をしていた。
フローラは追撃しなかった。正確にはできなかった。全魔法力を一か所に集中し一気に放出するフローラの攻撃は連発できるようなものではなく、一撃ごとにしばらくの充電時間が必要なのだ。
マルスはというと今度は四本の大剣を作り出しフローラを守る様に宙を漂わせていた。
フローラとマルスは紛れもなく王国最強であった。個々の実力はファロスやスチュワートに劣るだろう。しかし二人が組んだ時にその真の実力が発揮されるのだ。ファロスとスチュワートが組んでも彼らとは比較にならないことだろう。
フローラの一撃はカガチ様をも上回り、たった二発でカガチ様を窮地に陥らせる威力があった。攻撃特化とはいえ驚異的な威力であり、この世界で彼女の攻撃に耐えられる者はほとんどいないということだった----もっとも執事の穴出身なのでその時点でまともに戦える者は皆無なのだが----。
マルスの攻撃は今やカガチ様の肉体にダメージを与えるクラスに成長していた。これはファロスやスチュワート達にも通用することを意味していた。しかも攻撃による雑魚散らしやサポートのみならず防御用の盾まで作れるようになっていた。
マルスの完璧なサポートによりフローラは攻撃に専念でき、相手はフローラ対応して魔法力を動かせばマルスに倒され、マルスを警戒して魔法力を分散させればフローラの一撃に耐えられない。それらの連携は阿吽の呼吸でなされるとともに、戦況を冷静に分析しフローラの動きと相手の動きを把握するマルスの才能によって最適な解が導き出されるのだ。
この二人を前にすればファロスやスチュワートであっても『縮地』によって千日手に逃れることはできても勝つことは不可能だろう。フローラとの正面衝突を避けてマルスを倒そうにも縮地で逃げられる。マルスを追いつつフローラに追われ形となる一方で、マルスの技もフローラの攻撃も致命的なダメージとなる威力を有している。さらに二人の呼吸はピッタリであり、マルスの戦場把握能力が圧倒的に高いとくる。
マルスの戦場の全体・参加者個々人の動きを把握する能力があればこその優位であった。執事は本来自分と主人の周りのみを把握すればよい。しかも基本的に、自分の周りは圧倒的能力で把握するまでもなく制圧できる。そのため、執事の多くは戦場における全体の流れの把握が苦手なのだ。そんな中で戦場・戦況・他者の動きの把握の才能が有り、それを鍛え続けてきたマルスは執事の穴出身者の中では例外的に戦場の支配者となれる逸材であった。
そんな理由からフローラとマルスは間違いなく最強の二人組だったのだ。
「そのまま本気を出さずに死ぬ気かい?」
フローラは青息吐息のカガチ様に問いを発した。
「魔法力を一気に増やすことができるんだろ?」
フローラは北の民の戦闘の秘技である魔法力を一時的に増加させる闘法を知っていた。以前からの北の民と九伯家との紛争で存在は聞いていたはずだ。さらに先のツェペリ様たちとの戦いで経験もしたのだろう。
「アンタは強い。だけど大伯父を一撃で倒せるほどとは思えないんだわ」
カガチ様は大きな溜息をついた。
「なるほど、あのジジイを知っているのか……」
「僕らの祖父の兄弟です。一応伝えておきますと、彼女と僕の祖父は兄弟なんですよ」
マルスは何故か丁寧に説明する。変に律儀というか頓珍漢なところがあるのだ。
「まぁ、死んじまったら元も子もないしな。あの時以来だが開放させてもらうぞ」
カガチ様はマルスを無視してそう言うと目を大きく見開いた。
魔法力がわからない私でも何かの違いを感じることができた。上手く言葉で表現できないが明らかに先ほどまでと違ったのだ。
魔法力がわかる二人の表情は今までになく険しいものに変わった。圧倒的に優位だった二人をしても厳しさを感じるものだったのだろう。
先手を取ったのはマルスだった。空を舞う大剣がカガチ様に向かって行ったのだ。大剣は速度を増しながら斬りかかる。そして肩口から袈裟切りに斬りつけたと思った瞬間、大剣は光の粉を撒き散らせ飛び散った。圧倒的魔法力の前に皮膚を傷つけることすら叶わずに逆に耐え切れずに砕けたのだ。
「フローラ! 退くよ!」
情勢が不利と判断したマルスは即決を下した。確かにそれが正しかった。マルスの攻撃が通用するという連携の前提が崩れてしまったのだ。こうなってしまってはフローラが一人で戦うのと変わらない。
「冗談!」
しかしフローラは従わなかった。返事と共に『縮地』でカガチ様の右斜め後方の上空に移動していた。
「その技はもう通用せん」
カガチ様は後ろを見ずに腕だけを伸ばし、出現したフローラの首を掴んでいた。
「以前にも似たようなことがあってな。もう通用せんよ」
カガチ様は腕を動かしてフローラを自らの正面にもってきた。
「何度も見た技だ。我の左後方を狙っているのがわかればこの程度は容易いわ」
カガチ様が力を入れたのかフローラの顔が苦悶に歪む。
「我に力を出させ、技までも使わせた。誇るがよい。次の戦いには一層期待----」
「ダメだフローラ!」
マルスが突然叫んだ。
同時に鈍い音を出してフローラの頸があり得ない方向に曲がった。カガチ様が首を圧し折った瞬間だった。
フローラの亡骸がカガチ様の手から滑り落ちる。しかしその手に棒は握られていない。棒はカガチ様の腹部を貫き背中にまで抜けた状態で刺さっていた。フローラの捨て身の一撃であった。自らの首を守ることなどせずに全ての魔法力を棒先に集めたのだろう。
カガチ様が手痛いしっぺ返しを食らった最大の理由は覚悟の違いだった。カガチ様は命をとる必要はないと考えており、一方のフローラは自身が死んでもカガチ様を殺すという捨て身の覚悟をもって戦いに臨んでいたのだ。それと、もしかしたらカガチ様は私の希望も考慮したのかもしれなかった。
いずれにせよフローラは死にカガチ様は重傷を負ったのだ。
「うわぁぁぁぁああああああ‼」
マルスが絶叫した。同時に幾筋もの光の矢がカガチ様に殺到した。しかしカガチ様は無傷。次に砕けた光の矢の粒が光柱を作り出しカガチ様を包む。……がなんの変化もなし。おそらく本来であれば凄まじいダメージを与える攻撃なのだろうが本気を出したカガチ様の魔法力の前では無力だった。マルスの技は魔法力の移動を戦いの基本に置く王国の常識に対する最適解であった。対北方民族の為に鍛えていたはずが彼らの魔法力の爆発を知っていたのに見くびり、さらに「蛮族も王国と同じく魔法力の移動をするはず」との思い込みが彼を無力にした。
カガチ様はフローラの亡骸から離れた。
「くそっ! くそっ! くそっ!」
マルスはその後も光柱を一本の大剣にしてカガチ様に挑むなど様々な攻撃を試すも全て水泡に帰した。
次にマルスが採った手段は魔法だった。無数の爆炎や小爆発が起きる。それはカガチ様の姿を視認できなくなるほどに激しく凄まじいものであった。
しかしその劫火の中にある人影に影響を与える様子はなかった。
「うぉおおおお‼」
万策尽きたのかマルスは突撃を敢行した。……が、それは阻まれた。後ろに現れた人物によって羽交い絞めにされたのだ。
「離せ! 離せスチュワート!」
マルスは暴れながら後ろの人物に喚いた。
「止めなさい。あなたじゃ勝てません。ただの犬死にです」
スチュワートの声は冷静そのものだった。
「それなら手伝え!」
「無理です。今も公爵様に無断で来たのです」
スチュワートは無念そうに首を横に振った。
「別に公爵が主になったわけじゃないだろ! 九伯家で雇う! あと一息なんだ! あと一息で仇をとれるんだ」
「客人として参陣したのです。客人とはいえそう簡単に陣を変える道理がありましょうか? それにアレがあと一息に見えるのですか? そう見えるくらいに冷静さを失っているなら諦めなさい。今は私でも勝てません。しかし後でなら勝てるでしょう。もしかしたらあなたでも勝算があります。フローラはそれを見越して無理をしたのではないでしょうか?」
「……」
マルスはスチュワートに対する抵抗を止めてカガチ様を強く睨みつけた。
「我としても無用な殺生は避けたいところ」
カガチ様はというとスチュワートに同意する様に首を縦に振った。その仕草がマルスの感情を強く揺さぶったのか彼の体が震えた。
「まぁ、いつ来ようとも我の首は簡単には渡さんがな」
マルスを無視してカガチ様が愉快そうに笑う。マルスが一歩進もうとしたところをスチュワートが肩を捉えた。
「どこに行くのですか?」
「フローラを……」
スチュワートがフローラを一瞥した。
「諦めなさい。もう手遅れです」
マルスは泣きそうな顔をした後に般若の形相でカガチ様を見続けた。そして無言で『縮地』で去った。それを見届けたスチュワートは「いずれまた」とカガチ様に頭を下げると、こちらも『縮地』で立ち去った。
一方のカガチ様はというと「せっかくなら連れて帰ってやればいいのに……」とフローラの亡骸に疲れ果てた様子で呟いた。




