北方戦争8
九伯家はバグル家の集落を破壊しつくすと悠々と引き上げていった。九伯家側に死傷者はいなかった。一方で北方の民の死者は戦士15名と集落の住民24名で皆殺しであった。それに要した時間は30秒足らずであり九伯家の完全勝利だった。
それから三日後のことである。九伯家が再び動いたのだ。第一発見者はカガチ様である。先の虐殺以来塔の上に張り付き九伯家の動向を監視していたのだ。
「今度はどこに行くんでしょうかね?」
ゆるゆると動く軍勢の行き先について戦士の一人がカガチ様に質問した。
「あれは違うな。囮だ。よほど我と遊びたいようだ」
カガチ様そう言って口元をにやけさせた。
「……そうだな。お主たちはあの囮に乗るがよい。メニチェに駐屯してる連中は全員で連中を牽制してこい。向かってきたら近くの集落に逃げ込め。連中が集落に攻撃を仕掛けることはないはずだからな」
カガチ様には確信がある様子だった。
出撃した戦士の一団を塔の上から見ていたカガチ様が私に話しかけてきた。
「この前の襲撃から様子がおかしいがどうかしたか?」
「そのように見えますか?」
「ああ。お前は表情を隠すのが下手だからな」
「なるほど。多くの知り合いが亡くなりましたからでしょう」
「お前は嘘も下手だな。……いや、嘘ではないな。それもあるが守備隊を屠った二人組に心当たりがあるんだろ?」
カガチ様の言う通りであった。察しの悪い私でも流石に気がついてしまったのだ。
「執事の穴の仲間か?」
「……おそらくは」
間違いなくフローラとマルスだった。九伯家と対峙する以上は彼らが戦うのは当然であった。しかし、私はその必然たる結論を認めたくなかった。だからここまで時空コンピュータは教えてくれなかったのだ。しかし、この段となると流石の私も気がついた。いや、認めたという言い方の方が良いのかもしれない。なんにしても、その認識が過去の例、さらには収集された情報から間違いない事実であると時空コンピュータが告げるようになっていた。
「まさかそいつらと戦っても殺すなとか言うんじゃないだろうな?」
お願いしますと言いたかった。
「我からすると仲間を殺しまくって集落の住民の虐殺の片棒を担いだような奴らだぞ? お前の同門と我の領民達とでは命の値段が違うとでも言いたいのか?」
全くもって正論であった。カガチ様にとっては女子供に至るまで容赦なく無辜なる住民を虐殺した顔も名前も知らない侵略者なのである。頭ではわかっている。だからこそ何も言えなかった。
「泣きそうな顔をするなよ。冗談だ。殺した、殺された、死んだ、死なせたなんて気にしてたら喧嘩一つできねぇよ」
本心はとにかくカガチ様は笑ってみせた。そして真顔で聞きなおしてきた。
「だけどよ、お前やこの前の二人と同門でツェペリを一蹴してるんだぞ? 殺さないように手加減をして戦える相手だと思っているのか?」
またしても反論できない事実であった。個々の実力ではファロスやスチュワートに劣るが連携込みとなると話は別だった。彼らは二人で一組となるように鍛えていたのだ。ともすれば、先の二人を超える最強のコンビかもしれなかった。
「意地悪を言ってしまったな。気には留めておくさ。噂の二人もおいでなさったようだしよ」
カガチ様の視線はメニチェ近郊の林に注がれていた。そこに二人が居たのである。
「あ~あ、なんだか予定と違うんじゃないの~?」
自身の身長よりも長い棒を肩にかけた女性が白けた様子で呟いていた。別に彼女が小さいというわけではなく棒が長いのである。2m程度の棒であった。持ち主は170cmで細身の体形であった。腰まで届く髪は無造作に一か所でまとめられ、顔は美形。眉がやや勝気そうで全体として怜悧な美人と表現すべき雰囲気を湛えていた。しかし実際に口を開けば罵りばかりなのを私は知っている。勝気で蓮葉。彼女を執事の穴出身者と信じる者は多くはないだろう。彼女はフローラであった。もはや少女と形容することはできない美しい女性へと育っていた。
「でも予定よりも今の方がフローラは楽しいんじゃない?」
「まぁ、そうだけどさ」
フローラがキシシとでも音が出そうな笑みを向けた相手はマルスであった。こちらも随分と美男子に育ったものだ。身長190cmでやはり細身。少女漫画から優しい王子様が飛び出して来ても彼ほどに王子様はしていないだろう。しかし口ぶりから察するに相変わらずフローラの尻に敷かれているようであった。しかし案外フローラをコントロールしているのかもしれない。妹の我が儘を聞くお兄さんといった感じもする。そんな二人が並んで歩く姿はファッション雑誌でも見かけない程に出来過ぎたものだった。
「だってそうじゃない。ゴーレムみたいなガラクタが主役で、あたしらはカガチとかいう奴を牽制してメニチェから離れられなくするのが仕事とか役不足甚だしいと思わない?」
「文句は駄目だよ。僕らは執事の穴を出ているんだから……」
「関係ないし。アタシは当主サマに仕えてるんじゃないんだからさ」
「いや、フローラは九伯家に仕えるって決めたなら当主に従おうよ……」
「嫌なこった。当主サマの決定でも九伯家の為にならないんだったら逆らうし意見だって言うよ」
「フローラの言う『九伯家』ってなんだい? 『九伯家』の意志は誰が決めていると思っているの? それに当主の権利がないがしろにされたら……」
「お小言はいいよ」
何度も注意されていたのだろう。フローラはうんざりといった様子であった。
「お小言って……すごく大事なことだよ?」
「はいはい、悪うございました。だけどアンタもカガチを牽制するために執事の穴に行ったわけじゃないんでしょ?」
「それはまぁ……」
「牽制だけなら公爵の連中みたいに陣取れば八騎士でも十分なんだしさ」
「……」
「大伯父の敵討ちってワケじゃないけど、カガチを倒すように教え込まれてその為に訓練をしてきたのにゴーレムにその仕事を奪われちゃ腹も立つでしょ。アンタも男ならちゃんと腹を立てなさいよ」
「まぁ……元の役割に戻ったんだからいいじゃないか」
宥めるマルスをフローラが睨んだ。
「なにが元の役割だい。あのガラクタを頼ったせいで勝つ必要が出てきたし」
「だけど相手がバトラーじゃゴーレムは壊されるしかないよ」
「ゴーレムを壊すくらいはアタシでもできるわよ」
「あんな風に300基を一瞬で?」
「そりゃまぁ……ね」
「僕らは下手をするとバトラーとも戦わなければならない。そう意味じゃたしかに元の役割じゃないね」
マルスの軽口にフローラが殺気立った。
「相手が誰だろうと立ち塞がれば殺すだけよ」
「だけどあのバトラーだよ? 死なないよ」
「馬鹿だね。そんなの死ぬまで殺すだけじゃない」
フローラの口調はあっけらかんとしたものだった
「今回のゴーレムでバトラーの実力を見てもまだ言える?」
「本気を出してないのはアタシたちも一緒でしょ。これまでの積み重ねをもっと信じなさいよ。アンタがその気を出したらアタシよりも強いんだから」
「カガチとバトラーが一緒に来ても同じように言える?」
マルスの問いにフローラの顔が引きつった。
「そしたら一回逃げて公爵の所からスチュワートを借りるとか隠居気取りの前期の執事の穴の出身者を引っ張ってくればいいのよ。だいたいスチュワートを雇わないでゴーレムを増産するとか見通しが甘すぎ。……で、まだ攻撃してこないの?」
苛立ちを隠さないフローラにマルスが頭を抱えた。
「ああ、恋人達の末期の会話を邪魔するほど野暮ではないからの」
林の奥から答えが返ってきた。
「恋人同士の会話と呼ぶには少々色気に欠けましたがね」
マルスが仕方がないといった調子で合わせた。
「そうか? 碌に聞いていなかったのでな」
カガチ様が悠然と姿を現した。
「せっかく隙を見せてあげてたのに随分と意気地がないじゃない」
フローラが半笑いを浮かべた。
「お主たち程の強者と戦う機会を不意打ちでなくすのはもったいないからな」
「随分と舐められたものね」
「そうか? 評価しているつもりだが」
それを鼻で笑ったフローラをカガチ様が不思議そうに見た。
「それとバトラーは来ない。余計な気を回す必要はないぞ」
「なんだ、ちゃんと盗み聞きしてるじゃない」
フローラの突っ込みにカガチ様は苦笑いを浮かべた。
「もう問答はいいだろう? さぁ殺るぞ」
マルスはカガチ様の問答に応じたのか一握りの粉を撒いた。そして名乗りを挙げようとした。
「ようやくですか。僕は九伯家----」
「これから死ぬ相手に名乗りは不要。行くよ!」
フローラはマルスを遮ると左手に棒を持ち構える。
「あ、おい! 名乗らせろ」
マルスに代わって抗議したカガチ様を無視してフローラが動いた。




