北方戦争7
ファロスとスチュワートの襲撃から一週間が過ぎた。あれから王国側に動きはなく二人の襲撃もなかった。一方で鉄くず投げもカガチ様の命で止められた。
カガチ様の怪我も骨折以外はほぼ完治していた。しかし精神状態は悪化していた。その状態を表すかのように大きな溜息が屋敷全体に響いた。
「まるで恋する乙女ですね」
「殺すぞ」
冷やかした部下をドス聞いた声で脅かす。
「気晴らしに塔の上で空気でも吸ってきては?」
「殺すぞ」
心配した部下にも同じ調子だった。あの二人と戦いたくてストレスが溜まっているのである。カガチ様の部下によれば「鼻先に御馳走があるのに手を出せない」状態らしい。部下は部下でカガチ様の心境を深く理解し、恐れるよりは同情しきりであった。
「ちょっと思ったんですが……」
一人の戦士が真面目なトーンで切り出した。
「殺すぞ」
それに対する答えもいつもの調子である。しかし戦士は無視して続けた。
「例の二人が他の集落に行ったらヤバくないですかね?」
「殺すぞ」
カガチ様はそう答えて再び大きな溜息をついた。
「それはない。その気ならとっくに襲撃されている。むしろアレは警告だ。鉄くずを投げて無差別に攻撃するなら自分たちも無差別に攻撃する……ってな」
そして大きく舌打ちをして天井を仰いで呟いた。
「殺してぇ」
そんな館に塔で見張りをしていた戦士が駆け込んできた。
「八騎士の旗が動きやしたぜ!」
九伯家の主戦力が動いたと聞いて、カガチ様は先ほどまでとは打って変わり身を乗り出した。
「八騎士だけか!?」
「いえ! 八騎士のみならず以前攻めてきた北方辺境伯らの旗も一緒に動いてやす」
九伯家の総軍が動いたのだ。その報告を聞いてカガチ様の目が輝いた。
「よし! それじゃあ一暴れ……」
そこまで言って瞳の輝きが失われ昏く沈んだ。
「あー‼ 駄目だ駄目だ駄目だ‼」
頭をくしゃくしゃと掻き、それが終わると溜息を洩らした。
「行き先は?」
カガチ様はジト目で報告に来た戦士を問いただす。
「おそらくバグル家の集落かと……」
「バグルって言うと……たしかここから南西の方だよな? 王国側に一番近い」
「へい」
「守ってるのはツェペリ達だったよな?」
「その通りで」
「あいつなら大丈夫だと思うが……十人ばかりで手伝ってやれ」
「了解!」
報告に来た戦士が戦えると喜び勇む。
「攻撃は仕掛けるなよ。もしバグルの所に攻撃を仕掛けるようなら参加しろってことだ」
「ええ~っ?」
カガチ様の補足に戦士が露骨に嫌な顔を見せた。
「お前らじゃ八騎士の相手は厳しいだろ。まして前のジジィみたいな奴が混じってたら返り討ちよ」
カガチ様の指示に戦士は渋々といった様子で部屋から出ていった。カガチ様が信頼をおいているツェペリ様は屈強な北の民の中でも五指に数えられる強者であった。彼らにはその強者の補強の支援を命じたのである。
「でよ、この前来た二人組。もちろんスチュワートって奴は武闘会であったから知ってんだけどもう一人の奴も知り合いか?」
部屋に人がいなくなったのを確認するとカガチ様が砕けた口調で私に質問を投げかけた。
「ええ。二人とも『執事の穴』の同期でございます」
「あの二人が島の陣地に居ることも知っていたのか?」
「いえ、この前知って驚いた次第でございます」
敵対するという事実を知りたくなかったから時空コンピュータは教えてくれなかったのだ。
「あのスチュワートはもう俺とは戦いたくないとか言ってたのにな」
カガチ様は無邪気な子供の様に笑った。スチュワートにしてみれば“公爵”に近づくことができれば目標に大きく前進できる。仕官すらままならない彼なら喜んで参陣するのは理解出来る。
ファロスに関しては、襲撃に現れたことによって“公爵”かそれに近い人間に仕えていることを知った。
「その『執事の穴』の同期は他にもいるのか?」
「はい。仔細は控えますが」
「他にもあんな連中がいるのか」
カガチ様はおもちゃを貰った子供の様に目を輝かせた。同時に私は大事なことを見落としていることに気がついた。
「こうなってくると集落を全部守るのは無理だな。メニチェと近くの五集落に集結させて……攻勢に出るのもいいな。早くそいつらと戦いたいし」
カガチ様が独り言を言いながら、我ながら名案と言わんばかりにウンウン頷いた。
ところが一転険しい顔となり、強く目を瞑ると天井を見上げ大きく息を吐いた。
それからしばらくすると血だらけの戦士と彼を取り巻いて何人かの館の使用人や留守番を任されていた戦士たちが慌ただしく部屋へと駆け込んできた。
「全滅か?」
「はい。援軍を含め悉く討ち死、集落も皆殺しとなりました」
血だらけの戦士----ツェペリ様----はカガチ様の前に傅いて答えた。
「主はなんで生きておる?」
「これを伝えさせるためにあえて生かされました。恥を忍んで報告しに参りました」
「あえて主を選んだのか?」
「おそらく」
「今度の八騎士はそれほどか?」
「否。八騎士ではございません」
私はツェペリ様の背中が大きく切られ、腹部にも裂傷があることに気がつき虹色軟膏を取り出して接近しようとした。しかしツェペリ様に手で制止された。
「相手は一組の若い男女です。八騎士や他の連中は集落の……バグル達を殺して回っていただけです」
「どれほどの相手か?」
「はかり知れず。女は一撃で我々を粉砕し、男は虚空を舞う光の剣を繰り出し我らの肉を切り裂きました」
「他には?」
「……私の命は今にも燃え尽きようとしております。できることなら大将の一息で消し飛ばしていただきたい」
「恐れながら『虹色軟膏』を用いれば傷は癒えます」
私は二人のやり取りに口を挟んでしまった。
「気持ちはありがたいが仲間が全滅したのだ。それは確かに素晴らしい薬だが怪我の程度に応じて魔法力が失われ肉体も脆弱になるのだろう? その弱体化の期間も怪我が酷ければ酷いほど長くなってしまう。おそらく私の怪我では戦争中の復帰は無理だ。それどころか死ぬまでに元の調子に戻れるかも怪しい所だ。私だけが魔法力を失ったうえで生き永らえたくはない。我々の望みは強いうちにより強い者によって殺されることだ。大将こそが私にとっての最強。そこを……理解をして頂きたい」
ツェペリ様はそう言って静かに微笑んだ。
「あいわかった。言い残すことは?」
カガチ様は私を一瞥することなく立ち上がった。
「連中を一蹴して最強を証明してください」
ツェペリ様も立ち上がる。
「言われるまでもない」
同時にカガチ様は貫き手をツェペリ様の胸に深く突き立てた。




