北方戦争6
大きな衝撃とともに山の斜面に土煙が上がった。戦士の一人がゴーレムの残骸である鉄くずを山に陣取る王国側の幕営に投げつけたのだ。
「はっはぁー! どんなもんだ!」
その男が自慢気にガッツポーズをとった。
「俺はもっと凄いからな! 見てやがれ」
別の男が鉄くずを掴むと円盤投げの要領で他の陣地へと投げ込む。ところがこの陣地では土煙は起らず、投げつけた以上の速度で鉄くずが返ってきた。
「お、おわっ!」
投げた男が慌てたところでカガチ様がその鉄くずを片手で受け止めた。
これが最近メニチェで流行している遊びであった。
大量の鉄くずが手に入ったので、それをメニチェに回収し「返却」の名目で王国側の陣地へと投げ込むのだ。そのせいで山脈は山肌を多く晒し、度々土砂崩れも起こすありさまとなった。
もっとも王国側もさるもので鉄くずの着弾を許す陣地は多くなかった。ある陣地は先ほどの様に受け止めて投げ返してくる。またある陣地は結界等や魔法を使い途中で破壊、または墜落させる。他にも風を操って着弾地点を逸らすやり方や軟着陸をさせる陣地もある。それらに失敗した能力不足な陣地には大穴が開き、兵隊たちが逃げ惑う結果となる。
「大将も一つどうですか?」
「ぬ? ……趣味ではないな」
部下から遊びに誘われたカガチ様は気が乗らぬ様子であった。
「それじゃあ、例の『島の陣地』に投げ込んでみては?」
渋るカガチ様に部下の一人がなおも食い下がった。
「無駄だな」
カガチ様はそれを一蹴した。
「それじゃあ俺らが投げ込むのは?」
「止めておけ。反撃されたら火傷じゃ済まんぞ」
カガチ様がそんな感じなので島に陣取る公爵家に対して鉄くずが投げ込まれたことはなかった。
「なんか面白くないなぁ」
部下の一人がぼそりと呟いた。
「私もそう思います」
それに同意する涼やかな声がどこからか聞こえた。警戒する一同をあざ笑うかのように、カガチ様の後ろに人影が現れ二の句を繋いだ。
「ですから遊びに来ました」
カガチ様が振り返ると人影は一瞬で消え、同時にカガチ様の死角に現れた。それとともに火柱がカガチ様を包んだ。その人影が炎の光に照らされていた。見覚えのある美しい横顔であった。それはファロスだったのだ。
カガチ様はファロスの魔法を意に介することなく大きく振りかぶり反撃の一撃を繰り出そうとした。だが間を置かずカガチ様の顔に小爆発が発生する。ファロスは連続して魔法を放っていたのだ。タイミングが良かったのか、見た目以上の威力があったのか、あるいはその両方だったのか、カガチ様は思わずのけ反った。
そのカガチ様の僅か上空に新たな人影が出現した。その人物は鋭い突きをカガチ様の顔目掛けて振り下ろす。カガチ様は首を逸らしてギリギリでかわしたものの、頬を深く傷つけられ鮮血を撒き散らした。
突きを繰り出した人物は消えた。そして同時にカガチ様の左脇に突きを繰り出した姿のままで現れた。突きの勢いは維持されたままであった。カガチ様はとっさに左腕でそれを防ぐも抜き手はカガチ様の上腕に深々と刺さった。当のカガチ様はというと苦悶の表情どころか笑みを浮かべた。一方で突きを繰り出した人間の動きは止まった。カガチ様は筋肉を締めて刺さった抜き手を拘束したのだ。
動きが止まったことで、ようやく私はその抜き手の主がスチュワートであるとわかった。
スチュワートの動きを止めたカガチ様であったが、それは自身の動きも一瞬硬直することを意味していた。逆に拘束されたはずのスチュワートは『縮地』でその拘束から逃れた。カガチ様は先ほどからのファロスとスチュワートの不可解な動きの正体を目の当たりしたのだが、それを分析する余裕は与えられなかった。
スチュワートが消えるのとほぼ同時にカガチ様の体に衝撃が走った。ファロスが横合いから蹴ったのである。続けて後頭部に激しい打撃を受ける。『縮地』で背後に移ったスチュワートが渾身の力で両腕を振り下ろしたからだ。そこから二人の連撃が始まった。
二人は一か所に留まることなく、時には走り、時には『縮地』を使いカガチ様を四方八方から攻め立てた。彼らの超高速の攻撃は一撃一撃の打撃音が連続して聞き分けられないほどであった。滝の様な爆音と立っているのが困難なほどの衝撃が地震の様に伝わる。
二人の攻撃を受け続けたカガチ様は鮮血を撒き散らしながら体を前後左右へと揺らす。いや、正確には揺らされていた。目にも止まらぬ二人の高速攻撃により構えることすらできずにサンドバッグ状態へと陥っていたのだ。突然の襲撃と最強を誇っていたはずのカガチ様の苦境に誰も思考が追い付かなかった。
やがてカガチ様の膝が少し折れ態勢を崩した。
「大将!」
ようやく正気を取り戻した戦士の一人が叫んだ。ファロスの初撃からここまで十秒足らずの出来事であった。
叫びに呼応するように戦士達が一斉に動いた。だがそこに恫喝の声が響く。
「俺の獲物だ!」
カガチ様は倒れるのを堪え、いつの間にか中腰に構えていた。
だが獲物と呼ばれたファロスとスチュワートは躊躇することなく「縮地」で撤退を終わらせていたのである。
カガチ様の体は腫れあがり、鼻出血を初め全身から血を流していた。
「大将……それ……」
言われたカガチ様は左腕を肩の高さまで上げた。
「ああ、折れている」
スチュワートの一撃を受けた上腕は二倍ほどに腫れあがり、おびただしい出血もしていた。
「あばらも二本くらいやられたな」
カガチ様はそこまで言うと鼻の血を拭い、口から血の塊を吐いた。
「なかなか楽しそうな連中だ」
カガチ様はいままでも見せたことがないような溢れんばかりの笑顔であった。長らく仕えてきた戦士たちでさえ初めて見る表情だったのだろう。真意を測りかね困惑を隠せていなかった。
私も同様に困惑していた。ただし私の困惑には違う意味も多分に含まれていた。ファロスとスチュワートの襲撃を目撃するに至って、遅まきながらどちらの陣営に居て誰と戦っているのか理解しはじめたのだ。
満面の笑みのカガチ様と同輩たちの戦いを見て心に迷いが生まれた時期でもあった。




