北方戦争4
カガチ様が見つめる先には300体の人の形をしたものが動いていた。しかしそれらは明らかに人ではなかった。大きさは様々である。大きなものなら5M程度。小さなものなら1Mといった具合であった。
カガチ様は初めて見るそれらを怪訝な表情で見つめていた。しかし私はその物体に見覚えがあった。
ゴーレムである。私がまだ馬野であった頃に出会った機械人形。級友の脚を砕いた巨人。マサラ鉱山を産業の遺物へと追いやった道具。以前に富蔵様がマサラ子爵オットー様に語っていた九伯家が対北方蛮族用の計画であり、大貴族をして数十年を費やした兵器である。
ゴーレムの集団は時速60kmでメニチェへ真っ直ぐと向かってきた。
「よくわかんねぇから試してみるか」
カガチ様はそう言うと以前にやったようにザル一杯の砂利をゴーレムに向かって投げつけた。
地面と衝突した砂利が大量の土を巻き上げる。……が、ゴーレムは無傷であった。砂利と衝突しやや速度が落ちた程度であり、それもすぐに一時的な話だった。
それを見ていたカガチ様が嬉しそうに口元を歪めた。そして今度はこぶし大の石をとり、大きく振りかぶって投げつけた。
目にも止まらぬ剛速球はゴーレムに衝突するや閃光と共に爆ぜた。閃光に遅れて響いた爆音と衝撃がそのエネルギーの大きさを推測させる。攻撃対象となった2mのゴーレムは態勢を大きく崩した。しかしそれも束の間、すぐに移動を再開したのである。胸甲が大きく凹んでいなければ衝突の事実を認識できなかったことだろう。
ゴーレムはナウル伯勢の残滓たる死体や僅かな生存者たちに構うことなく進撃した。足元の死体を踏みつけ砕き、助けを求め呻いていた生存者を物言わぬ肉片と変えつつ歩み続けたのである。
このカガチ様の投石によっても足を止めない集団に向かっていったのは先ほどまでヘウル候と交戦していた戦士団であった。ヨーステン翁との戦いで多少の怪我人が出たとはいえ44人の戦士たちはいまだに戦意旺盛である。彼らは初めて見る奇怪な物体に多少の興味を抱いたものの、その関心のほとんどはカガチ様の投石にも耐えるゴーレムの戦闘力に対するものだった。
この世界では鈍重といえる速度で進むゴーレムに対して戦士たちは猛然と襲い掛かった。ある者は体当たりをし、ある者は蹴りを繰り出し、ある者は拳を振るった。しかしそのいずれもゴーレムを破壊することができなかった。攻撃の悉くは徒労に終わり、歩みの速度をわずかに緩やかにした程度の効果しかなかった。
一方ゴーレムの攻撃は軒並み空振りに終わった。しかし、その一撃一撃の威力は明らかに高かった。大振りの一撃が大気を震わせ、地面を砕くのだ。さらに目や口から熱線や雷撃、あるいは凍気を吐き出す。他にも体全体に帯電した反撃型の個体も混じる。
戦士たちを猛獣とすればゴーレムは差し詰め鈍獣であった。猛獣が餓狼であれば鈍獣は象の群れであり、狼の牙が刺さる相手ではなかったのである。餓狼の群れの攻撃を気にする様子もなく象は気ままに進撃する。そしてついに象は狼を捕らえた。ゴーレムの一撃が戦士に直撃したのだ。戦士は十メートル以上吹き飛ばされ、攻撃を受けた右腕は明らかに骨折していた。
ゴーレムの電撃や冷気は戦士の動きを止めるためのものであり、攻撃の本命は打撃だった。この一撃を嚆矢に攻撃を避け切れない戦士が続出し始めた。中にはゴーレムの中に取り残され、袋叩きに遭った者もいる----幸いにも他の者によって救われたが----。
ゴーレムはカガチ様を筆頭とした極一部の猛者以外の攻撃でなければ通用しない防御力をもっていた。さらに破壊力も十分である。速度を犠牲にパワーを強化するというのが対北方蛮族用の兵器として九伯家が出した答えだった。彼らの北への執念が数十年という時をかけて結実した切り札だった。
この過重で鈍足な兵器を運ぶために九伯家はナウル伯を歓迎し道を整備させたのだ。この時すでに第一陣の300機の他に1500機を中継地に運び終えていた。
「退け!」
いまだ諦めずに攻撃を仕掛ける戦士たちに対してカガチ様が号令を発した。戦士たちは未練がましい視線をゴーレムに送りながらも負傷者を担いで撤退を始めた。ゴーレムの速度ではどうすることもできない。それ以前にゴーレムは追いかける様子をみせなかった。そもそも追いかけられるものではないから、事前にそのように命令を組み込んでいたのだろう。
「さて、どうしたものか……」
カガチ様は味方の撤退を横目で確認しつつ、正面に公爵家の陣地を見据えていた。
帰還した戦士たちは疲労困憊であった。それも仕方がない話でヨーステン翁との戦いで消耗したところにゴーレムと連戦したのである。そして疲労とは別に大怪我を負った者も多かった。二十人の者が大怪我により戦線離脱の憂き目となった。その内五名は虹色軟膏の治療によって失われた魔法力が完全に戻るか不明な程の重傷を負っていた。
一方のゴーレムはというと変わらぬ足取りでメニチェへと向かってきている。
「住民をゴーレムの侵攻ルートから避難させろ」
カガチ様が出した結論であった。
「しかし!」
指示を受けた者達が色をなした。
「島の連中がいるから我は迎撃に行けぬ。メニチェ内に引き込む必要があるのだ」
一方のカガチ様は落ち着いた様子だった。
「そこまで壊せるに任せるということですか?」
問いに対してカガチ様が頷いた。
この時、私は何とも悲しい気持ちになっていた。メニチェの街並みに愛着が湧いていたこと、大ケガを負った戦士たちが全員知り合いであったこと、ゴーレムが死体のみならず生き残った者も構わずに踏み殺していたこと。
その様なことがぐるぐると頭の中を回った挙句に気がつけば口を開いていた。
「あれは私がなんとかいたしましょう」
ゴーレムは無機物だ。遠慮する必要はない。むしろ無機物が生物の命や生活を奪うのは理不尽であると自らを正当化したのだ。
「おお、行ってくれるか!」
喜ぶカガチ様に挨拶することなく、私は塔の上から飛んだ。気圧を操りゴーレムの上空まで浮遊したのだ。
ゴーレムの集団は私を敵と認識したのか熱線や電撃を放ち迎撃を試みる。もちろん、その程度では私に影響を与えることはできない。攻撃に構わずゴーレムを分析した。その結果得られたデータはゴーレムの主要構成物質は『鉄』であるということだった。
『鉄』の融点は何度であろうか? 当時の私はそれを知らなかった。ただ『炭素』がその構造によって---例えば『ダイヤモンド』や『黒鉛』のように---融点が異なるということと、おおよそ3500℃前後で溶けるということを弟の無駄話によって知っていた。そしてイメージとして『鉄』の方が『炭素』よりも熱に強そうと思っていた。なにせ『炭素』は燃えるイメージがあったからだ。
私は上空から300体のゴーレムをターゲットとしてチェックした。そして久しぶりにあの技を出した。
「拡散執事ビーム!」
全身から光線を照射したのである。私から放たれた光の線が地上に蠢くゴーレムを一斉に捉えた。熱線はターゲットを設定温度にまで上げる。
設定温度は8000℃。とりあえず炭素の融点の倍以上に設定をしたのだ。温度が低ければ随時上げる予定であった。
分子を直接動かす光線はゴーレムの温度を一瞬で上げる。一分としないうちにゴーレムが次々と爆発した。内側の膨張に対して外側の膨張が追い付かなかったケースである。いうなれば電子レンジに入れた卵だろう。爆発しないゴーレムは溶けた。それも尋常な溶け方ではなく、沸騰しながら溶けていった。またあるゴーレムは全身から煙を出し小さくなっていった。いわゆる昇華という現象だ。固体から直接気体となる現象だ。
鉄は熱に弱かったのだ。
この執事ビームにより300体のゴーレムは一分足らずで全て動かぬ鉄塊になるか、あるいは鉄塊すら残さず蒸発した。




