バトラーの反省
私は最低である。
私が行ったことは事態を悪化させるだろう。
それを知りながら、なおも無意味、いやむしろ悪辣なことをしてしまったのだ。
理由は二つ。
一つはその場しのぎでなんの解決にもなっていないことである。なまじ食料が手に入っただけに食料が尽きればより大きな飢えに襲われ、今以上の悲劇を招くだろう。例えば遠からず殺され村人たちの胃袋に収まるはずだったあの母親が抱いている乳飲み子と他の村人にまとめて飢餓がやってくるのである。ある程度の計画性をもっていれば一部の住民が逃げる、計画的に食料を配分するなどで少しは違う話になるだろうが、この世界の住民にそのような計画性はない。今後食料が手に入る見込みだってない。それはこの付近一帯に共通して言えることであり、供給された食料はむしろ飢えた盗賊たちを呼び込むかもしれない。そんな不幸がなくとも、少なくとも嫉妬は招くだろう。それは意趣返しの原因となる根深い不信の芽である。さらには他の村も私の来訪を期待するだろうし、来訪がなければ期待外れと喪失感を招く。あるいはこの村の人たちは望外の幸運に優越感を抱くだろう。そのようなものを他者が面白く感じるはずがない。さらには領主の不興も招く。おそらく税金が未納であろう村が大量の食料をもっているのだ。面白いはずがない。なんなら徴税人でも派遣して食料を根こそぎ持っていくかもしれない。それこそ「まだ隠しているから十分なはず」と理由をつけて。
私が滞在し続ければそれらの問題は解決するだろう。それこそ食料はいくらでも創れる。強引な徴税に対しては創造した食料を渡してもいいし、力でそれを阻止してもいい。しかし滞在する気はない。仮に滞在を続ければ“『バトラー』が領内で好き勝手やっている”ことになるのだ。その様なことが許されるはずがない。しかし、それでも『バトラー』が望めば僻地の村の一つや二つは譲る領主もいるだろう。特にここの名目領主である『権蔵』や実質領主である『スチュワート』なら私の為にそれくらいのことはしてくれるはずだ。それこそ雇用や貸し借りなど関係なしにでもだ。私がそれを望まないというのが最大の理由なのである。私にもタイムスケジュールがある。関係の薄いこの村だけに便宜を図る理由もない。それら以上に責任を負いたくない。しかし、なによりも大きいのは“無駄”だからである。私がいて、外敵を追い払い、食料を供給し続けても、この村の住人は飢えて死ぬ定めなのである。これが二つ目の理由で私にはどうすることもできない問題なのである。
蟻にカロリーや栄養素が少なく消化吸収が難しい人工甘味料を与え続けたらどうなるだろうか? 答えは死ぬ。栄養失調で飢えて死ぬ。私が滞在し続けたらそれと同じ現象がこの村を襲うだろう。どれだけ食べてもやがては飢えて死ぬのだ。彼らが食べているものと全く同じものを創っても死んでしまうのだ。
その理由は簡単で、私が創れる物は私が想像できるものだけだからだ。したがって理解・想像の範疇外にある『魔法力』が含まれている物は完全には再現できない。『魔法力』を創れないのだ。代表的なのは魔晶石や『魔法力』を利用した通貨代わりのカードだ。だから歴代の『私』は“時空移動”や“馬野骨造の召喚”に必要な巨大な魔晶石『転移石』をなんらかの形で外部から獲得してきたのだ。
『魔法力』は“この世界の住人全て”が保有している。いや、あらゆる物に含まれていると言うべきなのかもしれない。それこそ魔鉱石には大量に含まれているし大気にも存在する。『虫』などの生き物は魔法力を利用してさえいる。『虫』の突撃が私の体に風穴を開けるのは魔法力によって物理法則を無視した『あり得ない力』を得ているからだと気が付いたのは随分と前だ。それと同時に『魔法力』に関係する蓄積された情報が私に流れ込んだ。それによって“ほとんどの食べ物が毒”なのも納得がいった。
どんな生き物も“食べられたくはない”。そして“食べる”とは“異物を消化し自らの一部として吸収する”のである。地球の食べ物だって一部の果物の様に“食べられるための物”や“食べられることを想定していないもの”以外の多くは毒を宿している。それこそ葉っぱ等の植物にとっては食べられては困る部位は刺激を受けると農薬類似の物質を出すことがある。あるいは初めから食べられない様に毒を持っていることもある。一方で食べる側もさる者で、毒であってもそれを無毒化する術をもっていたり、その毒そのものをある程度は必要としていたり、逆に自身を守るために利用していたりもする。フグなどは他者の毒の利用者の代表例だろう。それはこの世界の生き物でも同じであった。ある種の収斂進化の一つなのか、生き物の淘汰における定石の一つなのかは私にはわからない。ただ一つ言えることは、この世界ではありふれている『魔法力』が、地球人である私には理解できないし耐性もないということだった。
この世界の住民たちが『魔法力』を持った結果どうなったか? 生き物は“食べられまい”と抵抗して『魔法力』を利用して極めて強力なアルカリ性や酸性を示したり、毒を作ったりする。この世界の住人はおそらく同じように『魔法力』を利用してそれを中和や解毒をして消化・吸収するのであろう。そして『魔法力』自体が多くの者にとっては必須の栄養素に近い存在なのである。だから“強力な苦みを作れる”ほどに“魔法力が強い”食べ物は彼らにとっては好ましい食べ物なのである。毒等が強い=それを作れるほど魔法力に富んでいる食べ物という意味だからだ。一方でこの世界にも魔法力を取りたくない人たちがいる。貴族である。
貴族は『魔法力』を作り出す能力が強いのか、あるいは呼吸等から魔法力を効率よく貯め込む能力が強いのかはわからない。ただ彼らの場合『魔法力』が多すぎて自らの肉体を蝕む程なのだ。それは『魔血病』と呼ばれ、上級貴族を悩ませ続けた病気であった。
思えば貴族風料理、貴族向け料理が私の様な地球人に無毒であったのもそれが関係していたのであろう。貴族、それも古い貴族ほど『魔法力』に富み、食べ物から摂取する必要がなかったのだと想像できる。貴族たちから北の蛮族と称される者達が『魔法力』に満ち溢れ一部の人間から古代人の末裔と考えられていることや、最も古い家柄の一つであるファームル伯ザルグ家が『魔血病』に悩まされていることからの連想だ。
膨大な魔法力に耐えられるほどに頑健な肉体をもち日常的に戦闘を好むゆえに魔法力を浪費している北の民はとにかく、無駄に『魔法力』を発散しないことから『魔法力』の自家中毒である『魔血病』に悩まされていた王国の貴族たちにとっては魔法力の過剰摂取は切実な問題だったのだろう。魔法力を摂取したくない貴族たちが“あえて魔法力を取り除いた『貴族料理』”を発展させていったのは自然な流れともいえる。
『貴族料理』が庶民の口に合わず、しかも手が出ない程に高いのは双方にとって幸せなことだろう。なにせ『貴族料理』を食べ続けた庶民は死ぬ。私が創造した食べ物を摂取し続けた人が死ぬように『魔法力』不足という栄養失調で死ぬはずだ。あるいは、それを回避するために『貴族料理』は防衛的に高価になったのかもしれない。
これらは何も私が実験したわけではない。そして私が体験した出来事でもない。どこかの愚かな男が“せめて飢餓の村を救いたい”と信念もなく安っぽい感情で貧しい人々に食べ物を与え続けた結果である。その情報が私の中に眠っているのだ。ほんの三分前まで元気に走り回っていた子供が突然に、それこそ糸が切れた人形の様にいきなり倒れたかと思ったら全く動かなくなった。『魔法力』切れによる死は突然に訪れる。その塩梅でそれからの三日間で村人が全員死んでしまった。私は体験していないにも関わらず、なぜ死ぬのかわからずに怯える村人や再びの奇跡を『私』に願う村人たちの顔が瞼から消えないのである。
私に魔法力が創れないなら物質を変化させる前の物質に宿っていた『魔法力』はどこに消えるのか? あるいは消えずに残っているのか? もし後者なら魔鉱石のような『魔法力』豊かな物質を変化前の物質として選択すれば栄養不足にならずに済むのではないか? そんなことを考えたのは私一人ではない。
問題はいくつかある。一つ目は魔鉱石が高い。それなら普通に食べ物と水を買って配った方が良いくらいだ。二つ目は高い魔鉱石を買うお金がない。カードによる決済が中心となっており、そのカードには『魔法力』が使われている。したがってカードの偽造ができずに買えないのだ。三つ目はそもそも『魔法力』が消えているのではないか? そして四つ目は『魔法力』の質が違うのではないかという疑問。私が“不思議パワー”を『魔法力』と呼んでいるだけで、実は違うもの、似たようなものだが摂取できない、極端な場合は毒となる等。色々なケースが考えられる。三つ目、四つ目は実験すれば明らかになるだろう。では誰が実験するのか?
『魔法力』切れによる『死』は突然訪れる。実験の失敗は“誰かの『死』”によって明らかになる。それも一人、二人じゃない。偶発性や因果関係をはっきりさせる為にはそれこそ村一つでも足りないくらいだ。そういう意味では『私』が『魔法力』切れと結論付けた村の全滅の原因は実は他にあったのかもしれない。いずれにしても『誰かが高確率で死ぬ』実験である。その結果、多くの人が救われる可能性があるだろう。そのうえで、もう一度自分に問う。誰が実験するのか? 少なくとも私はやりたくない。『私』の記録にある“あの顔”が忘れられないからだ。そしてどの『私』もそれを探求しないだろう。嫌なことはやりたくない。悲しい思いはしたくない。『私』は臆病で卑怯なのだ。
村を出るとき一同が総出で出送ってくれた。口々に感謝の言葉を述べているのがハッキリと聞き取れる。私は彼らの顔をまともに見ることができなかった。できることといえば、振り返らずに逃げ出すことくらいであった。




