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俺TUEEEのに無力です  作者:
バトラーの見る夢/後編
39/82

北方戦争3

「しかし、冷たい連中だとは思わんか?」

 カガチ様は溜息とともに呆れたように呟いた。

 カガチ様の眼下には血で赤く染まった大地とおびただしい死体が転がっていた。虐殺から三日経った現在も死体に混じって蠢く人影や呻き声がそこかしこで聞こえる。この三日間で動ける者は這う這うの体で逃げ出した。現在残っている五百人程度の生存者は動くことが困難なほどの大怪我を負っていた。

 カガチ様やメニチェの住民たちは逃げ出す生存者たちに対して大声で「お~い、仲間も連れて帰れよ~」と度々呼び掛けたもののそれに応じる者はないどころか、振り返りすらせずによりいっそう速度を速めて脱兎のごとく逃げたのだった。それを指して冒頭のカガチ様のセリフとなったのだ。

 私に言わせるならば冷たい以前に仕方がない話である。一つにはナウル伯勢は寄せ集めであり結束力が極端に低かったこと。当然ながら仲間意識などないのだから危険を冒して助ける理由などないのだ。もう一つはたとえ助けたいと思ってもカガチ様の圧倒的な暴力に出会ったのだから再び死の暴風圏に飛び込む人などいないこと。致死率9割の砂利の嵐の中で生き残り、その上に逃げられる体力があったことは奇跡なのだ。カガチ様には追い打ちの意志はなかっただろうが相手にとっては知ったことではない。故に誰も助けられないのである。


 当然ながら私はカガチ様の問いに沈黙で応じた。

「随分と機嫌が悪いが仕方あるまい。我もまさか全員が非戦闘員とは思わなんだ。一人、二人の強者が混じっているものと思い炙り出しの為にやったのだからな」

 カガチ様の言う通り、当時の私はかなり機嫌が悪かった。愚かにも自分のことを差し置いて過剰で一方的な期待をカガチ様に寄せて、しかもその立場を考えることなく「なにも虐殺をしなくても良いものを」などと思っていたのである。私こそが事態を招いた元凶であり、カガチ様の代わりに電撃でも流せば1万7000人を死者なしで撃退できたし、虐殺を目の当たりにした後でも「時の超克」を使えばリカバリーができたのだ。それすらせずにカガチ様に当たっていたのである。

 もっとも当時の私は今の様に夢の反復によってナウル伯勢の面々を詳細に知っていたわけではない。ショックの原因は生まれて初めて見た生々しい虐殺に対してであり、一方でそれは自身の身内と感じていた北方への侵略者に対するものであったから許容ができた。その様な一方的な見方しかできなかったのは全くもって未熟であったからだ。彼らの多くは好き好んで参戦したわけではなく、それぞれに人生があり、大きな目標をもつ者がいれば明日の食べ物を楽しみにしていた者もいた。それらを真に見殺しにしたのは私だったのだ。



 王国側が死体のみならず生存者を放置しているのには理由があった。彼らはナウル伯の突撃に際しても動く気配はなかった。そもそも参陣した王国の貴族の大部分はナウル伯の軍勢を仲間とは思っていなかったのである。不浄な汚物によって蛮族の士気を少しでも削げれば儲けものとでも思っていたようだ。

 彼らにしてみればナウル伯の軍勢は平民の烏合の衆であり、自分達とは別の存在であった。むしろ彼らの参陣が理解できなかった。ここに参陣するような貴族たちから見ると平民が戦力にならないことは当然のことであった。まして相手は“武の九伯家”の仇敵であり、王国最強の一門を散々に打ち破ってきた“北方の蛮族”である。自分達ですら敵わないと考えているのだから、平民が大部分を占めるナウル伯の突撃は余計に不可解なものであった。

 実際、この戦場で戦えるのは“九伯家の一門”と“公爵”の部隊、それと九伯家が雇った“暗殺者ギルド”の組合員だけであった。他にもいくつか戦力になりえる貴族もいたのだが、戦えば出血は必至であるので、彼らは“九伯家の北伐”のために貴重な戦力を減らす気はなかった。また、そのような有力一門であれば前回の九伯家の惨敗を知っており、余計に動く気はなく、分家や連枝、自家の影響下にある貴族たちに対して動くことを厳に禁じていた。

 彼のほとんどは九伯家と早々に参陣を表明した公爵に対する義理立てや顔見せの為に出陣しただけで戦う意思など当初から持ち合わせていなかったのである。


 しかし九伯家の思惑は違った。九伯家はナウル伯の参加を大歓迎したのである。もちろんそれは戦力としてではない。彼らはナウル伯に道中のインフラ整備をさせたのである。彼ら大軍が動き、それを養えるだけの補給を維持しようと思えば当然それなりの街道や宿場の整備が必要である。九伯家はこれらの社会資本を戦時中の輸送路としてはもちろんのこと、戦後の領地経営にも利用するつもりであった。

 さらにナウル伯が盗賊等を軍団に吸収することにより輸送や後方地域の治安の安定効果もあった。

 九伯家がナウル伯を歓迎したのは以上の理由によってである。一方で役目を終えたナウル伯は邪魔であった。一つには資産の全てを吐き出したナウル伯が過大な恩賞を要求をしかねなかったこと、一つには蛮族が攻勢に出た際にナウル伯の軍勢の混乱により戦線が崩壊する恐れがあったこと、一つには補給負担が大きいこと、一つには衛生環境の悪化を起こしていたこと、一つには他の貴族たちが平民の集団の存在を嫌がっていたこと、ありとあらゆる意味で邪魔であった。

 かくして九伯家はボルグ様に対して人数差を唆し無謀な突撃を敢行させたのである。


 

 九伯家の思惑通りに壊滅したナウル伯の軍勢であったが、それが思わぬ効果をもたらした。

「臭いそうだし、さすがに放置って訳にはいきませんよね?」

 カガチ様の配下の一人が恐る恐る自らの主に具申したのである。

「うむ。お主が指揮して二十人ばかりで『掃除』をしてこい」

 具申者は矢張りと言った表情を作り軽く舌打ちをした。

「へい。ではそうしますよ。人選はこっちでやっておきます」

「うむ」

 カガチ様は横柄に頷いた。

「……おい」

 そして仕事に取り掛かろうとした部下を思い出したかのように呼び留めた。

「生きている奴は連れてこい」

 同時に私の方をちらりと見た。

「そういうのにうるさくて、不機嫌な御仁がおられるからな」

 そこで笑い声をあげたのだった。


 彼らの『掃除』は豪快であった。

 死体は海や山の遥か彼方へと放り投げ、怯えて震える生存者は地平線の向こうに隠れているメニチェへと放り投げる。メニチェの方では放り投げられた生存者を受け止める。それを何の感慨もない作業としておこなうのである。投げられる重傷者たちはそれでも怪我が悪化しない。非戦闘員扱いの彼らも地球人からすると異常なのである。

 収容した重傷者たちの怪我はすぐに治った。これは虹色軟膏の効果である。


 “掃除夫たち”が無防備な姿を晒しているにも関わらず九伯家は動かなかった。これは合理的判断に基づいた行動であった。

 九伯家は死体による衛生環境の悪化を多少期待していた。しかし、その掃除を始めたにもかかわらず放置した理由は簡単なことである。重傷者たちを収容し始めたからだ。これはもちろん王国民を助けているからなどという意味ではない。食料負担が増大し、重傷者の手当てや監視、寝場所の確保や糞尿による衛生環境の悪化といった負担を北方側に強いることができると目論んだのだ。

 たしかに元々人口の少ない北方の民である。最大都市のメニチェでさえ人口三百人である。そこに五百人の生存者たちを収容した場合インフラや食料は強く圧迫されただろう。


 そんな九伯家の目論みを知ってか知らずか“掃除夫たち”に挑む一団があった。へウル侯ヨーステン翁率いる一団である。人数は五十人。最弱の者でもボルグ様以上の実力を持つ集団であった。

 ヨーステン翁は八十を超える高齢であった。この翁は多くの意味で有名だった。様々な逸話をもつ、王国で最も偏屈で頑固な一言居士な変わり者と貴族たちに認知されていた。ただ、若い頃から西方の蛮族討伐を筆頭に多くの武勲を挙げており、老境にも関わらずその実力の点でも一目も二目も置かれる存在であった。その扱いは貴族というよりは武人である。

 この武人が攻撃を仕掛けた理由は貴族達には理解できないものであった。死体に対するぞんざいな扱いと王国民の生け捕りに憤ったのである。王国でもっとも多くの戦いに参加し、もっとも長い戦場暮らしで培われた独特の感性であった。彼にとっては九伯家の思惑や損得などは関係ないのである。行かねばならぬから行く。ただそれだけであった。

 熟練の戦人は最高の状況で襲撃を仕掛けた。王国側の動きがなく緊張感を失った三日目、その夕闇時に翁は動いたのである。集中力が切れていた掃除組・・・は容易に接近を許した。翁の方も潜みながら接近したのだ。接近に成功した翁は音速を超えて一気に距離を詰め混戦を挑んだ。おそらくこれは狙い通りだったのだろう。混戦となればカガチ様の投石を封じることができるのだ。このへウル候の部隊はボルグ様よりも遥かに強い者が揃っていたとはいえ半数以上の者にとってはやはり投石が脅威であった。その点についていえばヨーステン翁は千載一遇の好機を掴んだのである。

 もっともカガチ様の投石程度に脅威を覚える者は戦力外であった。ヨーステン翁もそれは承知で郎党を連れてきていた。これは彼に跡取りがなく、極めて複雑な相続問題を抱えていることと関係がある。相続に関係する親族が彼らの従士・従者を強引に当主であるヨーステン翁に随行させたのである。少しでも存在感を示し相続で優位となるためだ。しかし、それらの者は実力だけでなく経験も不足していた。それにも関わらず随行者達はこの襲撃に志願したのだ。翁は一度はそれを拒否したものの「このまま帰っては主に顔向けできない」との志願者たちの懇願に折れ、行動を共にしたのである。そして命を預かる以上は無駄には死なせないように混戦を挑んだのだ。このような玉石混合のへウル候の一団においてヨーステン翁は別格の実力をもっていた。


 混戦を目論んだのへウル候であったが事態は翁の思惑とは違う展開となった。彼に付いてきた者たちが誰一人として戦おうとはしなかったのだ。彼らの仕事はヨーステン翁の見殺しだった。貴族らしからぬ常識外の行動を続ける偏屈者に一門衆は辟易していたのである。さらにどのような遺言をするかも不明なのだ。一族にとってこれほど厄介な当主はいなかったことであろう。

 問題は当主殺しが禁忌であることだった。もっとも、その禁忌を犯そうにもヨーステン翁を弑することができる強者が家中にいなかった。さらに翁の周りには当主の偏屈を好む奇特な歴戦の従士たちが多く集まっていたるのである。それゆえ跡取り候補たちは頭を痛めながらも排除できなかったのである。

 そこに九伯家から北方蛮族征伐の檄が来たのだ。翁の一族はこれを利用する方法を選んだ。彼らは手を尽くして翁と直属の従士を切り離した。その結果、翁は実質一人で北の地へと赴いたのである。翁の性格上やがて戦いを挑むことは明らかであり、あとは北の蛮族に処分を任せる。それがヘウル候の相続者達の目論みであった。

 しかし翁は負けなかった。北の猛者二十人を相手に負けないどころか優勢でさえあった。


「あの爺さん強いな。我が戦いたい……」

 塔の上でカガチ様は人前で使うわざとらしい言葉遣いを忘れて翁の戦いぶりに見惚れていた。

「0.7ジジイは確実にあるな。アイツらじゃ厳しいだろうし、一つ……」

 そこまで言ったカガチ様は公爵家の陣地に微妙な動きがあるのを察した。そして大きな溜息をつくのである。

「メニチェに残っている奴ら総出で連中を助けてやれ」

 カガチ様は非常に面白くなさそうに吐き捨てた。一方で命令を受けた戦士たちは歓喜の声を挙げた。北の民は根っからの戦い好きなのである。


 さすがのヨーステン翁とはいえども一騎当千の猛者44人を相手にするのは無理があった。徐々に押されはじめ、やがてその勝敗は明らかとなった。

 しかし翁は諦めなかった。全身を血で染めて両手足を折られ、それでも気合で立ち上がりなおも戦おうとしたのである。

「おい、爺さん。もう、無理すんなって。今度は一対一で戦いたいんだからさ」

 先に心が折れたのは北の民であった。彼らは戦いを望むだけであり殺したいわけではないのだ。

 次の瞬間、申し出をおこなった若者が吹き飛んだ。翁の魔法であろう。圧縮した空気を一気にぶつけたのである。不意を突かれたとはいえ、北の戦士が吐血し気を失う威力であった。

 不本意ながら仕方がない。その場に居合わせた戦士たちがそう思った時、罵声が飛んだ。

「おい! お前ら何をやってる! そんな面白い爺さんを殺すんじゃねぇよ!」

 かなり焦った様子でカガチ様が叫んだのである。

 同時にまた一人吹き飛んだ。困ったのは現場の戦士たちである。カガチ様の命に従えば自分たちがやられる。とはいえ従わなければあとでカガチ様にどんな目に遭わされるかわからない。そんな板挟みであった。

「退けよ! 退けばいいんだよ!」

 カガチ様は再び叫んだ。戦士たちはそれでよいものかと一瞬迷ったものの、瀕死の老人を前にしてカガチ様の命に従う決心をした。

「礼は言わぬ」

 そんな戦士たちの前に十数名の中年から老齢の男たちが駆け付けた。

「おぬしらっ! 領地に残って()れと命じたはずだ!」

 激高したのはヨーステン翁である。彼らこそヨーステン翁の腹心の従士たちであった。

「ワシはまだまだ戦えるぞ!」

 そう叫ぶ翁を無視して一人の老人が戦士に声をかけた。

「我らが責任をもって引き取る。この戦には今後加わらない」

 それに応じたのは若い戦士だった。

「あんたたちとは遊んでみたいけどな」

 老人は軽く微笑んだ。

「……我々とばかり遊んでもいられないぞ」

 翁を抑えていた一人が横目で戦士たちに忠告を加える。

「ここに来る途中で九伯家がこの戦いの為に用意していた切り札を追い越した。相性が悪すぎる。無事は祈らんよ」

 彼らはそう言い残すと暴れる翁を強引に連れて行った。そして翁と初めから共に居た従者・従士も渋々と引き下がるのであった。


 戦士たちは首を傾げていたが、塔の上のカガチ様は彼方から接近する一群を見つめていた。


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