北方戦争2
北の地にはナノマシンが多く撒かれていた。それはカガチ様や他の住民からの襲撃によって血肉が撒き散らされていたからだ。
このナノマシンは北の地に陣地を張った王国側の情報を多くもたらした。それは軍議であったり噂話であったり、表情であったり、物や人の移動であったりと様々であった。それに加えて後に知った事実を組み合わせると当時の状況がかなりわかる。
九伯家が北伐に際して檄を飛ばしたのは初めてのことであった。従来の九伯家は「北の蛮族は『北方辺境伯』である当家の問題である」と他家からの介入の一切を拒絶していた。その姿勢を一転して出した檄に飛びついた貴族の一人がナウル伯ボルグであった。彼は常々家格の向上と自身の名誉、そして戦争に乗じた虐殺を望んでいた。
しかし時代が悪く彼の希望が達成できる場はほとんど残っていなかった。彼が最も強く注目していたのは“北の蛮族”であった。しかし、これは九伯家の問題であり何ともできずにいたのである。その“北の蛮族”の討伐に参加できる機会が訪れたのだ。彼が飛びつかない理由はなかった。
とはいえ、ナウル伯が参陣するにはいくつかの問題があった。そのなかでも最大の問題は“兵隊“であった。
ナウル伯は家格が低く、元々は貧しくもあった。従って名門貴族や大貴族が有しているような“由緒正しい騎士団”や“血を分けた郎党”など存在しなかった。
急激な経済発展に対応するため、治安維持等を目的とした部隊は持っていたものの、これは“警察”や“自警団”の域を出るものではなかった。またナウル伯を豊かにした先代、先々代の政策も「不要な軍事力に回す金があるなら大貴族への献金か開発に回す」と選択してきた。そのおかげもあってナウル伯領は非常に豊かな土地となったのだ。
しかし武名を挙げたいボルグ様にとって必要だったのは「豊かさよりも兵」であった。そこで彼が採った政策は非常に極端なものだった。彼は領民の全財産を没収したのである。さらに無一文となった領民をその金で雇うという循環も起こした。直接徴兵せずに傭兵の
形をとったのは、彼は「金は兵であり、金は軍事力である」そういう考えの持ち主だったからだろう。
なんにしてもナウル伯の兵力は爆発的に増えた。しかし不安要因は多かったことだろう。戦いとは無縁な世界で生きてきた平民たちである。雇用に際して選抜したとはいえ、どれほど役に立つか想像ができなかった。そこに思いもよらない朗報がもたらされた。彼の放蕩の友である貴族たちが幾ばくかの配下を連れてボルグ様の下に集ったのである。彼らは九伯家の檄に応じたかったものの遠征費用も兵力も心許なかった。そこで豊かであり兵力大増強の噂があり、友人でもあるボルグ様の幕下に参じたという次第であった。
人が人を呼びボルグ様の下には連日連夜参陣希望者が訪れることとなった。単独では遠征に参加できず主家筋からも随行を拒否された小貴族や没落し浪人となっている元貴族、流民となり食い扶持を求めていた人々、野盗・山賊の類、このように出自は様々であり、一人や極少数で訪れる者もいれば、集団で訪れ帰属を求める団体もいた。その目的も金銭、領地、開墾すべき畑、犯罪者ならば免罪や従者などの社会的地位を求める者もいた。
商人達も続々とナウル伯の下に集まった。そのほとんどは中小規模の商人達であった。商人たちの目的は明確であった。彼らはボルグ様が武功により大貴族となった暁には後ろ盾になって貰うつもりだった。それだけではなく北の富を求めたのも大きな理由であった。さらには大軍であり食料や設営その他諸々で大金が動くのでそれだけでも大きな商売が見込めたのだ。彼らは商隊の護衛隊を参加させたり、献金したり、格安で食料を卸したり、陣地の設営や街道の整備をしたり等々と様々な面で協力をした。
ナウル伯の軍勢は行軍中も雪だるま式に巨大化していき、最終的には1万7000人を超える王国側最大の軍勢となっていた。
しかし時とともに王国側兵力の半数以上を占めるボルグ様は焦れた。理由は幾つかあった。
最も大きな原因は金銭である。大軍を養おうにも領土の富を完全に収奪してしまったために補給がないのである。手持ちの金銭を利用するほか商人達に空手形を切って用意させていたが、その補給体制は非常に不安定であり破綻は時間の問題であった。
次の理由は貴族たちの参陣が増えてきたことである。競争相手が多くなれば得られる手柄が減り、家格が低いことから評価も不当に貶められると考えたのである。
他にも大軍を手にしたことにより自信を深めたこともある。王国側の中で圧倒的な兵数であり、蛮族側は総数で150人弱、メニチェの駐留部隊が50人未満との報を受けると「何故本陣から指示がないのか、早くしないと手柄がなくなる」との焦燥感に駆られ、ついには自分たち単独でも勝てると思い始めたのである。蛮族側の100倍以上、メニチェ戦のみを想定すれば300倍を超えていた。その様に思うのも無理がない話であろう。
最後の理由は武闘会で奪われた----少なくともボルグ様はそう考えていた----家宝である巨大な魔晶石を取り戻したかった。そのためには自分がメニチェを制圧する必要があると思ったことである。
この様な理由で時間的猶予はなく手柄も欲したボルグ様は先駆けでメニチェに突撃という強硬手段に出たのだ。
ボルグ様は煌びやかな装飾を施された金色の鎧に身を包んでいた。彼は軍勢を前に演説をおこなった。
「無限の富をもつ北の大地が諸君らを待っている! あのナドヤ山の頂からは神話の頃より続く王国の英雄の末が君たちを見守っている! 我々の望むものは全て眼下の町にあるのだ! 王国の土を不法に占拠する蛮族を打ち払い彼の地を我らの手に取り戻そうではないか! ものども進め!」
ボルグ様の号令に従い鬨の声が上がると人々が一斉に行進始めた。
ナウル伯の軍勢の進軍速度は時速300~600km。超人達が山から一気に駆け下りたのだ。この速度さえも実際は抑えた速度であった。訓練が行き届いていない者達が団体行動をとるためには減速が必要なのだ。
「なんか……すげぇ数が向かってきましたぜ」
塔の上で王国側の様子を伺っていた戦士の一人が呟いた。
「むぅ……。バトラーは参加せぬのか?」
同じく塔の上に居たカガチ様が横の私に確認を求めた。
「ええ。この様な争いに巻き込まれたくありませんから」
私の答えを聞いたカガチ様は呆れたように鼻で笑った。今にして思えば参加するべきであった。そうすれば私の心は幾分か軽かったことだろう。私は戦争を甘く見ていた。そしてカガチ様に対しても一種の幻想に似た期待をもっていたのだ。
「よし、それでは掃除をするか」
カガチ様はそういうと砂利が山盛りと積まれたざるを手に取った。
「さて、強者は隠れているかな? それ!」
カガチ様はざるを振り、積まれた砂利をナウル伯の軍勢に投げつけた。
魔法力で威力・強度が増した砂利は第二宇宙速度を超えても燃え尽きることなく軍勢を突き抜け後方の地面を大きく削り大量の土を巻き上げた。
塔から地面へと直進した砂利は途中に存在した人々を易々と貫き、あるいは砕いたのである。
一テンポ遅れて事態に気がついた軍勢----もはや軍とは言えなかったが----は悲鳴と混乱の坩堝と化し、まさに阿鼻叫喚の地獄絵図へと陥った。カガチ様はそれに構わず新たな砂利を次々と投げつた。兵たちは背後に巻き起こる土埃に恐怖し後ろへ引けず、かといって前にも進めず、右往左往し押し合いだらけで四散すらできない大混乱となった。
それは参加している僅かな貴族達であっても例外ではなかった。例えばボルグ様であればこのような感じであった。
ボルグ様はその他大勢の参加者と異なり何かが投げつけられたのは見えた。同時にそれが人を容易く破壊し威力を減ずることなく後方に突き抜けていることも理解した。
「お、おい! なにをするんだ!?」
ボルグ様は近くにいた放蕩仲間の貴族の首を掴むと自身の前に持ってきたのだ。
「た、盾になれ!」
ボルグ様はそう言って後ずさりを始めた。
「ふ、ふざけるな! 盾にするならそこらの農民上がりにしろ!」
「うるせぇ! 連中が盾になるか! お前は魔法力を前面に配分しろ!」
「だいたいどこに向かってるんだよ! 後ろは土の壁ができてるじゃねぇか! 蛮族は魔法は使えないって……」
「話は後だ! 後ろでいいんだよ!」
ボルグ様は何が起きているのかおおよそ理解していたのだろう。逃げる方向も正しかった。
「お前、いい加減に----」
それが盾にされていた貴族の最後の言葉であった。これは同時にボルグ様が聞いた最後の言葉でもあった。一粒の砂利が二人の貴族の頭を同時に破壊したのである。
死者1万5000人。僅か三分足らずの出来事であった。ナノマシンにより収集された情報は一人一人の個性を伝え、ある者は夢を語り、またある者は故郷に残してきた家族を想い、故郷の料理を思い出す者がいれば配給の食事に不平不満を言う者もいた。それらの人々の苦悶や恐怖の表情もナノマシンは収集しており、時空コンピュータは克明に記録していた。夢ではその人らの血の臭いや消化器官から漏れる異臭記録までを私に伝えるのだ。
これは私の罪である。ボルグ様はカガチ様の実力を知らなかったのである。いや、知ることができたのに私が妨害したのだ。もし私がボルグ様を武闘会で気絶させていなかったのなら、このような無謀な参戦はなく虐殺もなかったことだろう。ナウル伯領における略奪も避けられたのだ。




