北方戦争1
「ぬぅ……。随分と多い」
メニチェの中心に即席で作った塔の上でカガチ様が呟いた。
「数えるまでもなく今までで最大規模ですな」
横に立つヒゲ面の大男が嬉しそうに相槌を打つ。
この時、カガチ様の領土と王国の国境であるナドヤ山脈は完全に王国の支配下に置かれていた。
この時点での王国の総兵数は3万以上。直接戦闘に従事しない者を含めれば10万を超えていただろう。
対する北方の民は総人口928人。その内、戦士とされる者は326人。しかもその大部分は日頃の『喧嘩』で大ケガをし、虹色軟膏によって回復した者達だった。彼らの魔法力や筋骨は回復しきっておらず戦力とは数えられない。実際に戦える戦士は124名だった。もっとも北方の民の場合、戦力外とされている女子供であっても王国の並みの貴族より遥かに強い。
北方の地は南にそびえるナドヤ山とそれに連なる山々を王国との境界としており、形としては東京都の東西を南北に入れ替えたような長細い地形であった。面積もほぼ東京と同じである。
東京湾の代わりに山があり、そこからなだらかな台地が北へ延び、大きな起伏がない平野となっている。もし上空から確認できれば、ナドヤ山から尖がり帽子のような半島が突き出ているのが確認できるだろう。
ナドヤ山から幾筋の川が流れそれは最終的に三本の河となり北の海へと注いでいる。
その900人強が住むには広すぎる土地に集落はメニチェ以外に十六あった。メニチェには300人ほど住んでいたので一集落辺り35人強、もっとも実際には一家族で構成される集落|(?)もあればそれなりの規模のものもある。それでも100人を超える集落はメニチェ以外にはなかった。
王国側の侵攻が大規模なものであると判明した時点でカガチ様の出した指示は各集落の守備であった。
どの集落も戦略的な価値はない。しかし彼らの文化に避難の二文字はなく、そして今までは避難する必要性すらない圧勝を繰り返してきた。ある意味では必然の考えであった。もっともメニチェにまとめて収容しようと思ってもインフラや食料の問題でそうスムーズにはいかなかったことだろう。
しかし、いざ守備しようとすると幾つかの問題があった。
一つ目はメニチェ以外の十六の集落全てに守備部隊を派遣しなければならなかったことである。これは“広すぎる”からではなく“狭すぎる”からだった。超音速で走り回る異世界人達にとっては、東京並みの広さは時間のかかる広さではない。ゆえに奥地の集落にも戦士を派遣する必要があったのだ。
二つ目は前回の戦いで北の民の中でも屈指の猛者であった前族長が戦死したことである。侮っていた王国側にも手練れがいると知ってしまったのだ。もちろん認識の変化にはカガチ様が体験したスチュワートとの戦いも影響している。そのため守備隊にもそれなり以上の戦力を持たす必要がでたのである。その目安が前族長に勝利した九伯家の将軍の強さであり、カガチ様曰く「ジジィ」という戦力単位だった。もっともカガチ様は一撃で終わらせてしまったので正確性については疑問の残る単位である。ともあれ、「1ジジィ以上の襲撃に対して単独での撃退、または援軍の到着まで耐えられる戦力」を各地に配置した。それはカガチ様の評価で0.8~1.5ジジィ以上の集団である。この数値を出すためには戦士の上位者から選抜した者を----七色軟膏の影響で戦力外になっている者を除外の上で----五人一組で編成する必要があった。
これらの理由により124名の戦士のうち上位80名を十六か所の集落へ守備要員として回す必要が生じたのである。これによってカガチ様が動かせる戦士は下位44名となった。カガチ様はこれらの残りの戦士を八人から十人で運用するようにしたため、自由に動かせる部隊は4、5部隊である。それでも「1ジジィ以上と戦わせるには厳しい」と考えていた。そのため集落が守備部隊では対処不能な相手から襲撃を受けた場合には、カガチ様が直接出向かなければならない状態となってしまったのである。
動けずにいる間に王国側は続々と集結し三万を超える陣容となったのである。
カガチ様の方も初めは「こんな人数初めて見たぞ! もうちょっと集まるのを待つとしよう」と興奮気味に喜んでいたのだが、それが仇となった。カガチ様が出撃し王国の兵を削ろうと思っていた矢先に西の小島に一つの陣地が現れたのだ。
海への意識が低いこの世界の住民にとっては革新的な出来事であった。山からなるこの小島はメニチェを含む数ヵ所の集落を視界に収め、この世界の住民達なら跳躍すればすぐに襲撃できる位置取りであった。
一方でカガチ様の方から襲撃するには力加減を間違えれば海に落ちる。上手く着陸できても島は狭い範囲であるから迎撃が容易であり着地前後の無防備なところを攻撃される恐れが強い。また、造成によって造られた勾配が着陸を困難にもしていた。魔法で解決できそうな問題であったが、北方の民は魔法が使えないのである。
この小島に陣取ったのは“公爵家”である。ほぼ間違いなく魔法の利を活かすことを意識した配置であった。さらにカガチ様にとって頭が痛い問題として100人足らずの公爵家の陣営は非常に強力な部隊であることだった。カガチ様の見立てによれば「最低でも5ジジィ。ジジィ並みの奴も複数いる」とのことだった。
この公爵家の部隊に喉元を押さえつけられたカガチ様はメニチェに拘束され動くことができなかった。その間に王国軍は続々と集結し、山脈に陣取りつつナドヤ山を占拠、ついには三万以上の大軍となったのである。
これはカガチ様が従前と同じく相手は北方辺境伯、あるいは九伯家と認識していた故に起きた見誤りでもあった。今回の相手は九伯家が働きかけた王国全てであり、動員力も桁外れだったのだ。もし、カガチ様がそれを知っていれば集結前にリスクを冒してでも小島への襲撃かナドヤ山の陣地への攻撃をしていたことだろう。かくしてカガチ様が今回の相手は規模が違うと気がつく頃には時すでに遅く、三万の相手を正面に迎え行動の自由を完全に奪われていたのだ。
王国側は圧倒的な数的優位を確保したものの動く気配を見せなかった。睨み合いは三か月続いた。
そしてある日のことである。ナドヤ山の東側、山脈のもっとも緩やかな箇所が不気味に蠢いた。そこに陣取っていた大軍が動き始めたのである。その数1万7000人、率いるはナウル伯ボルグ。
1万7000からなる人の津波が45人の戦士が守るメニチェへと押し寄せたのである。それはもはや戦いですらない一方的なものだった。圧倒的な暴力による虐殺劇の開幕であった。




