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俺TUEEEのに無力です  作者:
バトラーの見る夢/中編
34/82

北の大地

 カガチ様に連れられてナドヤ山を越えるとそこには温暖で緑豊かな大地が広がっていた。

 ナドヤ以北の中核都市となっているメニチェの街は道が整備されており街路樹も植わっていた。そして道に沿って人家が立ち並んでいた。

 その家々から住民一同総出でカガチ様の帰国を喜び笑顔で出迎えた。


「どうした? もっと寂しい町でも想像していたか?」

 カガチ様の意地の悪さがこもった笑顔は今でも忘れない。

「ええ、まぁ、そのようなところです」

 馬野の頃に訪れたメニチェは町ですらなく只の雪原であった。そのため当時の私は同様の雪原を想像していたので驚いていたのだ。

「ははは! 辺境なんて言葉に引っ張られ過ぎだ。そんな何もない場所ならお前さんら王国の連中も欲しがらんよ。いまさら土地が欲しくなったか?」

 カガチ様は豪快に笑いながら背中を叩いた。


 そう、この頃の北方の辺境の地は非常に豊かだった。

 この地のさらに北側を流れる海流は種々の恵みをこの地にもたらしていた。一つには海産物。一つには海から流れ込む暖かな風。そして何よりも海からの湿った空気はナドヤ山等の山々に遮られ北の地に潤いを与えていた

 さらには火山の地熱によって大地は温められ非常に暖かなのだ。

 そしてなによりも魔法力が豊かな地であった。魔法力は生物によって生み出されるものなのか、一定量存在する物をそれぞれの生物等が利用しているのかはわからない。しかし、少なくともこの辺境の地の生物は王国では信じられない水準の魔法力を有していた。火山灰の痩せた大地であっても緑豊かに植物が育つ理由である。他にも豊富な魔法力の影響は方々で散見される。例えば『樹』に関して言えば、火山の噴火に巻き込まれて溶岩に飲み込まれようともそう簡単には燃えない。豊富な魔法力が熱から身を守るのである。これは人間にも言えることであり、この地方の人にとって溶岩は温泉の様な扱いであった。彼らは溶岩に肩まで浸かりリラックスする。火山性の有毒ガスも熱も「刺激的で心地よく、体が温まる」程度なのだ。一事が万事その調子であり、ワイバーン等の王国では伝説級の危険生物が普通に飛び回る世界であった。


 王国は、少なくとも九伯家はこの地を欲し続けた。初めは王の威光に屈しない蛮族征伐のつもりだったのかもしれない。しかし、この地のことを知るにつれて間違いなく魅了されていった。

 ナドヤ山の南側----北方辺境伯領----は北側とは違い、寒く、乾燥していた。共通点は土地が痩せていることくらいだった。魔法力も乏しい地域で、育む生物にも限りがあった。これだけでも北の地を欲する理由になるだろう。しかし、北方辺境伯でもある九伯家はそこへの関心を大きくもたなかった。もし貧しいナドヤ山の南側を富ませようと思えば開発、開墾すればよいのである。その気になれば魔法の力を使えばいくらでも可能であり、九伯家の力をもってすればそれは極めて容易なことであった。大貴族らしく、開発などという行為を嫌い、それを拒否した側面はあるだろう。しかし、基本的に富への関心が薄かったのである。

 当初、九伯家は北方の地を別荘地にするつもりであったようだ。火山性の温泉、王国では見かけない様々な生物と珍味、一年を通じて温暖な気候、ナドヤ山を越えて南に行けば冬、山の北側中腹までは春か秋、平野部は夏で、北に行けば一年中暖かな海がある。なかなかに魅力のある土地に見えたことだろう。

 しかし、北方民族に度々小競り合いを挑むも、その度にあしらわれ九伯家は考え直した。いや、考え直さざるをえなかったというべきだろう。軍事的な失敗が根本的な原因であった。蛮族と見くびっていた相手が自分達よりも遥かに魔法力に恵まれ戦闘にも長けていたのである。九伯家は相手を調べるにつれて北の地の魔法力の豊富さを知ることとなった。魔法力の多寡を重視する文化である以上、北の地の価値が跳ね上がるのは避けられないことであった。

 価値観の問題だけでなく、実利的・現実的な問題もあった。自家中毒を起こす程に強力な魔法力を有している名門貴族は別だが、多くの人間にとって外部からの魔法力摂取というのは必要不可欠なものだ。そこからこの世界の多くの人間は魔法力に富む食品≒美味と感じる様になった。その点、北の地で育った生物は王国では考えられない程の魔法力を秘めている。そうするとどうなるか? 簡単な話である。多くの人間が北の地で産出した物品を欲しがるのだ。実際、病気で魔法力を大きく減じていた者が北の地で産出した食品を口にしたら一気に回復したという話も聞いた。そのような効果のある物なら欲しがる人間が多いのも道理だろう。しかし北の地は豊かであった。王国側は彼らの欲する物は提供できず、大枚を払いながらも、なお情けにすがって物を売ってもらったのである。外部からの魔法力を必要としない貴族の間でも北の物は珍重された。豊富な魔法力を含むワイバーン等の強力で王国では見たことがない生物のはく製や骨格の一部などが小さな集落一つ分以上の値段で取引されたのである。

 そのような状態が続けば遠からず王国の富は全て北方の蛮族に吸い上げられ、やがては従属的な立場へ追いやられる。富にそれほどの価値を見出さないとはいえ、九伯家がそのような危惧を抱くまでそう時間はかからなかった。九伯家は北方辺境伯として国境を閉鎖し、通行や取引を全て禁止したのである。九伯家の力は絶大であり、それに異を唱えられる者はいなかった。

 それでも個人レベルでは密猟・密貿易を試みようとする者はいるものである。しかし、その多くは成功しなかった。理由は三つあった。一つは監視が厳しく容易に行き来できなかったこと。特に北方民族の集落は千里眼等の魔法で監視されており、そこへ密貿易者が近づくだけで犯行が露見したのである。二つ目は北方の民が取引に消極的だったこと。王国の商品に魅力がなく、わざわざ集落から離れて密かに取引するなど手間暇かけて密貿易に協力する者はいなかった。それに王国からすると北方の物品は非常に高く、それだけの財を持つ者が九伯家に潰されるリスクを冒してまで取引しようとは考えなかったのである。三つ目は道中が非常に危険だったこと。比較的安全な道は当然ながら監視が厳しく、危険な道を通るしかなかった。しかし、王国の食い詰めた----多くは貴族の血が流れていない----密猟者・密貿易従事者にとっては、北方のちょっとした生物に遭遇することさえ生命の危機であった。それでも大人数で動けば監視網引っかかることから少数での行動を余儀なくされた。それが危険性に拍車をかけた。その結果、動物は密猟できないが国境近くの草花ならなんとか持ち帰れるといった状態となったのである。

 しかし、その様な草花でさえ高額で取引された。北方の産出物とはそれほどの魅力があったのだ。するとどうなるか? 当然の様に偽物が出回ることとなった。見る人間が見れば魔法力の含有の多寡はわかるらしい。しかし、それらを欲する魔法力が不足している人にそれを見破る術はなかった。効果がないことでようやく偽物と気が付くのである。そんななか、ナドヤ山に生えていたなんの変哲もない草が注目された。非常に地味な草であったが、その草にはある特徴があった。磨り潰すと虹色に輝いたのである。他の植物にはない特徴であり、ペテンをもってしても真似できない輝きであった。真正の北方産物であるこの植物は七色草と呼ばれることとなる。そして万能薬として噂される存在となった。

 七色草は実際の効果以上に高く評価され、北方との取引禁止と相まって非常な高額となっていた。その様な状態が九伯家を追い込んだ。北方の物資を求める者の突き上げがあったのだ。九伯家が突き上げられるとは考えられなかったが、北方辺境伯でありながら蛮族の討伐に失敗していることが威信を低下させていたのだろう。しかし九伯家としては交易がなされれば王国が危機に瀕するとみていた。

 そこで九伯家は北方辺境伯としてではなく、九伯家として北方攻略へと取り掛かることなる。九伯家の威信の回復、王国の維持の他にも積極的に動く理由はあった。北方の地を征服した豊かな北の地を手に入れられる。その暁には公爵家など問題としない圧倒的な大勢力となることが明らだった。それも気持ちを後押ししたことだろう。


 一度目の大侵攻は完膚なきまでの惨敗を喫した。その戦いで質の圧倒的劣位を痛感した九伯家は百年以上にわたって武の研鑽に励んだ。執事の穴へ人材を積極的に送り込むと同時に執事の穴そのものへの援助を惜しまなかったのはその一環であった。他にも人材を発掘するために武闘会のシステムを作り出した。自前の人材育成機関である北方辺境伯騎士団も創設したのである。それだけでは足りず、北方の民が戦い好きなのに乗じて定期的な小競り合い(という名の代表者数名による一騎打ち)を持ちかけた。目的は実力の比較と対策等の研究であった----もっとも少しでも長く遊びたい北方の民は片八百長で勝敗を調整していたのでその目的は半分程度しか果たせなかった----。また、その過程で八回の一騎打ちに合わせて代表者を八騎士と呼ぶなどの栄誉を与え配下を鼓舞した。

 こうして九伯家は王国において突出した武力を有するに至ったのである。

 その九伯家が満を持して再び侵攻したのが約二十年前。私が入った執事の穴が開かれる少し前のことである。結果は個人として限界まで鍛錬を積んだ執事の穴出身の将軍の奮闘もむなしく二度目の大敗北を体験したのである。そして休戦協定が結ばれた。


 その休戦中にカガチ様は王都へとやって来ていたのである。カガチ様は九伯家と遊んでいるつもりだったはずだ。しかし、私を招いたがために三度目の大戦で思いもよらない大被害を蒙ることになるとは思ってもいなかったことだろう。


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