宴の後
カガチ様が無事優勝した。過去の例からして最も確率が高い結末であり、そしてお嬢様を救うという目的ならそれが最適解と思われた。
転移石を譲って貰うために瓦礫の山と化した闘技場の外でカガチ様を待っているとスチュワートがやってきた。
「表彰式にも出ずにここで何をしていらしたのですか?」
時空コンピュータやナノマシンの実力を表彰してもらっても仕方がない。なによりバトラーが三等賞を貰うわけにはいかないだろう。
「どうしたものかと考えておりました」
カガチ様を待っていると正直に伝えるのはなんとなく避けた。特別な理由はない。ただ漠然とその方が良いと思ったのだ。
「なるほど」
何をなるほどと思ったのかスチュワートは意味深に頷いた。
「ところで仕官の方は?」
話の矛先を変えた私にスチュワートは少し寂しげな微笑みを寄越した。
「もとより、この大会で雇用先が見つかるとは思っていませんよ」
そして続ける。
「ただバトラーや蛮族の参加といった誤算のおかげで優勝こそ逃しましたが、想定を遥かに超える収穫がありましたよ」
「具体的には?」
スチュワートの状況が気になる私としては聞かないわけにはいかなかった。
「そうですね……。一つには私の実力のアピール。試合とはいえバトラーに勝った相手に対して善戦しましたからね。次に蛮族の実力を知ることができました。最後に彼らに対する対抗手段としての私。あとは時を待つだけです」
随分とカガチ様達を敵視した発言であった。しかし、たしかにスチュワートが仕官を果たせるとしたら彼らとの戦争で武力が必要な事態しかなかったのである。
「もうカガチ様とは戦いたくないのでは?」
「ええ、命がけになりますから」
スチュワートがカガチ様と私に言った言葉は嘘ではなかったのだろう。だが、彼ら執事においては自らの命というのは手段であり、命そのものに価値を見出してはいないということを当時の私は自覚をしていなかった。
「それでは、縁があればまたお会いすることもありましょう」
スチュワートは軽い会釈とともに去って行った。
それから待つこと十数分目的の人物が私の前に現れたのである。
「おう、ここにおったか」
カガチ様はサッカーボール大の石を小脇に抱え、左右には屈強な大男たちを伴として侍らしていた。
「主も我を待っていたのであろう?」
カガチ様は部下を意識してか先ほどとは随分と口調が異なっていた。
「待っていたって……まさか大将に喧嘩を売る気なのか?」
部下の一人がいぶかしむように私を睨んできた。
「もし喧嘩を売ってくれるなら我は大歓迎よ。我の領土を全部差し出してでも買いたいくらいだ」
カガチ様は大笑いであった。
「こいつにそんな価値があるんですか?」
もう一人の大男が信じられないといった表情を作る。
「おぬしらは試合を見ていないから無理もない。この男は凄いぞ。伊達に王国最強のバトラーを襲名しておらぬわ」
「え……こんなに華奢で強さの欠片も感じないような奴が“あの”バトラーなんですか!?」
「実力をそこまで隠せる強者ということよ。なによりこの者は我らの強さとは異なるものであるからな」
大男たちは一様に首を傾げた。私の実力に関しては大男たちの方が正しいのだが、カガチ様は私の異質さにこの時点で気が付いていたようだった。
「さて、バトラー殿。我と共に来るがよい。我の領土にて先ほどの続きをしようではないか」
「なるほど。それで私は何を得るのでございましょう?」
二つ返事で着いてくると信じて疑っていなかったのか、カガチ様は信じられないといった表情をみせた。
「ぬ? ぬ~……。それでは先ほども言ったように我のもつ全領土でどうだ? 王国の連中が何度も攻めてくる程度の価値はあるはずぞ」
その口調は少し惜しい程度のものであった。
「ちょ、ちょっと大将?」
「黙れ! 強き者と戦う。人生においてこれ以上のものが存在するか?」
カガチ様は戸惑う供回りを黙らせると、そう問いただす。それに対して回りは「そりゃそうですが……」と同意してみせた。当時は私の方が驚いたが、これが彼らの文化なのである。
「せっかくの申し出でございますが領土などいうものは欲しくはありません」
「む? それは困ったのぅ……。それでは戦う悦びを教える。これでどうだ?」
カガチ様は最大限の譲歩と言わんばかり表情であり、お供の大男たちも「なるほど、素晴らしい」、「その手がございましたな。流石は我らの大将」と頷きながら口々に褒め称える。カガチ様はそれで気を良くしたのか自信満々の笑みを浮かべた。
「結構でございます」
「そうだ。結構であろう? 遠慮はいらぬぞ」
そしてカガチ様は「ついてこい」と身を翻そうとした。
「いえ、そうではございませぬ。不要ですと申し上げたのです」
私の言葉に目の前の三人が固まった。
「ば、ばかな……」、「信じられぬ……」そんな呟きが聞こえた。そしてカガチ様は幽霊でも見たかの様に私を見据えた。
「お、おかしい。いったいなんだというのだ!?」
おかしいのはカガチ様の方でありませぬか? 当時の私はそう言いかけていたであろう。そして今ならはっきりと言える。カガチ様の文化がおかしい……と。
「そうですな。それでは……その腋に抱えている魔晶石。それを頂けるのならしばらくそちらに滞在いたします。それでどうでございますか?」
カガチ様達に交渉は不要なのだが、当時の私はそのようなことを知らなかったので、他に欲しい物がないので仕方がなくといった体を作っていた。表情も本当は手に入れないと困る物であるにも関わらず、それほど欲しくないが……と乏しい演技力を最大動員して作ったのである。
「なんだこんなもの……いや、これほど貴重な物と引き換えとは……む、むむむ」
カガチ様も交渉ごっこに付き合う気になったのか一応は渋ってみせた。ただしその表情は嬉しさが溢れんばかりの笑顔である。
「そうですか。その様に貴重な物ならば致し方ありませぬ。それでは失礼させて頂きます」
「待て待て待て待て!」
立ち去ろうとした私をカガチ様が必死に引き留めた。
「なんでございましょう?」
私の方に立ち去る気はなかったのだが、カガチ様にはそうは映らなかったらしい。
「こんな石ころは譲る。だから是非とも我の領地に遊びに来て欲しい」
交渉成立の瞬間であった。その実、もしカガチ様が声をかけてこなかったら、私の方から譲って欲しいと言いに行かなければならなかった。結果としてはあまり意味のある交渉ではなかったのである。




