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俺TUEEEのに無力です  作者:
プロローグ
3/85

バトラーの奇跡

 ひとまずの目的地はマサラ鉱山である。

 その後はその先にある私が呼び出された竜安寺家所有の牧場へ行こう。そう目的地を定めてから一年ほどが過ぎた。

 この大陸は地球人の足で歩くには広すぎるほどに広い。一年、二年歩いても大陸を横断できないのだ。



 そして現在いる場所はナウル伯領。

 大陸の内陸部である。地球の常識では湿った海の風が届かずに乾燥している場所だが、この世界ではそうとは限らない。なにせ魔法という不思議な力があるからだ。


 実際ナウル伯領は内陸部にもかかわらず、水を操り地形を動かした結果、実り豊かな大地となっていた。そう"()()()()()"のだ。

 現在のナウル伯領、少なくともその辺境の地であるこの場所は砂の舞う荒涼とした大地となっていた。深く掘った井戸からは石灰臭い白濁した泥水が出るらしい。もっともこれは水資源に恵まれていた頃の名残だろう。当時使った水が地中深くにわずかながら残っているのだ。

 作物が急に採れなくなった後には飢餓が待っている。それは魔法が使えても同じことだろう。まして碌に魔法が使えない庶民とあってはこの世界の住民でも飢えは不可避である。食料の生産力により養える人口の上限が定まるのに、突然食料の生産が滞れば、たちまちその上限を超えてしまうのだ。


 この地にある村もご多分に漏れず飢えと渇きで悲惨な状況となっていた。


 旅人である私を見る村民の視線は複雑なものだった。

 ある者は私を"狩るべき獲物"かと品定めし、またある者は"慈悲と施しを求める"相手かと探っている様子だった。なにせ襲った相手が貴族なら村ごと滅ぼされるほどの力差があるのだ。村人たちが慎重になるのも仕方がないことだろう。


「もし、旅の人」


 村人の一人が声をかけてきた。


「どちらの方へ行かれるのでしょうか?」


 私の情報が欲しかったのだろう。なにせ私の服装は執事の制服ともいえる黒のスーツ姿である。そして手荷物一つ持っていなければ、従者の一人も連れていない。

 貴族と呼ぶには妙であり、庶民の旅姿としてはあり得ないものだった。

 しかし私はどこへ向かっているのか。自分でも知りたいくらいである。もっとも当面はマサラ鉱山を経由して『例の牧場』へと向かっているのは事実である。


「王都近くの竜安寺商会所有の牧場へと向かっております」


 嘘をついても仕方がない。私は正直に彼らに伝えた。


「商会……ってことは商人で?」


 カモを見つけたと思ったのか村人の目が輝いた。


「待て! "()()()"だぞ!」


 その村人を制止するように他の村人が声を上げた。


()()()ってことは……領主様⁉」


 目を輝かせていた村人が途端に怯え始めた。どうやら権蔵は過去の通例と同じくナウル伯に叙任されているようだった。

 過去の多くのケースにおいては『先の戦い』での功績が認められ叙任されることがほとんどだった。今回もそれで貴族となったのだろう。


 権蔵は魔法があまり使えないから内陸部の統治に苦戦しているのか?

 答えは違うだろう。ここの実質の統治者は家令であるスチュワートのはずなのだ。私自身が直接知っているわけではないが、蓄積された過去のケースからほぼ間違いないだろう。

 スチュワートにナウル地方の統治を任せることを条件としてナウル伯を与えることが多く、かつ、この荒れ方はスチュワートが統治した場合の特徴と一致するからだ。

 これはスチュワート本人を知っているから断言できる。彼にとって辺境の地は貴族の手を煩わせるだけの存在であり、滅びるに任せて放置しているのだ。


 怯える村人たちを見て考えた。このまま見過ごした方が幸せなのだろう。

 ……だが、私は間違った方法を選択してしまう。不幸になるとわかっていても見過ごすことができなかった。せめて今だけでも救えた気になりたかったのだ。


「私は竜安寺家とは直接関係はありません」


 今の段階では富蔵様との雇用関係はないし、権蔵様に仕えているわけでもない。したがって嘘ではない。


「申し遅れました。私はバトラーと申します」


 私の自己紹介を聞いた村人たちがお互いの顔を見合わせた。自己紹介の意味がわからないといった風情であった。それから一拍おいて信じられないといった表情を互いに作っていた。


「おいおい、バトラーって言ったらあれだろ? 最強にして最高の執事とかいう奴。たしか貴族扱いだよな? 嘘やハッタリでも少しは考えろよ。貴族を名乗ったらどうなるかわかるよな?」


 その村人は私の自己紹介を全く信じなかったのだろう。強盗から逃れるためにそう名乗ったと思ったのかヘラヘラと笑いながら、それでも万が一を考えているのかどこか怯えた様子を見せた。


「なるほど。信じてもらう必要はないのですが……。これも何かの縁、バトラーの証明を挨拶代わりにお見せしましょう」


 村人たちの視線は詐欺師を見るそれであった。


「外見での判断で申し訳ないのですが、この村の食糧事情はお世辞にもよろしくないようですね」


 大人たちは痩せこけて頬は影を作り、子供たちは肋骨を浮かび上がらせながらもお腹だけは出ている。それが視覚補正がなされた村の人々の体形であった。


「村の食料を全て集めて袋に入れなさい。そしてそれを私の所に持ってくるのです」


 村の人々が顔を見合わせた。


「そんなことを言って食べ物を持ち逃げする気だろう!」


 乳飲み子を抱えた一人の女性が怒鳴った。もっともな意見である。見ず知らずの胡散臭い男が、貴重な食料を全部集めて自分の所に持ってこいと言うのだから。まして子供を抱えている身ならば警戒感もひとしおだろう。


「なるほど。信じてもらえないのならば結構です。この話はこれまでということで……」


「待ってくれ!」


 そもそも乗り気ではなかった私は立ち去る気であった。しかし呼び止められてしまった。


「何をする気なんだ?」


「そんな奴の言うことに耳を貸す気かい⁉」


 村人たちが揉めている。


「このままじゃ若い衆が外から食料を調達してくるまで持たないのはわかってるだろ!」


 壮年の男性が怒鳴ったり、宥めたりしている。


「なにをする気なのかは知らないが"バトラーの挨拶"を見てみようじゃないか」


「そんなことを言っても――」


「次はお前の所の子供の番なんだぞ!」


「……」


 抵抗を見せる母親を他の村人が一喝して黙らせた。


『ただの詐欺師ならそれでもいいじゃないか。代わり・・・にすれば子供の順番が少し遅れるんだ』


 一人の村人が母親の耳元で小さく囁いた。すると母親が私を見て頷いた。まさか聞き取られているとは思っていないのだろう。そして村人たちは食料を取りに足取り重く家へと帰って行った。


 持ってきた食料は思った以上に少なかった。六十リットルくらい入りそうな袋が三袋である。なるほど残酷な行為に走るのも無理ないことだ。


「これが全てでございます」


 代表らしき老人はそう言っているが、実際にはこの十倍以上の食料が隠されている。観測データがそう伝えてくれているので間違いない。それでも村全体が食べていくには足りない。


「それではこれをみなで分けましょう。そうすれば村人全員が満腹となるでしょうから」


 私の言葉は村の人たちの理解を超えていたようだ。彼らは不思議な表情を見せる以上のリアクションは見せない。いや、観測データによれば一層不信感を強めて、私を逃さないように村を取り囲むように人を配置したようだ。


「この袋にですね」


 村人たちに構わず、私は袋の一つを逆さまにして全ての食料を外に出す。食料への乱暴な取り扱いに村人の一人が「あっ……」と小さな声を漏らした。


「こうやって石を入れます」


 袋から出した食料の代わりに用意していた石を詰め込む。そして能力の発動である。


「すると……こうなります」


 袋を再び逆さまにすると、先ほど袋から出した食料と寸分違わぬ"物"が再び袋の中から零れ落ちる。同時に村人からどよめきが起きた。やがてどよめきは歓声へと変わる。


「ど、どうなっているのですか⁉」


 村人が口々に尋ねてくる。


「バトラーですから」


 その一言で村人たちは納得したように大きく頷いた。それだけこの世界では『バトラー』の名は大きいのだ。不可能はないと思われるほどのネームバリューなのである。


「このように皆さんに食料を配りますので、袋に石や砂を入れて持ってきてください」


 私の一言で村人たちは袋を取りに我先にと自宅へ走り去って行った。


 その夜、村人たちは私を歓迎する宴を開いてくれた。食材は私の創った物である。


「あの……水もなんとかなりませんかね? この通りでございますから」


 村の代表者が白く濁った水を私に見せた。強アルカリであまりの苦さにこの世界の人間でも苦戦するようだ。


「それではありったけの甕にできるだけ水を集めなさい」


 私の一言で宴は止まり、村の衆は井戸からせっせと水を汲み上げる。

 そして私は汲み上げられた水を酸性度の強い液体……いうなればこの世界のワインへと換えていった。


「これを水に混ぜればいくらか飲みやすくなるでしょう」


 アルカリを中和しワインの風味で飲みやすくするのだ。地球でも古代ローマなどでとられていた方法である。もっとも古代ローマの水がここまで強いアルカリであったはずはなく、この世界の人間でも苦戦するほどの水を完全に中和できるわけではなかっただろう。


「ありがとうございます! ありがとうございます!」


 村人たちは口々に感謝を述べて感激のあまり涙さえ浮かべている。


「ああ、私はバトラー様になんて言葉を吐いてしまったのでしょう」


 私を最も警戒していた母親が泣きながら謝っていた。


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