ブトウカイ
王都に来た真の目的は武闘会であった。この時の優勝賞品は『転移石』に利用できる巨大な魔晶石だった。
この頃の武闘会はお嬢様が行っていたような魔法力の削り合いではなく、肉体を使って戦うものであった。ルールは執事の穴での組手とほぼ一緒である。時として死者が出るほどの荒っぽいものであったが、魔法力を持たない私には好ましかった。なにせお嬢様がおこなっていたルールでは私は参加できないのだから。この武闘会は執事の穴での組手と異なる部分がいくつかある。その最大の点はレベルである。参加者の質が圧倒的に劣るのだ。
それも仕方がない話だった。執事の穴は最高水準の才能を持つ者が限界まで鍛錬する場所なのである。一方で当時の武闘会は仕官先を求めている者や名前を挙げたい下級貴族、稀に変わり者の中級以上の貴族が戦闘目的や下級以下とは違う実力を誇示する目的で参加する者や、単に相手を痛めつけるために出場する変態がいる程度であった。これらの者のほぼ全員は才能の段階で執事の穴へは入れない。要するに実力の指標たる魔法力の段階で段違いであり、それに加えて戦闘技術を磨いていた執事候補たちとは比べるべくもないのだ。
そのような場所にバトラーが参加したいなどと申請すると当然こうなる。
「武闘会への参加希望者ですか? それならお名前と……お持ちでしたら爵位をお願いします」
受付の女性は営業スマイルであった。
「バトラーと申します」
「え!?」
彼女は笑顔のままで凍り付いた。
「もう一度お願いできますか?」
「爵位も名もバトラーです。階級は男爵でございます」
女性は引きつった笑みを浮かべたまま固まった。闘鶏場でライオンを戦わせたいと言われたら笑い飛ばされるか、このような反応になるだろう。もっとも本当のバトラーと下級貴族の実力差はそんなものではない。
「いやいや! なんでバトラーが参加するんですか!?」
女性はようやく言葉を発したが、それは半ば拒絶の絶叫調であった。そしてそれをいぶかしみ参加者や参加予定者がこちらへと注目し始めていた。
「まったくもって同感です」
背後からの声は女性とは対照的に落ち着き払ったものだった。
「スチュワートですか」
「ええ。お久しぶりです」
十年も一緒にいた相手だ。声だけでわかる。
「ここは私のような無位無官、探せど探せど職が見つからない。そんな人間が自分を売り込む場所ですよ。実力は折り紙付きで引く手あまたのバトラーの来る場所ではありませんよ」
その言葉に嫌味は感じなかった。表情を確認するために振り替えると呆れた表情のスチュワートがそこにいた。
「スチュワートの実力も知れ渡っていると思いますが」
私の言葉にスチュワートは微笑を浮かべた。
「同時に『スチュワート』を雇いたいと欲する人はいませんよ。それでもここで力を見せれば少しは仕官先も見つかるのではないか? 私の出場動機はそんな所です」
スチュワートはそう言って肩をすくめる。
「もっともバトラーが出たんじゃ下手をすれば一回戦敗退。あなたとは決勝辺りまで当たらないことを祈っていますよ」
「そのように悲観しなくともよいのではありませんか? ルール上は十分に勝てるかと思います」
執事の穴と違ってナノマシンが散布されていない場所である。戦えば敗北必至であることから発した予防線であった。
「またまた御冗談を……」
スチュワートは苦笑いをしつつ続けた。
「仮に勝てるとしても公衆の面前でバトラーに勝ってしまうほどには執事を辞めていませんよ」
実際、スチュワートなら自分の仕官よりもバトラーの権威を優先するだろう。それほどまでに権威と既存秩序を重視する性格なのは十も承知である。
一方、その時の私はスチュワートの為に出場を辞退しようか迷っていた。十年を一緒に過ごしたことで生まれた友情に似た気持ちだけでなく、故郷を失った上で仕事すら見つからない彼への同情もあった。だが、その前に確認することがあった。
「……竜安寺家への復」
竜安寺と聞いてスチュワートが眉をひそめたその瞬間であった。
「おいおい、長話もいいけどよ~。やるんなら手続きを終えてからにしてくれねぇか? 後ろが詰まってるんだからよ~」
周囲が私とスチュワートのやり取りを固唾を飲んで見守る中、大声ながらに非常にリラックスしたよく通る声が辺りに響いた。
実はこの時、私が武闘会場に来たのは『転移石』とは別にもう一つ目的があった。それは会場に行くだけで果たせるものであり、ある意味では『転移石』以上に大事なことであった。その目的とはこの声の主と知り合うことであったのだ。その青年は身長二m半程度の大男である。しかし、オーラとも呼ぶべき雰囲気で十mを超える存在感を放っていた。彼はカガチ・デ・ワノフ。北方民族の若き指導者である。




