富蔵との再会
私は富蔵様に失望していた。
幸子様、節子様を守れないにも関わらず大きな態度をとってきたからである。さらに言えばお二方は富蔵様の欲望の犠牲になったとも考えることができた。
しかし、富蔵様がいたからこそ、私の知る二人は存在できた。そして富蔵様の能力を評価しているし、懸命に守ろうとしていたことも知っている。富蔵様のことも嫌いではない。なにより、妻と娘を失ったのは富蔵様であり、私よりも辛いであろうことも理解できる。それ以上にそもそも私には富蔵様を非難する資格はない。なにせ、お嬢様を守ろうと何度も自分の分身を過去に送り続け、その過程においては私が経験したような多くの不幸を生み出してきたことは想像に難くない。さらに当のお嬢様も守りきれたことはないのだ。判断を誤ったからと誰が富蔵様に文句を言えようか? 少なくとも私には言えないのである。
そのように頭では理解している。しかし気持ちはそう簡単に割り切れるものではない。元々気持ちの整理が下手なのである。したがって出来れば富蔵様には会いたくなかった。
しかし、その時の私は富蔵様の屋敷へと向かっていた。
気の乗らないままに富蔵様を訪ねた理由は『転移石』である。
幾つかある『転移石』の一つはマサラ鉱山の奥深くに魔鉱石のままで眠っている。掘り出されているケースや自分で掘り出したケース、掘り出す必要がなく他の『転移石』で事足りたケースなど様々なパターンが時空コンピュータには記録されているのだ。そして今回は執事の穴の魔鉱石が破壊されたためマサラ鉱山を訪ねることにしたのだった。
マサラ鉱山は私の記憶と大きく異なり、信じられないほどに寂れていた。他の鉱山のゴーレムを使った採掘に敗れ去ったのだ。マサラ鉱山が凋落する時期には多少のズレがあるが今回はかなり早い様だった。そこには物乞いすらいなかった。施す者がいなければ成り立たないのだ。玄冬とは老人のこととも子供のこととも言われるが、その両方がぼんやりと路上に寝そべっていた。青春・朱夏・白秋といった労働すべき年代の者は暇を持て余した表情で手持無沙汰に町中をうろつく。四季がなく実りがないように、この町は何も生み出さなくなっていたのだ。
マサラ子爵は鉱山を売り払い、爵位さえも手放したという話だった。買い手は竜安寺商会である。平民である富蔵様は爵位を名乗れないが、貴族の血筋の者に譲ることができる。この世界ではファームル伯などの大名跡でなければ、有力貴族に多少のコネと貴族の血筋と爵位にふさわしい一定以上の魔法力が備わっていれば爵位の譲り渡しなどは普通に行われているのである。すなわち富蔵様にしてみれば有能だが爵位を持たない貴族の血筋の者に対して、子爵の地位を与えればそれだけで大きな恩を着せられるのである。貴族の後ろ盾が必要な社会ではかなりの価値をもっていると言える。もっとも多くの場合はマサラ子爵の地位はナウル伯となる権蔵様経由でお嬢様に授与されることになっている。それはとにかくとして、当時の私は『転移石』を得るためにマサラ鉱山の主である富蔵様に会わなければならない道理であった。
変貌したマサラ鉱山とは違い、王都は相変わらずの王都であった。王都を離れてから十五年間全く変わらずにその姿を維持していたのだ。その間に私の回りで起きたことなど些細であると言わんばかりの不変ぶりであった。私は自らのちっぽけさに打ちのめされながら、王都のはずれにある富蔵様の屋敷を訪ねたのである。
富蔵様の屋敷は十五年前の質素な家の面影はなく、むしろ私が初めて見た時の富蔵様の屋敷であった。いや、それ以上に輝かんばかりの装飾が施された御殿であった。そしてどこで聞きつけたのか富蔵様は屋敷の門の前で私を待ち受けていた。
「おう、久しぶりだな」
十五年ぶりに会った富蔵様の髪はやや薄くなり恰幅が増していた以外は口調から態度まで変わるところがなかった。
「まさかバトラーになるなんて思ってもいなかったぞ。執事の穴への推薦すら断られたのにな」
富蔵様は懐かしむようにそう言った
「わざわざ訪ねてきたんだ。まさか顔見せだけってことはないだろ? とりあえず入れよ」
私は富蔵様と虚実織り交ぜた様々な話をした。執事の穴のことを詳細に語るのは他の執事たちの手前、マナー違反とされているから教えられなかったという部分もある。一方の富蔵様も事実を話していないようであった。
富蔵様が語る過去と現在の話はこうであった。まず、幸子様と節子様を失って以来権蔵様と疎遠になった。自分自身も商売への情熱が失われて全国を旅することなく、方々の店や牧場を買い、あるいは人に金銭を貸し付け、それらの決算書をこの屋敷で確認する。そんな日々になったという。また、商売自体も以前の様に儲からなくなったと言っていた。権蔵様とは疎遠となったが『竜安寺親子』としてファームルの僭主である権蔵様が庇護者と世間的には見做されていること。おかげで貴族からの脅威は激減したこと。そのような内容であった。
これらはほとんど嘘である。全国を動き回らなくなったことと、利益が減ったことは事実である。しかし、それ以外はほぼ嘘と言ってよいだろう。権蔵様と疎遠になっているのも事実だが、それは接触をしていないだけで一心同体ともいえる関係なのは明らかだった。
なぜ断言できるかというと、バトラーという肩書があるだけで情報は向こうから集まってくるのである。もちろん多くは情報提供者にとって有利な情報である。本来であれば情報の取捨選択が困難な有象無象の情報であるが、私には時空コンピュータがあるのでそれは容易な作業となるのだ。『別の私』が経験した他のケースとの比較、惑星全体を把握できる観測データ、相手の息遣いからの心理分析、他の情報との擦り合わせ、私にはそれらができるのだ。その上、私が旅して直接見聞きした情報もある。それらと目の前の人間の挙動を全て勘案すると富蔵様の言動はネガティブな傾向を示していた。
客観的な事実はこうである。
幸子様たちが亡くなってから富蔵様と権蔵様は一度として直接会っていない。しかし内心のわだかまりの有無にかかわらず一蓮托生の関係となっている。富蔵様は商売の意欲がなくなったと称しているが資本力が増し、投資が以前よりも盛んになっている。また、意欲がなくなり全国を旅しなくなったと主張しているが、実際は商売が手広くなりすぎ、また権蔵様がファームル伯領の運営に専念することから竜安寺商会の指示・連絡を自ら行う必要が生じたので、富蔵様が動き回るのが非効率になっただけである。それに権蔵様を通じてファームル伯の権威を得たことを背景に富蔵様が直接監察して回らなくても横領がある程度抑えられるようになったことも影響しているだろう。
商売が儲からなくなったのは事実だ。しかしそれは帳簿上の話である。この部分が嘘の肝の部分だろう。現在の竜安寺商会の支出の大部分は利子の支払いと投資と貸付と貴族への献金である。貸付先の大部分は中小の貴族である。貴族への貸し付けは回収不能になることが多いことも利益を圧迫している……が、これは大した問題ではない。竜安寺商会は貸し付けた金と献金で渡した金を一度戻してもらい、それを自分の資金と合わせて投資している。
その投資先がファームル伯領なのである。さらにこの投資資金にはファームル伯から借りた資金も混じっている。この資金によって、未開で開発費用にさえ事欠くはずのファームル伯領が急激なインフラ整備を整えることができたのだ。このスキームには富蔵様、権蔵様、双方にとって大きな利益がある。
まず富蔵様の方かすると、ファームル伯という名門貴族から資金を借りることによって竜安寺商会の安全性が急激に高まる。というのも、竜安寺商会に嫌がらせをして潰すようなことがあってはファームル伯の持つ債権が焦げ付くこととなり、結果としてファームル伯への挑戦となるからである。また、ファームル伯が竜安寺商会を優遇したとしても「債権回収を順調にするため」と理由が立ちやすい。
権蔵様のメリットはもっと大きい。まず、高い利率で貸し付けているので竜安寺商会が存続する限り毎年高額な資金提供を受けられる。また、ファームル伯の乏しい税収や脆弱な官僚機構では不可能だったインフラ整備や技術導入を竜安寺商会の資金で行えた。他にも竜安寺商会を通じた投資によって多くの貴族をファームル伯領の発展に伴う利益共同体として巻き込める。これによって僭主という危うい立場を安定させ支持者を増やせる。もっとも金よりも血、もっといえば魔法力が最大の価値を持つ世界で、金という利益で動かされるのはほとんど影響力を持たない弱小な貴族たちである。彼らは大貴族からしたら平民と大して変わらない。それでも居ないよりは良いだろうし、小さな便宜も期待できるだろう。これらがのちに竜安寺派ともいえる勢力の源流である。こうした小さな貴族達には魔法力の劣るいわゆる移民系が多く、お嬢様の取り巻きに栗林などの移民系貴族が多かった実利的理由でもある。彼らがお嬢様の没落後に必要以上の手の平返しを見せたのは竜安寺家の没落で投資分の回収が不可能になったことによる八つ当たりか、利益共同体の新たな代表であるスチュワートの歓心を買うためだったのだろう。
富蔵様は直接の利益も得ている。一つはファームル伯の発展に伴う含み益の発生。圧倒的な成長速度見せとまだまだ開発余地のあるファームル伯領は資本を投下すればするほど資産が増えるのである。もう一つはファームル伯領へのモノの輸送である。インフラ整備に必要な道具に資材、さらには労働者も移動させる必要がある。人を移動させれば建物が必要となるがそれを用意するためにも同様に物や人を用意する必要がある。人が集まれば食料や最低限の娯楽品、嗜好品も必要となる。食料は領内で採れるといえども、郊外から都市に運ぶ必要がある。娯楽品や嗜好品は領外から運び込む。また道路などが整備され食料も輸出できるようになったので、それを売るためにも運び出す手段も必要だった。運送業としては所有する馬車をファームル伯領に振り分けて他に手が回らなくなったために、事業の買収などに手を伸ばし始めたという側面もあるのだろう。
このようにお二方はお互い不可欠な存在となっているということは当時の私でもわかった。もしかしたら実際に関係は冷え切っているものの、お互いに必要不可欠なところまで依存が高まっていたのかもしれない。ただ私の考えるところでは、二者が一体であることを世間に見せると勢力が強くなりすぎて警戒されることを意識していたのだと思う。所詮は平民なので貴族に家を潰される、財産を奪われるなどの恐れから関係を隠している可能性が高かった。
問題は私に対しても嘘をついてまでそれを隠したことだった。しばらく会わないうちに作られた距離感がなんとも寂しく悲しい気持ちにさせられた。一方で楽でもあった。富蔵様や権蔵様には微妙な気持ちを抱いている私としては、相手からよそ者扱いしてくれるのは逆に助かった側面がある。もし以前と同様に家族の様に接せられたら対応に困っていただろう。
「……バトラーが儂や権蔵を快く思っていないのはわかった」
よもやま話を中断した富蔵様は突然そう言いだした。
「相変わらず嘘は下手だし繊細な奴だ」
嬉しそうとも寂しそうともとれる苦笑いだった。
「そんな中で訪ねてきたんだ。何か用事があるんだろう?」
「鉱山から巨大な魔鉱石が出たら譲っていただきとうございます」
単刀直入に答えた私の顔を富蔵様は驚いた様子で見た。
「なるほど。バトラーがあるというのならばあるのだろう」
私の提案を確信からと思ったようだった。そしてすぐに納得したように頷く。
「……なぁ。お前とは付き合いが長い。儂が快く思われていない相手にその様な物を譲るお人よしだと思うか?」
「富蔵様に対してはかなり貢献したと思いますが?」
富蔵様は考える様に顎をさすった。
「なるほど。確かに色々と世話になった。しかし、バトラーが欲しがるほどの魔鉱石だ。並みの大きさや質ではないのだろう? さすがに割に合わない」
たしかに加工すれば『転移石』に利用できるクラスの魔鉱石は非常に珍しく高価である。珍しさで言えば時空コンピュータ内にも数えるほどしか記録されてないほどだ。そして魔法力に価値を見出す文化である。時間移動に必要とされるほどの魔法力を秘めているのなら、価値に関しても下手な領地付きの爵位よりも高いだろう。
「それほどの一品を譲れば贔屓にしてくれるご領主様方もおられるだろう。それをバトラーに譲ったとして儂はなにか得をするのか?」
富蔵様の言い分は完全に他人に対する言い方であった。当時の私はまた一つ自分の居場所を失ったような寂しさを覚えたものだった。
「なるほど。それでは利益をもたらしましょう」
私が提案したことは富蔵様が最も求めていることであった。
「具体的には?」
富蔵様が不敵に笑った。
「馬車に代わる輸送方法です」
竜安寺商会はファームル伯領の急激な開発で馬車不足なのだ。それがネックとなり発展が遅れるほどだ。食いつかないはずはなかった。実際に富蔵様は目を見開いて身を乗り出した。
「そんな方法があるのか?」
「……そうですね。言葉で説明するのも面倒なので模型をお見せしましょう」
私は水で満たされたバケツを創造した。次にヨットのおもちゃを創り出すとそこに浮かべて見せた。
「な‼ 水に浮かぶだと⁉ 魔法なのか?」
富蔵様は動揺をしつつ、恐る恐るおもちゃを突いた。するとヨットが水面を動く。富蔵様はそれに驚いたのか飛び跳ねる様にバケツから距離をおいた。
「魔法ではございません。水は……失礼、正確には水に限りません。固体以外の物質に何かが入れば、その押しのけられた体積分、その周りの物質の重さに応じて上向きの力を受けるのです」
「なるほど。その理屈なら儂も今現在体格に応じた空気の重さ分上向きの力を受けているということだな」
アルキメデスの原理を一瞬で理解した富蔵様はさらに続ける。
「確かにそれならば水に物を浮かべて運べば効率がよいな。水は空気より重いからなぁ」
富蔵様はヨットのおもちゃを見つめて頷く。
「そして儂が指で押したような進む力を与えれば任意の方向に進むと……。それならば倒れにくい形にもしなければならないな」
もはや私が出る幕がない速度で理解を進めた富蔵様が満面の笑みを浮かべた。
「こんなことを思いつくなど、一体儂らとなにが違うというのか? いや失礼。流石はバトラーとするべきだな」
その気になれば一般人でもトン単位の荷物を担いで川を飛び越えられる異世界人には思いつかない話だろう。身もふたもない話をすれば、もっとも効率が良いのは人間が荷物を担いで駆け足をすることだ。そこらの人間でも数トンの荷物を担いで時速数百キロを出せる上に一昼夜走っても平気なのだから。
「……だがこれはどうだろう?」
一転、富蔵様の顔が曇った。
「あまりにも突飛な発想でどれほどの利益を生むのか想像がつかない。それに新技術として貴族からの横やりが入るかもしれない……」
富蔵様は腕を組みしばらく考え込んだ。
「魔鉱石の件は保留にしてくれないか? これがちゃんと利益を生み出すようなら掘り出し次第譲る。それでどうだろうか?」
「……仕方ありませんな」
不満はあったが粘る気はなかった。この時には既に次の『瀬野悠馬』は地球に送り返すと決めていたのだ。それならばタイムマシンに必要な『転移石』は必要ない。それでも『転移石』は一つ必要であった。これは『地球』から『時空の狭間に放り出された瀬野悠馬』を時と場所を越えて、あの牧場に召喚するために使うものであった。従って『転移石』は一つでよく、マサラ鉱山の魔鉱石は保険に過ぎなかった。本命は王都の別の場所で手に入れる方だったのだ。




