幸子と節子
私は事実を確認するためにファームル伯の館へと向かった。主が留守中の館は名代を任された権蔵様が滞留しているからである。当の権蔵様は屋敷の前で私の到着を待っていた。
「ウマさん……。いえ、バトラー。お久しぶりです」
権蔵様は一人前の男の顔になっていた。この十年間、権蔵様は多くの修羅場を経験したのであろう。別れた時にはなかった迫力と威厳が滲み出ていた。
「色々と聞きたいことがございますがよろしいですか?」
十年ぶりの再会にもかかわらず、挨拶もそこそこに私は本題へと移ろうとしていた。
「街の変化のことですか? アンリ様のことですか? レオン様のことですか? カイト様、今はスチュワートですが彼のことですか? 私がファームル伯の留守を預かっていることですか?」
権蔵様は次々と言うと、一拍置いた。
「それよりもまずは母と節子に挨拶をしていきませんか? 彼女らも喜ぶことでしょう」
この時の私は幸子様たちが逗留していると喜んだものだった。
権蔵様に連れてこられた場所は小高い丘だった。遥かな遠方には街が見える。
「ここを憶えていますか?」
そこはカイトやアンリ様と出会い、権蔵様と再会した場所であった。
「ここは街が一望出来ていいですよね」
地球人の目には遠くに街が見えるだけだが、やはり生物としての出来が違うのだろう。
「ここです」
権蔵様はそう言うと、丘の上に置かれている大小二つの石と対面した。
「母さん、節子。ウマさんが来てくれたよ。しかもバトラーになってさ」
権蔵様は跪くとそう言って手を合わせた。
「バトラーもよかったらお願いします。母も節子も喜びますから」
私には事態が理解できなかった。
「母と節子は盗賊に襲われたんです」
呆然と立ち尽くす私に権蔵様が説明をし始めた。もっとも当時は話の半分も頭に入らなかった。
「経済の拡大に対してファームル伯やその郎党は治安維持に費用や労力をほとんど割かなかったのです」
権蔵様は沈痛な面持ちで続けていたが、その時にはそれを観察する余裕はなかった。
「治安の悪化に対応するために常に護衛を付けていたのですが、煩わしいと節子は嫌がっていました。あの日も節子は護衛の目を盗んで、母を連れ出してこの丘に遊びに来てしまったのです」
「人のせいにするのですか?」
震える声であった。
「そうですね。ついでに人のせいにするならバトラーが節子を甘やかさずに現実を……節子は決して強くないということを教えてくれていれば防げたかもしれません。なにせ節子はことあるごとに「アタシは執事の穴に行ったウマ兄ちゃんの指を折ったんだからね!」と自慢していましたから」
権蔵様はそう言ったが時空コンピュータに残っているあらゆるケースがそれを否定していた。ある時は目の前で凌辱されて殺され、またある時はナウル伯へ庇護を求めたところ慰み者とされた挙句に無残に殺され、またある時は病で死ぬなど全てのケースにおいて彼女らの死を告げていた。今回はあっさりと殺されただけマシだったと思えるほどに凄惨な死が多かった。
「盗賊たちは遅れてやってきたファームル伯の騎士団によって皆殺しにされましたが……。おそらくは盗賊たちを裏で操っていたのは、その騎士たちだったのでしょう。あとでファームル伯に頼んで調査してもらったところ、彼らがこれらを持っていたと謝罪してきましたから」
権蔵様が見せたのは節子様が大事にしていた壊れたオルゴールと私の指の骨が大量に入った豪奢な小箱であった。
「節子はこの二つをいつも持ち歩いていました」
権蔵様は寂しそうにそう言った。
私はと言えばナノマシン等を使って節子様・幸子様を生き返らせられないか考えていた。しかし、リュートの苦しみを見た私には迂闊には動けなかった。節子様が持ち歩いていた骨にはナノマシンが詰まっているので、そこから得た情報から節子様や幸子様を再現することも考えた。
当時はまだ持っていなかったが、虹色軟膏がある今ではリュートに対してしたような失敗のリスクは低いだろう。だが今では死後十五年以上経っている。果たして再生できるであろうか? 答えは否であろう。なにせ『私をベース』に再生するのである。骨を折ったとかならできるだろうが、根本的に地球人と異なる可能性が高い臓器や脳、あるいは脳類似の機能を果たしている部位の再生などできるはずがないのである。
それでは再現は? ナノマシンに記録されていない人生の部分の方が多い幸子様の再現は無理だろう。それでは節子様は? 節子様と全く同じ器質をもつ肉体に全く同じ情報を植えたとしてそれは節子様なのだろうか? それ以前に、時空コンピュータの再現能力は私の思ったままなのである。それなら『私の想像した節子様』であるに過ぎないのではないだろうか? あるいは節子様と全く同じ肉体、同じ思考に至る人物が出来上がるかもしれない。それでもやはりそれは節子様ではない気がしてならないのである。彼女たち、そして新たに作った生命への酷い侮辱のような気がして今に至っても私にはできないことである。
「レオン様を弑逆したとの噂もありますが?」
感情を極力抑えて権蔵様を質した。
「なるほど。復讐と……そう言いたいのですか?」
権蔵様は寂しく微笑んだ。
「ある意味では復讐なのかもしれません。権力を持つ者が責任を放棄してそれを行使しない。私はこれは罪だと思っています。きちんと権力が行使されていたら母たちは死なないで済んだはずです」
権蔵様はそう断言するとそれ以上何も言わなかった。
当時の私は頭が回らずに幸子様と節子様に手を合わせると、権蔵様からの「積もる話もありますから館へと来てください」との誘いを断り立ち去るしかなかった。これ以上権蔵様と一緒にいるのは辛かったのである。
そして私は今も考える。幸子様・節子様はどうやっても助からない歴史の必然であるのならばお嬢様も同じではないのか? 自分の存在意義とはいったいなんなのか?
自分の存在が周りをむしろ不幸にしているのではないか? もし自分がいなかったのなら、リュートは苦しまず、権蔵様も下手な手を打たず早々に下野したのではないか? 権蔵様は地元の人の生活を壊さなかったのではないか? 幸子様・節子様は死なずに済んだのではないか? カイトは狂わなかったのではないか? バトラーになろうと健全な努力をしていた人たちの夢を奪わなかったのではないか? ……と。




