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俺TUEEEのに無力です  作者:
バトラーの見る夢/前編
20/82

バトラーと…

 唐突にしてあり得ない敗北の宣言に一同は唖然となった。

 敗北を宣言したカイトでさえ理解できずにしばらく呆然とし、やがて信じられない様にうつむくと軽く頭を振り天井を仰ぎ見た。

 敗北を宣言させた私でさえもあまりにもあっけない結末が信じられない心持ちであった。

 教官たちも事態が理解できず、ファロスに至っては茫然自失に「まさか……ここまでとは……」と言葉を漏らすのがやっとであった。


 種を明かせばなんということはない。執事の穴で過ごした十年間で充満させたナノマシンの仕業である。

 呼吸と共にカイトの肺腑にナノマシンが送り込まれていたのである。ナノマシンが空気とカイトの筋肉を操ったのである。彼の意思とは無関係に空気を送り出し、空気は微妙に調整された声帯を通り、歪められた口元が音を発したのである。カイトが気を付けていれば防げたのだろう。しかし、完全な不意を突いた空気と声帯の動きは本人の意思が介入する前に私の目的を果たしたのである。

「歯牙にもかけずとはこのことか……」

 カイトは一人呟いた。「時の超克」を認識できない彼にとっては拳を交わすことなく終わった組手である。相手にもされなかったという印象であったようだった。


 もっとも魔法の常識からすると無理のない話であった。この世界には『相手を操る魔法』というものが存在する。それは大雑把に大別すれば三種類に分かれる。一つは相手の意思に関わらず肉体を操る魔法、二つ目は相手の意思を制圧して思考を操る魔法、三つ目は意思の制圧はせずに自然とそう思う様に導く一種の洗脳魔法である。

 いずれの魔法も相手との実力がかなり開いていないと発現しない魔法とされている。理由はもっともであった。一つ目の魔法なら相手の力を抑え込み自由自在に操るのであるから圧倒的な力の差がなければ実現しない。二つ目の魔法なら相手の魔法力を排除して自分の魔法力を安定的に送り続けなければ制圧が解けてしまうことから、それが可能なほどの実力差がないと不可能ということらしい。ただし、三つ目に関しては事情がやや異なる。

 『相手を操る魔法』は圧倒的な実力差を要求されることから実用レベルで使える場面は少ない。それこそ泣き止まない赤子を黙らせるのでさえ、その魔法に精通したかなりの実力者を必要とするのである。そのため『相手を操る魔法』を家の魔法としている有力貴族は一つしか存在しないとされている。

 その家門は王国唯一の『公爵家』である。『公爵家』は建国神話上は大した家ではなかった。しかし魔力を碌に持たない大量の『移民』を受け入れる時代に至り、三つ目に当たる洗脳系の『相手を操る魔法』で一気に有力貴族へとなったと考えられている。魔法によって『移民』達を王に対する服属に一切疑問を持たず、暴動一つ起こさない無垢なる羊の群れにしたのである。ただし『公爵家』の真の力は知の力である。有史以来常に王国の三大勢力の一角を占め続け、しかもそれを意図的に作りだし、かつ、それを維持することで王国の安定を図り続けてきたとされているのだ。現に時空コンピュータに蓄積されている事実だけを取り出してみても、私がこの時代に送られて現在に至るまでの三大勢力は『王』『九伯家』『公爵家』である。まだ『私』は体験していないが、『歴代の私』によれば、今後は『王』『ハガン候』『公爵家』となり、やがて『ハガン候』に派閥意識や政治野心等がないことが明らかになると『王』『王弟』『公爵家』の私がこの世界にやってきた当時の情勢になるらしい。歴史上も王権が弱い時期にはそれを支える三大勢力の一つになったこともあるらしい。『公爵家』は常に時代の先を見据えて事前に手を打ち残ってきた知の家柄とされている。

 逆に言えば『公爵家』が現在まで盛況を誇るのは魔法の力によってではない。そしておそらくは強大な魔法力を有しているであろう『公爵家』でさえ、人を意のままに操る一つ目や二つ目の『相手を操る魔法』は使わず、しかも他の二種に比べて容易とされる三つ目の魔法でさえ貴族相手には通用しないと言われている。もっともこれについては異論もある。『公爵家』が常に三大勢力であり続けているのは魔法によって時代の流れをそう誘導しているからという噂もあるのだ。


 閑話休題。とにかくもこの世界の常識では、操られて自分の意にそぐわない「降参」をさせられたということは、あり得ないレベルの実力差が存在することを意味していた。

「異議などはございますか?」

 あまりにもあっけない幕切れに教官がカイトに質問をだした。

「いえ、ありません。執事が操られて思ってもいないことを口にするなどありえません。もし、それをさせられたのなら完敗と認めなければならないでしょう」

 カイトは非常にサバサバとしていた。それを聞いた教官は満足気に頷いた。

「それではこの組手はウマ君の勝ちとする!」

 教官の宣言に対してその場にいた一同、ファロスはもとよりカイトまでもが手を叩いた。

「ここまでの差があるとは思っていませんでした。さすがはウマさんです」

 カイトは私を過剰に評価し、惜しみない賞賛を送ってくる。ファロスはしばらく考え込んだような表情を見せた後、組手の舞台に上がり握手を求めてきた。

「おめでとうございます。『バトラー』」

 カイトも同意するかのように頷いた。

「一応は協議の形をとっていますが、あそこまで圧倒的な実力を見せつけられたら多少の欠点があっても『バトラー』に選ばざるをえないでしょう」

 ファロスは集まっている教官達を横目に断言した。



「執事の穴の総意をもって、本日よりウマを『バトラー』襲名者とする」

 ファロスの断言通り、教官からそう告げられたのは組手が終わって三日後のことだった。場所は執事の穴の上階にある屋敷の大広間であった。

 一種の卒業式なのだが、ファロスはすでに自主的に退所しているので生徒側参加者は私とカイトのみという分校でもあまりないであろう寂しいものだった。

「もうひとつ」

 教官は咳払いをすると続けた。


「カイトに主なし。奉仕の心なし。ゆえに執事にあらず。我々はカイトを『スチュワート』と認定し、公告することを決定した」

 『スチュワート』とは、執事の穴から出される一種の絶縁処分である。通常なら退所処分にして終わりであるが、通常の卒業者以上の能力をもち、かつ、執事には成りえないと認められた者は世間に対して『スチュワート』として通告する習わしなのだ。『スチュワート』は『バトラー』と違い毎世代出るものではなく、むしろ極めて珍しい。なにせ執事の適性ありと選抜された面子の中から過酷な訓練を耐え抜き、かつ、その間に執事の適性のなさを卒業付近まで隠して退所を免れなければならないのだ。そのため社会一般では『スチュワート』の存在を知らない者の方が多い。あの時も竜安寺の使用人の中に『スチュワート』の意味が解っていた者は少なかったことだろう。ただし『スチュワート』を雇う立場である貴族、特に有力貴族の間では別である。いわば札付きである。『スチュワート』の能力は極めて優秀であると執事の穴が認めているが、同時に信用できないと広く告知されたということなのである。非常に優秀だが信用できない人間。こんな人物を好んで雇い、しかも重宝する責任ある立場の人間はいないだろう。しかも『スチュワート』を雇うということは「能力さえあればどんな人間でも認めるようだ」と、この世界にそぐわない価値観を指摘され後ろ指をさされることにもなるのだ。

 当のカイトはそれを黙って聞いているだけであった。

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