バトラー
「すまんが送るのはここまでが限界だのぉ~」
馬車の中で向かいに座るマトリョーシカを彷彿とさせる丸みを帯びた年齢不詳の若き『公爵』が飄々と話しかけてきた。
「いやぁ~、今回はすまんかったのぉ~。ボクも働きかけるからのぉ。三年以内に王都への立ち入り禁止は解けるからね、ね」
『公爵』は芋虫のような指をモジモジとさせながら、おねだりをするように上目遣いで私を見てきた。
「九伯家の勘気を収めるにはそれぐらいは必要なんじゃよ、のぉ。わかるよね、ね?」
大きくつぶらな瞳はウルウルとしていた。
「なるほど、公爵様のご尽力には痛み入ります」
私の返事を聞いた『公爵』は理解を得られたと嬉しそうに何度も頷いた。
「……しかし今回の仕打ちはあまりといえばあまりでございます」
『公爵』は動きを止めた。
「今更そのようなことを言われても困るよのぉ。わかってね、ね?」
『公爵』はにこやかにそう言った。
「九伯家はともかく、王の陣とも敵対したのにそれで済むんだから……ね、ね?」
「なるほど。しかし、それを差し引いても割に合いません」
「そ、それは~、その、の? のぉ?」
『公爵』は太い指の指先を左右で合わせると気忙しく回し始める。
「この度の件は『貸し』でございます」
「むぅ……これは凄い御仁に『借り』を作ってしまったのぉ」
『公爵』は納得していないように呟くとすぐに「ぽぽぽぽぽ」と鼓を打ったような独特の笑い声を上げた。
「では心の片隅にそのように留めておくから……ね、ね?」
「ええ、そのようにお願いいたします」
『公爵』は再び「ぽぽぽぽ」と笑った。
『公爵』と別れてから数日が過ぎたある日の午後のことである。
「バトラー殿……ですね?」
品の良さそうな青年が声をかけてきた。その隣にはみすぼらしい老人が付き従っている。
「何か御用でございますか?」
私にこうやって声をかけてくる人間の用事はだいたい二つのうちのどちらかである。一つは私を雇いたいという誘い。ただ、この青年にその資力があるようには思えない。それならば用事はもう一つの方だろう。
「恨みはありませんが、我が家名の糧になって頂きたい! ストーンミスト!」
バトラーを倒せれば世界屈指の実力者ということになる。そのため落ちぶれた貴族などが挑戦してくることは珍しくない。まして主のいないバトラー、それどころか王都に立ち入り禁止となっている逆賊ならば揉めることもない。まさに名を挙げるにはうってつけの相手なのだ。……勝てればの話だが。
青年の魔法は石化魔法と称される一群のものだった。その影響で私の衣服が石化した。
「坊ちゃま、やりましたな!」
従者の老人が嬉しそうに青年に喝采を送っている。
「奇襲のようで少々気に入らないが……仕方があるまい」
青年はそう言って頷いている。
勝利を確信しているところで悪いが、この手の魔法は私には効かない。これはナノマシン等とは関係なく通用しないのだ。魔法は物質の作り変えができない。
そして物質を石に変えることは基本的に物質の作り変えとなってしまう。ゆえになんでも石にする魔法は存在しない。
魔法のメカニズムはわからないため憶測となるが、特定の物質に対して石灰化する方向に働きかけるか、相手の魔法力と反応を起こして石灰化を促すかのどちらかが石化魔法の正体なのだろう。
私の場合はこの世界の人間と構造が違うので特定物質の石灰化は通用しにくく、魔法力との反応に至っては私には魔法力が存在しないので全く意味がない。
現地調達した服が石になる程度の被害しかないのだ。そしてその服も創造しなおせば魔法力を含まず石化しにくい新品の服が出来上がる。
「さて、なにをしてくださるのですか?」
なんの変化も見られない私をみて青年の顔が青くなった。
「ストーンミスト! ストーンミスト! ストーンミスト!」
青年は混乱したまま魔法を連呼する。冷静さを失う未熟さを露呈した。これだけで実力の底が知れる。
「申し訳ございませんでした! 何卒ご容赦くだされ!」
音を上げたのは老人であった。
「じい! 邪魔だ! 下がっておれ!」
向こう見ずな青年が老人を叱り飛ばした。
「無理でございます、無理でございます」
老人が駄々をこねるように頭を振っている。いつまでも茶番に付き合ってはいられない。
「君は私になにかしましたか?」
混乱のあまり興奮している青年に私は問いかけた。
青年の歯ぎしりが聞こえた。
「……この化け物め」
青年は憎々しげに呟くと安心顔の老人を一顧だにせず逃げるように去って行った。
化け物か……。
なるほどそうかもしれない。しかし、むしろ幽霊が妥当であろう。
この世に存在してはならず、影響を与えることもできない。……そして死なない。いや、死ねない。人間離れしたこの世界の住人さえも死ぬというのに私は死ねないのだ。
そんな不死身の幽霊はどうしたものか。
そうだ西へ行こう。時間はまだあるのだ、西行と洒落込むのもいいだろう。富士山はなくてもマサラ鉱山はある。
なにも富士山の歌を詠もうというのではないのだ。富士見を楽しむ余裕はなくとも不死身を嘆く気持ちは持っているのだ。
いくら自分の分身とはいえ、こんなことに巻き込む必要はない。時空の狭間からこの世界に呼び出したら素直に地球に帰してあげよう。
あとは自分一人で何とかするし、何ともならなかったのならばそれも運命と受け入れようではないか。




