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俺TUEEEのに無力です  作者:
バトラーの見る夢/前編
19/82

ウマ

「まさかウマさんと最終的に争うことになるとは思っていませんでした。私も引く訳にはいかないのです。全力で行かせて頂きます」

 私が力を隠していると確信し、そのことに疑念を抱いていないカイトは会釈とともに組手の舞台へと上がった。

 当時の私は、この世界の一線級の人材たちを相手にするには通常の人間の認識プロセス、すなわち、視覚や聴覚で情報を入手し脳を経て知覚・判断するという経路では遅すぎるので、通常以外の方法で彼らを把握しようと苦心している時期だった。なにせ執事の穴の最終組ともなるとフローラやマルスにおいてさえ瞬時に音速を超えてマッハ1.6くらいは出せるのである。それも気圧の低い高高度ではなく、地下においてである。地球の生物の進化の過程では遭遇したことがない存在であり、横を走り抜けられるだけでダメージを負ってしまうほどのものであった。時空コンピュータをもってしても私が認識できないと対応すらできないのだ。

 そこで私が考えた対応策は視覚や聴覚での認識を諦めて時空コンピュータと散布したナノマシンで相手を認識し、脳に直接、あるいは、情報を加工の上で脳に情報を送る、さらには脳を経ずに反応するといった方法であった。

 とはいえ、考えたからと言ってすぐにできるわけではなく、少しずつ適応していき、ようやく時空コンピュータ等を使って認識できるようになったという程度の習熟度であった。これは『歴代の私たち』の中でも極めて遅い習熟度だった。理由はリュートの一件で私が自らの行動を後悔し強くやり直したいと試行錯誤していたのと、ゴーダの一件で組手が中止となり超高速の動きと接する機会が大きく減ってしまったからである。

 それでもこの頃にはフローラたちの動きや手加減していたファロスやカイトの動きは何とか認識できるまでにはなっていた。とはいえ、認識できることと対応できることは別であり、物体が超音速で動き回るには狭すぎる組手会場では認識できた時には既に遅かった。


 組手は一見して致命的な怪我や後遺症が残る恐れのある怪我を負った時点で終わる。これは致命的な怪我が致命傷とならない私に対しても適用されるルールであった。すなわち首を刎ねられたりするのはもちろんのこと、内臓を露出する、体に風穴を開けられる、腕の一本や二本吹き飛ぶ、足が千切れ飛ぶ、大量の出血をする等々の大したことのない日常のケガでも負けになるということである。私は攻撃を受けたら負けということである

 私はバトラーになる必要はなかった。当時の私の目的は幸子さんや節子ちゃんを守るために、カイトの卒業を先伸ばすか、カイトと同様に私も執事の穴を卒業することであった。一方で、当然の話としてカイトがバトラーとして並ぶ者のいない権威を得てファームル伯領へ向かうことは許されなかった。ファロスの言う通り、カイトが勝った暁にはバトラーを襲名するというのならば、私は何としても彼に勝たなければならなかったのだ。


 恐る恐る組手会場に上がった私をカイトが問答無用で襲ってきた。

 その速度はマッハ3.2。音速の三倍である。カイトにしては私がどう動いても対応できる抑えた速度だったのだろう。しかし、当時の私はようやく音速レベルの認識ができる様になったばかりである。言うまでもなく、認識すら碌にできなかったことだろう。まして対応などできようはずがない。

 棒立ちの私の腹部にカイトの諸手突きが突き刺さる。大きすぎる風穴は私の体を両断した。

 必然ともいえる結果であった。











「青い顔をしてどうかしましたか?」

 組手会場の一歩手前で立ち止まった私に対して教官が声をかけてきた。

 シミュレートや想像の結果に青くなったわけではない。先ほど実際にあったはずのことを経験し知覚したから私やナノマシンに過負荷がかかったのである。


時の超克(スーパーエゴイズム)

 これまでのいかなる『私達』の一人として獲得しなかった『私』だけの技である。リュートに対する後悔から試行錯誤の末に行き着いたのだ。簡単に言えば、過去のある地点へと意識を飛ばすのである。タイムマシンと違う部分は、あれは物質を過去へと送るのに対して、こちらは非物質の情報のみを過去へと送るのである。そして他者の不利益やカオス理論のバタフライエフェクトも無視して自分だけの為に自分の好むように過去へと挑むのだ。

 時間が連続しているのか不連続なのかはわからない。それは両立しているのかもしれないし、両方とも間違えているのかもしれない。ただ、この技が成立したことを考えると時間はパラパラ漫画の様に不連続が連続しているのだろう。もし時間が連続しているのならば時間を巻き戻す必要があるが、それだとナノマシンの散布外で影響範囲外である宇宙の隅々にまでその効果を及ぼす必要があるからだ。時間を戻さずに過去の一場面に戻れるということは時間は進むものではなく独立した不連続の連続なのだろう。少なくともそういう時間もあるということなのかも知れないが弟と違い学究肌ではない私としては過去の一点に意識を飛ばせたという事実だけで十分なのである。


 単純に過去へと意識を飛ばした例は他の『私達』にもあったのかもしれない。しかしそれは無意識になされたもので本人たちも過去へと戻ったことを自覚せずにそのまま過ごしていたことだろう。なにせ記憶も全て過去のその時点の状態になるのである。自分が未来の意識であるなど理解できないし、意味もないことなのだ。

 ある時点でその全ての状態が整っていたならば、いかなる偶然も必然であり、自己の意思であってもその決定は必然となる。もっとも弟に言わせると「全ての過去を知る者は未来も完全に予知できるかって話は『ラプラスの魔』って奴だね。今の考えじゃ必然とならない原子や量子の動きが観測されてるから違うとされてるよ。ただ、必然じゃないと思われてたけど実は現在では未知のなにか、一種の『神の手』で必然の動きをしているのかもしれないし、観測の前提に見落としがあるのかもしれない。もっとも僕としてはそれらが仮説レベルでも納得するものが出てこない限りは否定的に考えるけど」などと過去から未来が決定するという決定論は全否定であった。

 とはいえ、量子レベルのミクロな不確定事象からの将来的な影響はとにかくとして、もっと大きな一般的な因果関係レベルの話においては決定していると言っていいだろう。たとえば手元から離した皿が地面に衝突することや、その皿が割れるか割れないか、割れた皿に対して過去の蓄積の現れとしてどう反応するかにおいては、事象の大きさとどこまで誤差とするかにもよるがほぼ決まっていると断言できるだろう。たとえ過去に戻っても、それはまるでオルゴールの様に同じように廻り続ける定めなのである。

 しかし、そこに一定の情報が与えられるとともに意思の力が介在したらどうなるであろうか? 普通ならそのようなことはあり得ない。だから想定自体無意味である。しかし、私には時空コンピュータがある。時空コンピュータは時間を超越するのである。これに意思と情報を委ねて過去の『私』へと届けるのだ。

 これが『時の超克』である。

 ただ、これには致命的な欠点が二点ある。この欠点ゆえにリュートを苦しめることとなった、あの行為の時点にまで戻れないのである。

 一点目は情報を送った時間に再び到達するまで『時の超克』を使えなくなること。例えば、一分前から戻った場合、それから一分間は過去に戻れないということである。

 二点目はより大きな欠点である。それは負荷が大きすぎるのだ。本来過去へと戻るには時空コンピュータやナノマシンだけではできず、巨大な魔晶石『転移石』を利用して特定の時間・場所から特定の時間・場所へと送るのである。それを『転移石』の力を借りずに任意の時間から任意の時間へと情報だけといえ過去へと送り届けるのはかなり無理があるのだ。加えて私自身への負荷も大きい。過去に戻るまでに知覚したことや判断したことが不意に一気に脳へと流れ込むのである。その上ナノマシンや時空コンピュータは無理をしている状態なので私の修復や情報整理の手伝いができない状態なのだ。こうして素で膨大な情報に晒された脳が過負荷と混乱に見舞われるのである。リスクを考えると数秒しか戻れない。三分程度戻った時には二週間ほど意識不明となった。ナノマシンをもってしてもそれほどの期間、意識の回復に手が回らなかったのである。

 この時に戻った時間は3秒弱。それでも傍目にもわかる衰弱を見せたのである。



 軽く胴体を真っ二つにされたのをなかったことにしたところで彼我の差は埋まっていない。下手をすれば全力で走るカイトが横をすれ違えば、その衝撃だけで敗北する。それは当時の私も認識していたことである。だからといって組手をやらないという選択肢もなかった。

「ウマ君。はやく会場に行きなさい。体調不良などという言い訳は通用しませんよ」

 教官に急かされるままに私は組手の舞台へと上がった。そして先ほどと同じくカイトが強襲をかけてきた。しかし、そのカイトが目前で止まった。いや、正確には当時の私が止めたのだ。

 原理は簡単である。


 E=mc^2


 十年間にわたって文字通りの血潮をばら撒いたこの空間には大量のナノマシンが散布されていたのだ。あとはナノマシンを利用して量子場を創り、カイトの運動エネルギーを質量へと変換する。以前に先代のバトラーに対して行ったのと同じ方法である。

 眼前へと迫っていたカイトに恐怖した私は一歩二歩と動きを止められているカイトから離れた。……が、それは失敗であった。一瞬でカイトが消えたのである。そして頭上に現れた。『縮地』である。運動エネルギーは質量化されても魔法力という不思議な力を使った瞬間移動は制限できなかったのである。

 カイトの力は未だに制限されていたのか、かなり緩慢な(それでも時速300kmは超えていた)蹴りを繰り出す。当時の私でもその速度なら認識できた。とはいえ、不意打ちであり対応できる速度ではなかった。そして再びあの技を使うこととなる。

『時の超克』

 これによって一秒強を戻った。一秒は瞬間移動や超高速で動く相手には長すぎる時間で無駄が多い。今なら負担を減らすためにコンマ0秒の調節をするが、当時の私にはそこまでの技量はなかったのである。当然、消耗が大きくしばらくは使えない。そして『縮地』が使えるということは魔法は量子場では質量化できないということを意味していた。この時に攻撃魔法を放たれたら消耗したナノマシンでは再生すら覚束ないままに敗北しただろう。勝負一瞬で着いた。


「参った! 降参だ!」


 室内にその様な音が響いた。

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