表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺TUEEEのに無力です  作者:
バトラーの見る夢/前編
15/82

リュート

 リュートは執事の穴の同輩中唯一の年上だった。少なく見積もっても五歳ほど年上に見えた。見た目通りなら入所の時点で二十五歳以上だったということだ。非常に温厚で人の話には真剣に耳を傾ける男だった。引っ張っていく兄貴分という感じではなかった。しかし誰もが安心感と信頼感をもてる年上として執事の穴では慕われていた。

 彼は成績不良で退所処分となった者の愚痴や不満に対して何時間でも付き合った。当初、周りの者は「もう関係がなくなる相手によくやるよ」と呆れと嘲笑を彼に向けていたが、リュートはその様な評価を全く気にしなかった。それどころか「もう会わないからと無関心なのは悲しいじゃないか。これまで一緒に過ごしてきた時間を否定するみたいなものだよ。それに何時間も本心を聞かせてくれるほどに近しくなったと思えば嬉しくないか?」などという始末であった。相手が誰であろうと、どんな状態だろうと終始そのような調子なので、最初は呆れていた同輩たちもやがては一種の尊敬に似た気持ちを抱くようになっていった。この人徳こそが彼の特徴であり、彼は誰に関しても悪く言うことはなく、また誰も彼に関して悪く言うことはなかった。あのゴーダでさえ彼の注意には一応は従う程度には一目置いていた。

 リュートは入所当初から一貫してそこそこ(・・・・)優秀であった。そんな彼が最終グループに残ると予想していた者は皆無であっただろう。最終グループは基本的に非常に優秀な人材が残るのであり、そこそこ(・・・・)優秀程度ではやがて淘汰されるのは目に見えていたからである。当初は凡庸であってもフローラやマルスの様な子供であれば伸びしろに期待をもてるのだが、入所当初から25歳を過ぎていたリュートに伸びしろがあるとは誰も考えていなかった。だが彼は伸びた。フローラやマルスのような急激な伸びではないが常に伸び続け、最後までそこそこ(・・・・)優秀を維持し続けた。そして最後の七人にまで残ったのだ。不自然な順位の維持であり、リュートが実力を隠しているのではないかと疑う者もいた。だが、その様な疑惑はすぐに消えた。なんのことはない。リュートは誰よりも早く起き、誰よりも遅く寝、その間誰よりも努力し続けたのである。年齢というハンデを努力で補い続けたのだ。


 執事の穴に入って5年目の夢を見るときがやってきた。最も嫌なワンシーンのひとつである。

 その時は『縮地』の練習の日であった。私にはもはや『縮地』の練習は不要と判断されていた。私は教官たちと残りの六人の候補生たちが『縮地』に成功し集合場所にやってくるのを待っていた。

 いつもの様にファロスが余裕を湛えながら集合場所へと『縮地』で突如やってきた。それからしばらくしてゴーダ、マルス、フローラがほとんど同時に現れる。ここまではいつものことであった。先代バトラーは戦闘中にも『縮地』を利用していたが、通常は『縮地』に入るまで多少の時間はかかる。さらに集中する必要もあり、移動先も見定めなければならない。普通は戦闘に利用できるような技ではなかった。それを戦闘中に使えたのは『バトラー』のなせる技であり、また、それが可能となれば戦いの幅が一気に広がる。ゆえに基本にして奥義の技なのだろう。

 この時点では戦闘で使えるレベルの『縮地』を習得していたのはファロスくらいであった。もっとも遅れてやってきた三人が使いこなせるようになるのも時間の問題であった。『縮地』の原理はわからないが、その習熟は実力や才能にほぼ比例しているように思われた。努力の人であるリュートもこの頃になると明らかに下位に位置していた。とはいえ、執事の穴の卒業がほぼ内定しているのだから世界的にはトップクラスの実力者である。比較対象が悪いだけなのである。その比較対象との実力差を現すかの様にリュートはゴーダ達から三十分ほど遅れて出現するのが通例であった。

 しかし、この時は違ったのだ。三十分過ぎてもリュートは現れず、四十五分経っても現れなかった。それどころか一時間以上過ぎて姿を現したのはカイトであり、リュートがカイトよりも遅れるなどという前代未聞の事態が発生したのだった。カイトには失礼な話だが、この時になり、ようやく教官を含めた一同は事態の異常性を確信したのであった。


 リュートはすぐに見つかった。出発地から集合地への直線上ではない土の中に埋まっていたのである。普通ならなかなか見つけられなかっただろう。しかし辺り一帯は壁の中だろうが水の中だろうが私から発せられたナノマシンが多かれ少なかれ存在しているのだ。ナノマシンを使わなくても時空コンピュータの観測データでも見つけられたのだろうが、ナノマシンからもたらされる情報により、観測・分析をするまでもなくリュートを見つけたのである。

 そこから救出の穴掘りである。教官が軽く壁を撫でると壁が一気に崩壊し、リュートが十メートルほど先にその姿を現した。


 リュートは大怪我を負い瀕死であった。『縮地』の途中で巨大な魔鉱石にぶつかってしまったのである。これは完全にイレギュラーな事案だったらしく、『私』の過去にも例がないことだった。むしろリュートと衝突し破壊された魔鉱石を『転移石』として、瀬野悠馬の召喚や過去への移動へと使用するケースが多かった。そしてその時の私は、愚かで酷薄なことに目の前の瀕死のリュートと同じくらいに『転移石』の心配をしていたのだった。

 血反吐を吐き散らすリュートに対して一同は無力であった。体中に拡散した『転移石』の欠片によってあらゆる治癒魔法が阻害されたのである。『転移石』の持つ高レベルの魔法力が干渉したのだ。もっとも、仮に『転移石』による阻害がなかったとしても通常の治癒魔法では回復は不可能であったとファロスなどは言っていた。

 そう『通常』なら不可能なのだ。それを勘違いしたバカがリュートの治癒に挑んでしまった。その馬鹿とは、私のことである。ナノマシンを利用すれば即死レベルからも再生できる。それどころか肉片一つからも復活できた。この世界の住民に対しても五月女がナノマシンを含ませた軟膏『虹色軟膏』で後遺症を取り去ったことから通用すると思ったのだ。当時の私は愚かにも『虹色軟膏』はナノマシンを隠すための方便としか思っていなかった。


 私はナノマシンの回復機能を停止した状態で手の平を傷つけると、拳を強く握り、絞り出した血をリュートの口に流し込んだ。

 するとリュートは目を見開いた。喜んだのも束の間、すぐにそれまで以上の吐血と痙攣が始まった。リュートは抑えるのが困難なほどにのたうちまわる。そしてしばらくすると発作は沈静化した。と、次の瞬間再び激しく血を吐きながら七転八倒を開始し始めた。それを何度も何度も繰り返す。

「魔法力の拒絶反応……」

 教官の一人が呟いた。

「ウマの魔法力と相性が悪かったのか、ウマの魔法力を受け止められなかったのか、体内に溶け込んだ『強力な魔鉱石』に対して拒絶反応を示しているのか……。なんにしても気の毒だ」

 別の教官はそう言うや一閃、リュートの首を刎ねた。……が、リュートの首は再び繋がり、痙攣と吐血を再開した。

「これは……。『魔鉱石』の影響なのか?」

 一流の執事でもあり、冷静を常としている教官が焦りを滲ませた。その後、リュートの『安楽死』は数回試みられたが、ついぞ成功することはなかった。


 ……ナノマシンによって創られた『地球人の体』では、この世界の魔法力、その中でも特に強力な『転移石』の力に耐え切れなかったのだ。一種の『魔血病』と表現してもいいのかもしれない。ただし、ベースとなる地球人の肉体では魔法力に対する生物としての抵抗度この世界の住民とは段違いであるために『魔血病』と呼ぶには酷過ぎる症状だった。

 『虹色軟膏』は軟膏によってナノマシンの体内への侵入を防ぐと同時に、七色草の魔法力により強度の炎症を起こしナノマシンの治癒をそちらに振り分ける役割があったのだ。さらに七色草を『地球人化』した体表面に接地させることで徐々に魔法力に慣らす目的があった。数代、数十代にわたる試行錯誤の上で完成した『虹色軟膏』の意味を全く考えなかったのである。


 魔法力による破壊とナノマシンによる蘇生の繰り返しからリュートが解放されたのはそれから三週間後のことであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ