ゴーダ
ゴーダは乱暴者であった。しかも陰湿であり、彼の為に辞めていったバトラー候補たちは両手に余るだろう。しかし、それは彼なりの不器用な優しさとそうせざる得ない境遇にあったからだと理解できたのは夢の中で幾度も反芻したからである。
ゴーダの魔法力は少ない。世間一般ではかなり多い方だろう。執事の穴へと入門した中でも少ない方ではない。しかし最終的に残った七人と比べれば別である。魔法力を持たない私を別にすると圧倒的な少なさだったようだ。私自身は魔法力を感知できないが他の候補者たちの話や組手での動きや魔法力の移動に伴う空気の変動などを総合すると、それは紛れもない事実と感じられた。魔法力はファロスが頭一つか二つ抜けて多い、これは執事の穴へ来た当初から多くの者にとっての共通認識らしかった。魔法力量の第二グループはフローラとマルスである。フローラ、マルスは当初は目立たなかったが成長に伴いメキメキと伸びているという話をしょっちゅう聞いた。それよりやや少ないのがリュート、そこからさらに差が開いてカイト、そして最後にゴーダである。ゴーダは魔法力の少なさというハンデを技術で補い、組手成績のトップを維持していたのである。
ゴーダの出自はわからない。いくつかの噂はあるがどれもあまりよくないものだった。ある者は貴族と呼べないような小さな家の出と噂し、またある者は平民出身で奇跡的に強力な魔力を持って生まれた準貴族であると噂した。また、こんな噂もあった。蛮族の末裔である……と。それも北方のカガチ達のような強力な蛮族ではなく、王国の勢力拡大とともに大陸中央部に移り住んだ蛮族だという。大陸中央部の乾燥地帯は魔法が使えない者にとっては不毛の地である。魔法が使える者であっても好んで住みたい地域ではない。開拓が遅れた中央部に雑多な弱小部族が追いやられ、やがては王国に併合された。その末裔がゴーダだという。なるほど、たしかにゴーダの言葉は大陸内陸部、ナウル地方の辺境部と共通する訛りがあった。もちろんこれは時空コンピュータによって示された結果である。しかし、ゴーダに関する噂は盛んではなかった。なにしろ、彼は噂を耳にすると拳とともに詰問してくるからである。もっとも、それが『噂をされたくないような出自』などと一層の憶測を呼び込んでもいた。
ゴーダは少ない魔法力のせいもあり、すぐに侮られる立場であった。ある意味では噂も侮りの一部だろう。そして噂によっていっそう侮られる。それに抗うには片っ端から噛みつき強気な姿勢を維持し続けなければならなかったのである。
ゴーダがどこで戦闘技術を手に入れたのかはわからない。天性のものだったのかもしれないし、誰かに師事したのかもしれない。あるいは噂通りなら王国に吸収されて消滅した部族に伝わる秘技だったのかもしれない。由来はとにかく、魔法力の移動等の圧倒的な戦闘技術は魔法力多寡の不利を補って余りあるものだった。執事の穴の教官たちは基本的に評価に関係するもの以外には関わらないので、それも相まって彼は暴君として君臨できた。
一方のカイトは七人の中の劣等生であった。執事の穴へと来る前から知っている私としては実に意外であった。しかし、入所して納得する点が多かった。入所前には驚異的だったカイトの動きであったが、あの程度の動きができる者は執事の穴では珍しくもなかった。しかもそれらの人々は既に脱落しているのである。考査の成績は最下位の私の一つ上、下から二番目のことも珍しくはない。いつ追い出されるかわからない成績でありながらも辛うじてここまで残れた感じであった。そして多くの者にとってはなぜ残れているのかと疑問だったようで、落第者が執事の穴の去り際に「なんでお前が残れて俺が駄目なんだ」とカイトに文句を言っている様を見たのも一度や二度ではない。リュートに言わせると私が最下位である影響で「考査の成績を軽視せざるを得ませんね。なにせ成績順に追放すると真っ先に『金溶かし』のあなたを追い出さないといけなくなりますから」などという事態だったらしい。しかし『金溶かし』といったエピソードがなく成績も冴えなかったカイトは残った七人の中で唯一卒業が危ぶまれていた。ここではカイトは落第寸前だったのだ。
「お前はまだ残っていたのか? いい加減に辞めろよ」
「……」
ゴーダは組手の為に向かい合ったカイトに開口一番悪態をついた。対するカイトは無言であった。
「またゴーダはあれをやるのか……」
それを見ていたリュートが溜息交じりに漏らした。
「ゴーダも飽きないというか……もう放っておけばいいのにねぇ」
フローラは呆れたようにそう言った。
「しかしカイトも粘るよなぁ」
マルスは呆れつつも感心した様子であった。
組手はいつもの様にはじまり、いつもの様に展開された。ようするにゴーダによる一方的な蹂躙である。
ゴーダはまずは散々にカイトの足を蹴り動けなくすると、やる必要のないフットワークで横から後ろから手加減をした一撃を次々にお見舞いする。時には小馬鹿にしたような平手打ちを頬に叩き込んで嘲笑した。
「これが俺、いや俺たちとお前の違いだ。ここにいていいのは選ばれた者だけなんだよ。凡人は帰れ」
ゴーダはそう言ってカイトの髪を掴むと地面に叩きつけた。
「力は足りない、技術は足りない、礼儀作法は人並み、座学・魔法も凡庸。そんな奴は執事の穴にいる資格はないんだよ」
ゴーダは地面に伏したまま無言を貫くカイトに足蹴りを放っていく。私から見ると私刑であるが他の者の見方は違うようだった。
「さっさと降参すればいいのにねぇ」
フローラはあくびをしつつ冷たい視線を試合場に向けていた。
「手加減して心を折らない程度の威力にしているんですよ」
マルスはフローラにそう補足した。
「馬鹿だねぇ。ゴーダは心を折にいってるんだよ。下手に強く蹴って意識不明になったら試合が終わるからね。『負け』を口にさせたいか『逃げたくなる』ところまで追い込んでるんでしょ。ご苦労なことで」
フローラはマルスにそう言い返した。
「だけど……やっぱりやめて欲しいなぁ。ファロスもそう思うだろ?」
無理やり立たせたて嬲り続けるゴーダを横目にリュートがファロスに同意を求めた。
「そうだね。私としてもやめて欲しいね」
リュートはファロスの同意が得られたと何度も頷く。
「私の同意はゴーダに向けてだけどね。カイトには辞めて欲しい」
ファロスの捕捉にリュートが一転して渋い顔を作った。私自身はどんな顔だったのだったのかは覚えていない。ただ、ゴーダの私刑は組手に限らず繰り広げられており、思い切って辞めた方が楽なのではないかと考えていたことは覚えている。そしてカイトが辞めてくれれば自分も執事の穴を抜けられるなどということも考えていたはずだ。
「だけどカイトは辞めない。だからゴーダには止めて欲しい。私としてはそんな所かな」
ファロスは興味がないといった感じで本を取り出すとそれを読み始めた。
「カイトも執事の穴に固執しないでさっさと辞めればいいのに」
フローラは興味なさそうになんとはなしに呟いた。
「なんでも『バトラーはどうでもいい。自分は主と故郷の為にここにいるんだ』ってことらしいですよ」
マルスはフローラにそう告げた。聞いたフローラは「バトラーって……」と言って噴き出すと一転して真面目な顔になった。
「カイトの寝言はいいとして、ゴーダはなんだってあんな無意味なことをするんだい?」
フローラは当然の疑問を口にした。
「ゴーダはなんやかんや言って優しいから……」
リュートが迷いながらそう言った。それを聞いたフローラは軽く頷いた。
当時の私にはリュートの言うことが理解できなかった。しかし、今なら理解できる。もしカイトを辞めさせたいだけなら後遺症を負うほどのケガをさせればよいのだ。もし目障りだというのならば、極端な話として殺してしまっても構わなかった。しかしゴーダはそうしなかった。
また、勝つだけなら他の連中がそうやっていた様にさっさと場外に押し出しても構わない。ゴーダはそれすらもせず、カイトに向かって如何に適性がないかを説教しながら暴力を振るっていたのである。
ゴーダはカイトに五体満足なまま退所して欲しかったのかもしれない。執事の穴で三年過ごせれば卒業できるとはいうものの、それは普通に過ごせることが前提の話であり、常にギリギリであったカイトは一歩間違えれば死の危険性もある訓練の日々を過ごしていた。
あるいは単純に、名門ぞろいのバトラー候補たちに鬱屈した気持ちを持っていたゴーダがそのはけ口として利用していただけなのかもしれない。リュートは根っからの善人であり人の悪意を汲み取るのが極端に苦手だったのだ。
組手の試合会場ではゴーダがカイトを面白くなさそうに強く蹴とばし、場外へと押しやっていた。




