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第一章 オープンキャンパス

 大平おおひら大学。

 私立の工学系の大学のなかではそこそこ知られた大学だ。

 平均偏差値は五十後半から六十程度。

 二昔前なら黙っていても受験生が集まり、受験料だけでも莫大な収入になっていた。

 しかし一昔前から少子化の問題を受け始めた。また不況も脱し切れていないこともあって、ほとんどの受験生は、まず国公立を目指すのが普通となっていた。国公立の定員からあぶれた場合、偏差値六十以上の私立大学へ入っていく。結果、大平大学のような中堅クラスの大学は、定員割れを引き起こすようになってきていた。それ以下の大学は早々に廃校に追い込まれた。同時に入学してくる学生の学力の低下が起こり、偏差値の低下がさらに大学を追い込んでいくという悪循環があった。

 打開策はいろいろ考えられた。この大学の場合、専門への特化を強める方向に動いている。

「あれが、キャンパスを縦断しているモノレールです。」

 説明された方向を見ると、二階程度の高さにモノレールのレールがあり、ちょうど車両が通るところだった。十名あまりの若者達がそれを見上げる。

 彼らは受験生だった。オープンキャンパスの日に見学に来たのだ。彼らを案内のバイトを引き受けた在学生が、スケジュール通りに案内している。

「この大学は、高台から山のほうに向かって広がっています。実習棟なんかはここより山のほうにあるので、歩くよりモノレールに乗ったほうが早いのです。」

 パンフレットをひらけていた学生から、感嘆のような声があがる。

「それでは次は、モノレールに乗って実習棟へ行きましょう。」

 ぞろぞろと案内についていく若者達。

 その中でひときわ目立つ存在があった。

 着ている物はベージュのワンピースに鍔の広い帽子という普通の格好。しかし真っ白な長い髪と肌。色眼鏡をかけていても判る瞳の赤さが、集団の中で浮いていた。

 容姿以外にも彼女は目立つ存在だった。いくつものコンピューター系の雑誌や専門誌に載ったことがある。工学部を目指す受験生なら、誰もが知ってるぐらい有名だった。

 彼女の名は、新条紗奈しんじょう さな

 日々情報量がインフレしつづける、インターネットを含むネットワークシステムが抱えた帯域不足という大問題をソフトウェアで解決し、また数多の諸問題を解決しつづける、若き天才プログラマー。プログラマーとしての最高称号である「ウィザード」とその容姿から、「白銀しろがねのウィザード」と呼ばれていた。

 彼女ほどの実力があるなら、なにもこのような二流の大学に来る必要はない。しかし彼女はここにいる。なぜなら彼女は他の見学者と異なり、大学からの招待客だったからだ。

 大学が力を入れている専門への特化。そのためその筋の有望者に手当たりしだい声を掛けていた。しかしそのような大学は他にも沢山あった。事実、紗奈には国内外の百を超える大学から声が掛かっており、もっと偏差値の高い大学も沢山あった。

 彼女がここに見学に来た理由は単純明快だ。

 家に近い。

 それだけである。

 多くの若者が親元から離れたがる時期に、珍しいことに彼女は家からでることを考えてなかった。そのため家から近いこの大学が、一つの選択肢に上がったのだった。

 見学集団が乗ったモノレールがほんの五分ほどでキャンパスを縦断する。その中で友人同士と思われる三人がヒソヒソと話していた。

(おい。声かけてみようぜ)

(ば~か。さっきかけた奴が、ガン無視されたの見てなかったのかよ)

(写真とかだと美人だったのに、かわいくねぇよな)

(ほんと、天才って愛想がないというか……)

 紗奈がヒソヒソ話す男達の方をみると、途端に声が止まった。


(不愉快……)

 望んでアルビノに生まれたのではない。顔つきが整っているのはまあいいとして、できるなら普通に生まれたかった。天才と呼ばれるプログラム技術も、半生を犠牲にして得たものだ。努力したつもりだ。

 陰口をコソコソ叩かれるようなことはしてない。確かに不登校になり、高校にも行かなかったが、成果と結果はきちんとだしている。

 口には出さない。代わりに帽子を深く被りなおす。

 内心憤慨していると、モノレールが駅に着いた。集団がモノレールから降りる。彼女も一緒に降りた。

 駅は校舎に隣接しているので、校舎内を通って一階に降りる。

 そこで全員の動きが止まった。

 目の前にロボットの集団が現れたからだ。

 若者達から再び感嘆の声があがる。紗奈も先ほどの不愉快感が消える程度には驚いた。

 大小様々なロボットがおり、今回のオープンキャンパス用のデモンストレーションではあるが、今まで校舎などの施設を案内されてきたから、実物のインパクトはそれなりにあった。

 小さな、本当に3センチぐらいのネズミ型のロボット数十台が学生達の前に集まり、「ようこそ」の文字を形作る。

 次に四足歩行の犬を模したロボットが走ってくると、尻尾を振って「ワン」と鳴く。

 さらに、腰ぐらいの高さの二足歩行ロボットが逆立ちなどを行う。

 その都度、学生達からどよめきや声援がとぶ。

(コンピュータ制御とサーボを組み合わせてるのよね。シミュレーション上で設計して、パーツの選定すれば、割と簡単にできそう)

 紗奈は最初こそ驚いたものの、実際の動きを見るとやはり学生らしいというか、製品レベル以下の代物しかないため急速に興味を失っていた。

 二足歩行する人間大の大きさのロボット、顔だけが本物の人間のように作られている、が笑みを浮かべてお辞儀をする。

 それが最後だと誰もが思った。正面にいるロボットはそれで全てだったから。

 ウィン……ガシャン、ウィン……ガシャン……

 異音がした。今までのロボット達の動作音とは明らかに異なる低音。

 全員が音のした方向、自分達の右斜め後ろを見る。

 そこに二メートルを超える巨体があった。

 ウィン……ガシャン、ウィン……ガシャン……

 ぎこちない動きで、それが歩いてくる。二足歩行をしており、さらに信じがたいことに人が乗っていた。巨体は彼の動きに合わせるように手足を動かして、歩いてくる。

 パワードスーツと呼ばれる類の代物だ。全高は頭部が無いのに二メートル半近く。自重は人が乗ってるのとスチールフレームのため、二百キロ近くありそうだった。

 それが後ろから登場したのは、あまりの巨体故に他のロボット達と並べると違和感がありすぎたからだった。そのため後方に隠れて出番を待っていたのだ。

 しかし事情を知らない若者達から、先ほどと異なった呻きに似た声が漏れる。それの巨大さに圧倒されている。

(韋駄天二号?)

 それの肩に名前と思しき文字列があった。

 「韋駄天二号」は見学の学生達の前まで歩くと、その場で方向転換する。乗ってる人はなかなかしんどそうではあるが、何とかバランスをとりながら正面を向く。

 そして他のロボットが韋駄天の前にすかさず並んだ。

 ロボット工学科のデモンストレーションは、そのインパクトを締めとして成功で終わりそうだった。

「ロボット工学科は総合学科です。集団の情報処理、物理計算、素材工学、この大きいもののようにコンピュータ制御無しの機械制御など。ありとあらゆる学問の集合です」

 案内役が棒読みで解説を読み上げた。

(コンピュータ制御無し?)

 紗奈は今日、一番驚いていた。ネットやプログラム、電子の世界に浸かって育った彼女にとって、コンピュータは存在して当たり前のものだった。無いことを想像したことはない。そしてコンピュータ無しでこれほどの機械が、二足歩行ロボットが動くことに、素直に驚いた。

(ワイヤーで人と本体を繋いでいる? でも、サーボモータの制御はどうやって? オートバランサーも無いなら、乗っている人がバランスをとっている? それでできるの?)

 常識外のシロモノに俄然興味が沸き、彼女はそれを隅々まで観察する。

 その時、見上げていた紗奈の眼に、あるものが写った。それはテニスボールだった。おそらく向こうに見える運動場から飛んできたものだろう。

 ゴン。

 それが鈍い音を立てて、韋駄天の背中に当たった。

 グラリ……

 ほんの僅かに、誰も、搭乗者すら気づかないほど、僅かに傾いた。

 たががテニスボール。重さは五十グラム。二百キロ近いの韋駄天には誤差のようなものだっただろう。

 しかし、その誤差を補正する機構が、韋駄天に存在しなかった。

 徐々にバランスが崩れ、気づいた搭乗者が慌てて平衡を保とうと右足を前に出した。

 そこには丁度犬のロボットがいた。

『あ』

 幾人もの声が重なる。

 韋駄天は躓いた。

 二メートル半、二百キロの巨体が傾いでいく。

「わあああ」

「避けろ!逃げろ!」

「ちょ、おま」

「危ない!」

 バキゴキドガメキャ、ズズーン。

 いくつものロボットを巻き込んで粉砕しつつ、韋駄天が地響きを立てて倒れこんだ。


「大惨事だね」

 下駄を履いた初老の男性が「惨事」を見ながら言った。後頭部近くまで禿げ上がり、歳相応に残りの髪も灰色にまで退色している。小柄ながら腰はまっすぐしていて動きはまだ達者そうだ。白衣を着ており、大学の関係者であることが雰囲気でわかる。

「ええ」

 若い男が答える。

 目の前の「惨事」、ひっくり返った韋駄天と巻き込まれたロボット達。下敷きになったロボットは、重さに耐えかねてかなり壊れているようだ。韋駄天自身も倒れこんだ際、異音がしたのでフレームが歪んだ可能性がある。

「デモンストレーションとしては、インパクトはあっただろうね」

「……」

「荒川君。機械制御は限界があるんじゃないかな?」

「……」

 荒川と呼ばれた若い男は黙っていた。頬と額に貼り付けた絆創膏から血が滲んでいる。

 彼の名前は荒川一志あらかわ ひとしという。今回のデモンストレーションの際の韋駄天の搭乗者だった。また設計、製作者でもある。二回生ではあるが、成績優秀なのと、ある特例により研究室に出入りが許されている、いわゆる優等生だった。

「……躓かなければ、まだ立てたんですよ」

「それは、惨事がこの程度だから言えることだね。もし見学者が巻き込まれていたら、同じことが言えるかい?」

 一志はボサボサの髪を掻き揚げるように頭をかいた。

 あの時、倒れる韋駄天に乗っていた一志が、一番恐怖を味わった。ゆっくりと、しかしどうしようもなく地球の引力に引かれて倒れていく。右足は犬のロボットに引っかかり、左足は自重が載っているため動かすことができない状態。倒れる直前に腕で支えようにも、今の韋駄天には上半身にパワードが存在しない。単なる人力の張りぼてなため、一志の腕力では韋駄天の転倒を受け止めることはできなかった。

 自分が倒れる機械に乗っていた恐怖もあるが、誰かを巻き込むことはそれ以上の恐怖だった。幸い見学者が逃げるように下がったため、だれも怪我一つしなかった。

 初老の男、笹原ささはら教授に指摘されるまでもなく判っていた。大型機械はこれではだめなのだ。安全であることが、全ての機械に求められる最低限の仕様なのだから。

「クレーン来たので、手伝ってきます」

 小型のクレーンのついたタイプの軽トラが「惨事」の横に止まった。

「怪我人なんだから、無茶しないように」


(韋駄天……か)

 紗奈は自分の部屋のベッドで寝そべっていた。

 帰ってから軽くネットを調べたが、どこにもあのパワードスーツの情報は無かった。今回が初のお披露目ぐらいだったのだろう。

(二号と言うから、一号の情報あっても良さそうだけど……)

 似たような、パワーアシストスーツの類はすでに実用化されており、その情報は多く集まった。しかしそれらは人の力をアシストするのが目的なため、大きさは人と同じ程度。韋駄天のような巨体を動かすようなものは無かった。

(ちょっと、おもしろいかも)

 紗奈の中に、あの時沸いた興味が少しだけ残った。

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