本編第6話「私はヒモにはなりません!」、ゼット視点
「いらっしゃいませー」
俺はサチカの手を引いて服屋に入る。シュースターが、ここが一番女性に人気のお店だと言っていたから。一番というのも頷けるほど外観、内観ともに清潔感が良く、大きい。店員がいい笑顔で迎え、所せましと服が置かれている。きょろきょろとしているサチカに手を離して言う。
「まずは服から買う。好きな服を選んできていい」
『はい! ちょっと待ってて下さいね』
女性用の服が置いてある棚に行き、選び出しているサチカを見てふうっと溜息を吐く。先程のことを思い出して内心、ほんの少しだけ空しさと悲しさが湧き上がった。
サチカの言うとおり、自分で頑張りたいという気持は分かるし、俺に迷惑をかけたくないという気持ちも分かっている。勘違いしていたが、サチカは子供と呼ばれる歳でもなく、記憶喪失だからと言ってそれに負けることなく自分をしっかりと持っている。それでもサチカの力になりたいと思う自分をいらないと言われているみたいで悲しかった。
サチカを見ているとどうしてだか何かしてやりたくなってしまう。もう一度溜息を吐いた俺に先程の店員が声を掛けてくる。
「彼女さんですか? 一緒に来るなんて仲がいいんですねっ」
「……いや、彼女じゃない。メリルに来たばかりで、カバンを盗まれてしまってな。服も何も持ってないから買いにきたんだ」
「そうですかぁー。あの容姿や服装から見て他国の方ですねー。メリルの服を気に入ってくれるといいんですがぁ」
あの格好では目立つか。早く着替えた方がいいかもしれないと思った時、サチカが1つだけ籠を持って寄ってくる。ちょっと待て。
『ゼットさん、選びましたよ。結構多くなっちゃったんですけど、大丈夫ですか?』
「……」
『ゼットさーんっ、どうしたんすか。やっぱ多いっすかね?ちょっと返して……』
何も反応のしない俺にサチカが申し訳なさそうに服を返してこようと踵を返そうとするから、慌ててかごをひったくって中を確認する。
白の半袖を2枚、上に羽織るのだろう黒の長袖のオープンシャツを1枚、同じくサイズが合いそうな黒のスラックスを1枚と半ズボンを1枚、パンツは2枚。女性の下着まで確認してしまったのは普段の俺だったらやらないだろうし、失礼だと思う。だがこれは仕方ないだろう? メリルは暖かい気候をしている、だからこそ替えの服は必要なはずだ。しかし少ない。女というものは着飾りたいものじゃないのか?
小さな声で「パンツも入ってるんですけどー」と微妙な顔をしたサチカを置いて、隣で唖然とした女性店員に話しかける。
「……悪いが、こいつに似合いそうな服を上下持ってきてくれるか?あるだけ全部」
「はい、喜んで! ちょっとー、手伝ってー」
すぐさま店員が店の奥に叫び、3人の女性が出てくる。最初からいた店員が3人に何かを話すと、4人がそれぞれ動きだした。分担して服を持ってきてくれ、それを受け取り、サチカに押し当てて考える。サチカに任せたのが間違いだった。
サチカに似合いそうな服はカウンターに置いていく。すっかり俺と女性店員の連携に置いてけぼりになってしまったサチカだったが、俺が選んでるのが自分の服だと気付き、慌てるように俺の腕を掴む。
『ちょっとゼットさん! こんなにいらないですよっ』
そんなことを言いだすサチカに何言ってるんだと思ってしまう。本気であれだけでいいと思っているのだろうか。サチカに服を押し当て、少しだけ語気を強める。
「必要だ! 女なんだぞ、普通だったら着飾りたいだろう? なのにこんなしゃれっ気もないものを……。遠慮しているならそんなの捨ててしまえ」
『遠慮とかじゃなくてですね……、聞いてくださーいっ』
俺を止めようと必死に話すサチカだが、俺だって譲れないものはある。そしてここで引いてしまっていいわけない。服を押し当てて選んでいる俺を援護するかのように店員がサチカに似合いそうな服をどんどん持ってくる。さすがにプロだけあって良いセンスをしているな。
「この水色のワンピースはどうですか? お連れの方の髪色と目によく似合いますわ」
「それとこのマーメイドスカートもいいわね」
「いやだわー、この子肌白いしモチモチしてるー。こっちのベストとチュニックも似合うわ」
「全部くれ」
『待ってー!! 私の話も聞いてくださーいっ』
聞くか。いいから買わせてくれ。
結局俺はお勧めされた服を全部買った。何度サチカがいらないと言っても譲らなかった。
自分を褒めたくなるが、それでも買ったものを両手に持つ俺にサチカが申し訳なさそうに顔を歪ませた為言ってやった。
「サチカの要望に答えた。これぐらいはさせて貰わなくては俺のプライドが傷つく」
その言葉にサチカは言葉を詰まらせた。ほんの少しだけ、先程感じていた空しさや悲しさが無くなる。それでもまだ完全に無くなったわけではない。この気持ちをなくすために、この後もサチカに必要なものは俺が選ぼう。次は靴だな。
心なしか、顔をひきつらせたサチカに笑った。
「次は靴屋だな」
「マジか!」 と叫んだサチカを背に靴屋へと向かう。
そう言えば、女の買い物に付き合ったり、ましてや選ぶなんて久しぶりだった。懐かしい声が少し聞こえた気がした。
「――ぃちゃん」
あぁ、久しぶりだ。この声を想い出したのも、こんな切なくて懐かしい気持が胸を締め付けるのも。
遠慮なんていらない。私をもっと必要として!
(I do not need refrain. Me as more necessary!)