だとしても、きみを救いたい
「僕は弱い」
と、もう一人のミロンは呟いた。
その言葉を耳にして、ミロンは当然驚愕した。もう一人のミロンは、そのようなことを口にする性格ではないからだ。
何処か子ども染みていて、けれども全てを見下した不遜な性格。
それが自らを弱いと定義した。
「所詮、僕は紛い物でしかない。言うなれば『紛い者』さ。対存在なんだ」
もう一人のミロンは、よくわからないことを語り続ける。これはミロンを油断させる為に言っているのだろうか、とミロンは勘繰る。
「弱い者が損をする。あは。この世界はそういう風に創られているんだよ」
ミロンも、それには同意する。
強ければ、何度ミロンが思っただろうか。
何度強さを願っただろうか。
「きみが欲しいものを手に入れる為には、全てを捩伏せる必要がある」
もう一人のミロンは、歌うように語りながら、地面からブラックジャックを抜く。
ブラックジャックとは、皮に砂などを込めて絞り、棒状にした武器である。推理小説の凶器として有名だ。
殺傷能力は、暗器として使えばそこそこだが、正面から使うには威力が足りない。
そのような武器を手に取った理由は、手に取るようにわかる。ただミロンをいたぶる為だ。
ミロンもそれがわかったのか、地面から鎌を引き抜いた。
「きみが笑う為には、全てを壊すしかない。生きていく為には、他を殺す必要がある」
もう一人のミロンがブラックジャックを乱暴に叩きつけてくる。ミロンはそれを鎌で受けるが、ブラックジャックの放つ独特な衝撃で手が痺れた。
「あは! 仲間を守る為には敵を壊さなくちゃいけない。心を守る為には肉体を壊さなくてはいけない。きみがきみでいる為には、僕を壊さなくちゃならない!」
そう、ともう一人のミロンは叫ぶ。
「この世の全ては裏表!」
自分を害されない為に、他者を害する力を得る。確かに、それができれば傷つくことはないのかもしれない。
だが、ミロンはそうは思わない。
「……違うよ」
ミロンは鎌をもう一人へのミロンに向けて振るった。その一撃は容易く回避されるが、ミロンは気にせずに素早く攻撃を続ける。
「ぼくはそんな中途半端な力は要らない」
「中途半端?」
高速の近接戦を続行しつつ、ミロンは言葉を口にする。
「他の人を傷付ける為だけの力なんて、そんなつまらない力、ぼくはほしくない」
ミロンは望む。
他人を傷付ける力ではなく、他人を守れる力を。
ミロンは今まで、沢山の『創り者』を見てきた。
沢山の『壊れ者』を見てきた。
沢山の機人を見てきた。
確かに、悪い奴はいた。
だけれども、ミロンにはこう思えて仕方がないのだ。
みんなに幸せになって欲しい、と。
ミロンが欲しいのは、敵を傷付ける為だけのちっぽけな力ではない。
ミロンが欲しいのは、敵すら救える程の強力な力なのだ。ただ強くなりたい訳ではない。
そのような強さなら、不要だ。
ミロンは何でも救えるような、そういう力が欲しいのだ。
「甘いよ。その考えは、あまりにも甘い!」
「甘くても良いよ」
その甘さすらも許容できるほどの強さが欲しいのだから。
今すぐには手に入らない。そのようなことは理解している。武器を一つや二つ手にしたところで、変わるとは思えない。
だが、諦める訳にはいかない。そう、ネリーに言ったのだから。
だから、
「行くよ!」
ミロンの手がもう一人のミロンによって蹴り上げられる。その反動で、ミロンは鎌を離してしまう。
しかし、それには意を介さなかった。
ミロンは背後へと飛び、地面からハルバードを抜いた。
「またそれかい? そんなもの、役には立たないよ!」
けれども、もう一人のミロンも、ミロンのハルバード使いは知っているのだろう。
ブラックジャックを捨て去り、地面から剣を引き抜いた。
「ぼくは諦めたくない」
ミロンがハルバードを巧みに回す。自身の肉体を軸として、身体の周囲を回すように、ハルバードを操る。
途中、鋭い金属音が鳴った。
「何、今の音は?」
ミロンは答えない。代わりに、ハルバードを持ったまま、突進を繰り出した。
穂先を下に向けて、一気に距離を詰める。
「きみの理想は、理想論でしかないんだ」
「そりゃあ、理想だからね」
剣とハルバードがぶつかり合う。
力尽くで振るわれるハルバードは、しかし確かなテクニックを内包していた。
ミロンは馬鹿ではない。人並み以上には、観察眼はある。
どうハルバードを扱えば、敵が困るのかを理解できる。それはミロン自身が怖がりだからだ。
何をされれば怖いのか、彼にはわかる。
ハルバードによる振り下ろし、直後に柄の部分での打ち付け、蹴り。
ハルバードを回し、鋭い薙ぎ払いを放つ。
それらは全て、剣によって軽々と受け止められる。それでもミロンの怒涛の攻撃は止まない。
その攻撃は嵐のようであった。
互いに真剣な表情で、武器と武器を合わせて、火花を散らし合う。
もう一人のミロンは、無論手加減をしていた。だが、一撃とて許すつもりはないようだ。
「味方も敵も救うなんて、あり得ない。戯言さ。僕はそのようなこと認めない」
「きみはさっき、きみを壊さないとぼくがぼくで居られないって言ってたよね」
ミロンは優しげに笑った。
「ぼくはきみも救いたい」
「……な」
刹那の間、もう一人のミロンの顔が呆気に取られていた。しかし、すぐさま表情を引き締めると、ミロンのハルバードを弾き飛ばした。
「僕はきみの表になる。あは、僕はきみをここで壊す!」
「いいや」
ミロンは自身の背中から短剣を抜いた。
先程、ハルバードを振り回した時、不自然な金属音が鳴った。あの時に、ミロンはこれを仕込んでいたのだ。
ハルバードで短剣を弾き、飛ばし、自身の背中に短剣を突き刺したのである。
ミロンが手にしたのは、スティレット。
前回の夢の中の戦いで、ハルバードを手放す理由となった武器である。
その武器の形は、まるで十字架のようであった。先端は異様なまでに尖り、例え鎧越しであろうとも刃を通しそうであった。
スティレットは、武器としては優れていない。しかし、スティレットは正確には武器ではない。
いや、武器ではある。
しかし、その用途は戦うためのものではなく、対象にトドメを刺すために使われる。
重傷を負い、苦しむ敵を苦しみから解放するための武器。
その独特な使用法から、スティレットは『慈悲の一撃』を与えるという意味で、ミセリコルデとも呼ばれている。
スティレットによる思わぬ一撃が、もう一人のミロンへと襲いかかった。
武器情報はWikipediaで調べました。




