そうやって、彼は教える
アリアは一人、迷っていた。迷う、とはいっても道に迷った訳ではない。
これからどうするか、ということを迷っていたのである。
「一週間で強くなる」
それはとても難しい。
アリアの戦闘方法は、至極単純。力で捩伏せる。ただそれだけなのである。
攻撃が命中すれば、アリアは大抵の敵を撃破できる自負があった。一撃必殺である。
しかし、最近はまともに攻撃を命中させることもできていない。
これはネリーチーム共通の弱点であるのだが、能力が強力過ぎて扱い切れていないのだ。
ネリーは小細工やテクニックが足らず、ツェツィーリヤには決定力が足らず(もっとも、彼はサポーターとしての仕事は完璧にこなしているのだが)、ミロンは魔法の才に頼り切りで魔法を扱えていない。
エレノアは能力に甘え、その力を多く無駄にしている。
アリアはその怪力によって振り回されている。
「武器が欲しいのでございます」
当然のことながら、武器は素手よりも強い。
その素手が格闘技の域に達しているのならば話は変わるが、大体の場合に於いて、武器というのは強力なのだ。
アリアが素手でいるのは、格闘技ができるからではない。
寧ろ、その対極と言ってもよいだろう。
彼女の場合は、ただ力で身体を振り回しているだけに過ぎない。
彼女が素手でいるのは、武器が持てないからである。例え鉄で作った武器だとしても、アリアはそれを軽く握り潰すことができる。
アリアの怪力は武器になるが、武器を奪う要因ともなっているのだ。
「武器、武器、武器」
願ったところで、手には入らない。しかし、願わずにはいられなかった。
機人の本能は、奉仕欲で満たされていた。
本当ならば、機人に戦闘能力は必要ない。祭子のような者が主人だったのならば、戦闘をする機会も滅多にないだろう。
だが、アリアの主人はミロンなのだ。
ミロンとて、本当は戦闘など望まないが、それでも彼は戦わなくてはならない境遇である。
であれば、機人としての本望とは、ミロンの矛となること。
彼の身を護衛すること。
それだけである。
故に、アリアは武器を求める。
自身が手にできないものを願ってしまう。
「あれ? アリア!」
アリアが夢想していると、前方から明るい声がした。その声は、アリアの耳に取って何よりも大切なものである。
「御主人様」
ミロンとは、目的が違うので先程別行動を始めたばかりであった。
「どうしてこんなところにいるの?」
前方から現れたミロンは、その両手いっぱいに紙袋を抱えていた。機人として、代わりに持ちたいところだが、それをやってしまうと紙袋の運命は爆散のみとなってしまう。
気持ちを堪えて、主人の最初の問いに答えを返す。
「強くなる方法を考えておりました」
「なるほどね」
アリアは、ミロンが抱えている紙袋の中身が気になった。けれども、わざわざ自らの好奇心を満たす為だけに、主人に手間を取らせるアリアではない。
しかし、ミロンはアリアの視線に気付いたのか、紙袋の中身をアリアへと見せつけた。
「ほら、見てよ。これ、果物だよね」
紙袋の中身はぶどうであった。
とはいえ、そのぶどうの大きさは、一粒一粒がりんごのように大きかった。明らかに異様な形をしている。
この世界にも、希少ではあるが果物が存在する。しかし、形と味が一致するものは少ない。
「さっき、お店で買ったんだ。今から武器屋さんに行って、ぼくに合った武器を探そうと思うんだけど、ただじゃ悪いからさ」
果物はお礼の一つなのだろう。
「それにね。これ、美味しいんだよ」
そう言って、ミロンはぶどうを一粒頬張った。果汁が溢れたのだろうか。ミロンの頬が僅かに膨らむ。
そして、本当に美味しそうにはにかんだ。
「アリアも一粒どう?」
機人は食事を必要とはしない。しかし、主人から勧められたものを断れる筈もない。
何より、アリアの最愛の主人が美味しいといったものを共有したかった。
ぶどうがアリアの手のひらにおかれる。
アリアはそれを半ば無意識のうちに握り込んでしまった。
余程、嬉しかったのだろう。
だが、それが裏目に出た。
ぶどうはあっさりと、潰れてしまった。大量の果汁が、アリアの指の間から零れ落ちていく。
アリアは顔を真っ青にして、即座にその場に平伏した。
「申し訳ありません!」
「あはは。また、やっちゃったね。でもさ、ほら」
と、ミロンが新たなぶどうを取り出した。それから、彼はぶどうを自分の手で握り潰してしまった。
アリアと同様に、指の隙間から果汁が流れ出す。
けれども、ミロンは笑ったまま、手のひらを天へと掲げた。
そして、自らの指の隙間から零れ落ちる果汁を飲んだ。
「きみだって、水分は握り潰せないよね。というか、このやり取り、前もやらなかったっけ?」
「水は……握り潰せない」
ミロンの言葉を聴いて、アリアはふと思い浮かんだ。
アリアにも、握り潰せないものはある。それで武器をコーティングしてしまえばよいのだ。
そうすれば、アリアは武器を握ることができる。
そう。アリアが潰せないもの。
例えば……『高嶺の荊』などで。
「御主人様。またもや、ありがとうございます!」
「え? 何、急に?」
アリアの武器が決定した。




