だからこそ、彼女は
ミロンたちは瞬時に、敵の取った作戦の脅威度を理解した。
『創り者』には、食事が必要ではない。
何かを飲まずとも、生存することができる。補給一切なしでも、『創り者』は困らないのだ。
故に、籠城は非常に厄介な手である。
特に、『高嶺の荊』の中に籠城されるのは、最悪と言っても良かった。
「ネリー!」
「わかっているわ」
髪が急激に伸び、部屋中を乱舞しようとした。しかし、それはできなかった。
ネリーの周囲にも、『高嶺の荊』が展開されていたのだ。ネリーは現在、小さな部屋に閉じ込められたも同然であった。
ネリーは方針を転換して、床を攻撃した。だが、床の下にも透明の壁が設置されていた。
「……これは」
「ちっ! 俺もだ」
「あたしは大丈夫っす」
ネリーとツェツィーリヤは完全に閉じ込められていて、エレノアのみが唯一囲いが不完全だったようである。
良い情報だというのに、エレノアは自分だけ仲間外れが嫌だったのだろうか。床に膝を着いていた。
「あたしだけ壁の外。透明の壁を取り外して、持ってこれたら良いのに……」
それは何気ない一言であった。だが、ミロンにとっては、そうではない。逆転の一手へ繋がる発想であった。
エレノアの面倒臭さが役に立った瞬間であった。
「それだよ、エレノア!」
「あたしが仲間外れってことっすか?」
「そっちじゃないよ。透明の壁を取り外してって所さ」
「ん?」
ミロンはエレノアに微笑みかけた後、ツェツィーリヤへと視線を向けた。
その視線を受けて、ツェツィーリヤが戸惑った。ミロンの言いたいことを察したのであろう。
「マジかよ、ミロン?」
「マジだよ。マジでマジだよ。マジマジだよ」
ごくり、とツェツィーリヤは息を飲む。
ミロンの言いたいことは要約すると、『高嶺の荊』をツェツィーリヤの『自作する災厄の匣』で回収できないか、ということである。
ツェツィーリヤは自宅すらも簡単に回収してみせた。
彼にとっては、敵の城塞とて紙も同然。
全て等しく、一撃で、回収することができる。
「できるのか? 相手は絶対に壊れない壁だぞ? 『高嶺の荊』だぞ?」
「やってみないと、わからない」
だな、とツェツィーリヤは応じることにした。
絶対に壊れない壁。それはツェツィーリヤの能力とは矛盾しない。
ツェツィーリヤが壁に口付した。そして、直後に走り出す。
「……っ! いけた!」
その光景を見て、一番驚いたのはナルーであった。彼女は慟哭して、更に壁を貼り直す。
その全てが、ツェツィーリヤによって回収される。
何度も透明の壁に対して、ツェツィーリヤがキスをする。透明の壁故、ミロンにはツェツィーリヤが只管キス顏を晒しているようにしか見えない。
彼の可愛らしい容姿も相まって、ミロンは非常に闘志に燃えた。
やがて、室内の壁が全て取り除かれる。ナルーを覆う、四枚の壁を除いて。
「来るな、来るな、来るな!」
「いや、行くぜ」
相性というものがある。
それは格下が格上を倒す上で、大切な要素の一つである。ツェツィーリヤの能力と祭子の能力は、あまりにも相性が悪かった。
ツェツィーリヤが格段に有利であった。
壁が一枚、剥がされる。
すぐにナルーは壁を貼り直したが、それも剥がされる。
その上、そこでナルーの能力使用限度が訪れた。祭子の首から、熟れた銀杏のようにボトリと首が落ちる。ナルーと祭子を繋いでいた首の部分は、完全に腐っていた。
「嫌だ。私は綺麗になりたかっただけなのに。お洒落をしたかっただけなのに……」
頭部だけになると、彼女の顔は元のものに戻った。
自由に顔を変えられる能力は、おそらく能力が発動しているとき、つまりは乗っ取っている最中にしか使えないのだろう。
歯と舌、鼻を使ってナルーはゆっくりとツェツィーリヤから距離を取ろうとした。
だが、ツェツィーリヤは止まらない。
銃を構えて、ナルーへと迫る。
「待ってよ、ツェツィーリヤ」
それを止めたのは、ミロンであった。彼はナルーの前に立ち、優し気にツェツィーリヤへと話しかける。
「彼女はぼくたちと同じ『創り者』だよ。まだ壊れてない。彼女は仲間なんだ」
ナルーは罪を犯した。
罰は与えるべきであるが、壊す程のことでもない。と、ミロンは判断したのだ。
ナルーには、情状酌量の余地があると思える。
ミロンは異業種ではないのでわからない。
しかし、百分の一でも、ミロンにはナルーの気持ちがわかるのだ。
だからこそ、ミロンはナルーの前に立つ。
「許そう、とまでは言えないのかもしれないけど、でも仲間を壊すのは駄目だよ」
ミロンには見えない。
彼の背後で、ナルーが瞳に涙を浮かべているのが。
クーマ・マーガロイアにはミャウがいた。
けれども、ナルーには誰もいなかった。
構わないのだよ、と。
どのような容姿でも、構わないのだよ、と。
そのような簡単な言葉を掛けられたことが、ナルーには一度もなかったのだ。
仲間、なんていう言葉を自分に対して向けられたことは、彼女にとっては凄まじく嬉しいことなのだった。
彼女は自身にコンプレックスを抱き、人との関わり合いを最小限にしてきていた。
それ故に、彼女は今まで優しい言葉一つかけられるタイミングがなかった。
だからこそ、ナルーは暴走したのかもしれない。自分一人の世界に閉じ籠り、周囲から距離を置いていた。
本当は、誰よりも認められたかったのに。
「ぼくはナルーを助けたい」
ミロンの宣言に対して、その場にいたネリーとツェツィーリヤ、エレノアが苦笑を漏らした。
こいつはどれ程までにお人好しなのだ、と笑ったのである。
だが、
「ミロン。舐めてんのか?」
ツェツィーリヤは表情を一転させて、そうミロンに問い掛けた。




