哀れな親子
「私たちは当たりなのよ」
と、ネリーは妊婦を始末してすぐに呟いた。彼女はミロンへと向き直り、彼の残った方の瞳を深く覗き込む。
「初めて自分の姿を見る時」
「……なるほどね」
ミロンはその言葉だけで理解できた。
初めて己の姿を見た時、ミロンは大きく動揺した。だが、心が壊れるには至らなかった。
それは、ミロンの造形が美しかったからである。確かに不気味ではあったが、見た目に関して言えば悪くはなかった。
「自分の容姿があそこまでの化け物になっていたら、普通は精神が保たないわ」
妊婦の姿を改めて見やる。
その姿はどう見ても化け物であった。
「……彼女。よっぽど赤ちゃんに会いたかったんだね」
「そうね」
「死んだ方が幸せなこともあるのかな? 彼女はこれから先、どれだけ生きても赤ちゃんには会えない訳だし」
「いいえ」
と、ネリーは意外な言葉を告げてきた。
「会えるの?」
「違うわ。そっちじゃない。兄様、私たち『創り者』や『壊れ者』は死なないわ」
ネリーの言葉を待っていたかのように、妊婦が立ち上がった。全身の至る所を損傷し、焼け焦げさせながら、妊婦は立ち上がる。
「赤、ちゃん。ワタ、シ」
紅い、紅い血液が妊婦の瞳から絶え間なく流れ続けている。
ミロンの肉体が恐怖で硬直する。
その隙を狙ったのか、妊婦が低空を爆走する。
「ひぃ」
「こっちよ」
ネリーの髪がミロンを掴み上げる。身体が焼け付く激痛に悲鳴を上げつつ、ミロンは妊婦の姿を見る。
そこには異変が一つ起きていた。
妊婦の巨大な腹が、裂けていたのである。
「あ」
そして、見える。見えてしまう。
中で血だらけになっている胎児の姿が。小さな小さな眼光が、ミロンを見据えていた。
全身の神経が逆立てられたかのような感覚。
しかし、ミロンはその胎児から目を反らせなかった。
「赤ちゃん! 赤ちゃん!」
「……何で」
ミロンはその時、初めて恐怖からではない言葉を口にした。
声音は震えている。だが、それは恐怖や痛みからではなかった。
「何でだよ!」
「兄様?」
ミロンは泣いていた。
恐怖からではない。その涙はただ哀れな親子の為だけに、流されていた。
両目からは絶えず、涙が溢れる。潰れた筈の瞳は、紅い光を放っていた。
「あんまりじゃないか」
ミロンは目の前の悲劇に対して、涙を流しているのだ。
それは異様なことである。
己の命を奪おうとしていた化け物の為に、ミロンは涙を流しているのだから。
「こんなに赤ちゃんが大好きなお母さんなのに、どうして、自分のお腹にいる赤ちゃんに気付いてあげられないの?」
「赤ちゃ、ん。ワタシの大事な、赤ちゃん。ド、コ?」
「ネリー。お願い。彼女を止めて上げて。彼女の動きを、止めろ」
反論を許さぬミロンの口調に、ネリーが一瞬硬直する。今までのミロンは、一言で言えば情けなかった。
だが、今のミロンはまるで別人のようであった。
強い訳ではない。
何かが変わった訳ではない。
彼の両手は相変わらず、恐怖に打ち震えている。だが、彼の意思は固かった。
ミロンの瞳は逃げていなかった。
「あの光は」
ネリーは小さく呟いた。
「あれは神々の死体?」
「ネリー!」
ミロンの叫びに呼応して、ネリーは『命ノ灯』の火力を上昇させる。
ミロンの前に立ち、防御を行う。
「兄様。何か考えがあるの?」
ネリーの実力だと、目の前の妊婦は敵ではない。やろうと思えば、即殺できる。
それをやらないのには、幾つか理由がある。
一つ目の理由は、ミロンに『壊れ者』がどういう存在なのかをはっきりと知って欲しかったから。
二つ目の理由は、これからミロンが何をするのかが気になったからである。
「ない!」
ミロンの断言に、ネリーは声を失う。それなのに、ミロンは続ける。
「だけど、言いたいことなら、ある」
前に立つネリーの肩を押しのけ、ミロンは敢えて前へと出る。
ミロンをよく知らない人間が見れば、彼が豹変したように思えるだろう。
しかし、それは違う。
ミロン・アケディは臆病だ。少し錯乱してしまえば、女の子に怒鳴ってしまうほどに弱い人間だ。
だが、同時にミロン・アケディは誰よりも優しかった。見ず知らずの、敵の為にすら涙を流してしまう程に。彼の心は善良であった。
「聴いて。悲しかったんでしょう?」
「ドコ? ドコおおおお」
「多分、貴女の様子を見ればわかる。赤ちゃんがお腹の中で、死んじゃったんだよね」
「あ。あああああ! 違う! ワタシの赤ちゃんは、死んで、ない!」
「辛いよね。でも、だからって、他の人を傷付けて良いの? そんなこと、赤ちゃんが望むの?」
ミロンの声はどんどん大きくなっていく。
「貴女はお母さんだ! だったら、赤ちゃんに誇れる貴女でいろよ!」
「……ぁああ」
「認めてあげてよ。ショックだったのはわかる。でもね、お腹の中の赤ちゃんのことを認めてあげてよ」
赤ちゃんを捜す行為。
それはお腹の中の赤ちゃんの存在を認めないということになる。
生まれた赤ちゃんの命を否定することになる。ミロンはそのようなこと、悲しくて許せなかった。
「赤ちゃんが死んじゃったのは、貴女が悪い訳じゃない。お腹の赤ちゃんだって、悪くない! もし仮に何かが悪いとしたら運が悪いんだ」
だから、何も責めないで。
赤ちゃんの為にも、貴女が狂っちゃいけないんだ。
そう、ミロンは声高々に主張した。彼のそのような懸命な声を聴き、妊婦が動く。




