表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
かつてゲームの大魔王  作者: 一崎
第一章 ミロン・アケディが恐れること
8/113

哀れな親子

「私たちは当たりなのよ」


 と、ネリーは妊婦を始末してすぐに呟いた。彼女はミロンへと向き直り、彼の残った方の瞳を深く覗き込む。


「初めて自分の姿を見る時」

「……なるほどね」


 ミロンはその言葉だけで理解できた。

 初めて己の姿を見た時、ミロンは大きく動揺した。だが、心が壊れるには至らなかった。


 それは、ミロンの造形が美しかったからである。確かに不気味ではあったが、見た目に関して言えば悪くはなかった。


「自分の容姿があそこまでの化け物になっていたら、普通は精神が保たないわ」


 妊婦の姿を改めて見やる。

 その姿はどう見ても化け物であった。


「……彼女。よっぽど赤ちゃんに会いたかったんだね」

「そうね」

「死んだ方が幸せなこともあるのかな? 彼女はこれから先、どれだけ生きても赤ちゃんには会えない訳だし」

「いいえ」


 と、ネリーは意外な言葉を告げてきた。


「会えるの?」

「違うわ。そっちじゃない。兄様、私たち『創り者』や『壊れ者』は死なないわ」


 ネリーの言葉を待っていたかのように、妊婦が立ち上がった。全身の至る所を損傷し、焼け焦げさせながら、妊婦は立ち上がる。


「赤、ちゃん。ワタ、シ」


 紅い、紅い血液が妊婦の瞳から絶え間なく流れ続けている。

 ミロンの肉体が恐怖で硬直する。


 その隙を狙ったのか、妊婦が低空を爆走する。


「ひぃ」

「こっちよ」


 ネリーの髪がミロンを掴み上げる。身体が焼け付く激痛に悲鳴を上げつつ、ミロンは妊婦の姿を見る。


 そこには異変が一つ起きていた。


 妊婦の巨大な腹が、裂けていたのである。


「あ」


 そして、見える。見えてしまう。

 中で血だらけになっている胎児の姿が。小さな小さな眼光が、ミロンを見据えていた。


 全身の神経が逆立てられたかのような感覚。

 しかし、ミロンはその胎児から目を反らせなかった。


「赤ちゃん! 赤ちゃん!」

「……何で」


 ミロンはその時、初めて恐怖からではない言葉を口にした。


 声音は震えている。だが、それは恐怖や痛みからではなかった。


「何でだよ!」

「兄様?」


 ミロンは泣いていた。

 恐怖からではない。その涙はただ哀れな親子の為だけに、流されていた。

 両目からは絶えず、涙が溢れる。潰れた筈の瞳は、紅い光を放っていた。


「あんまりじゃないか」


 ミロンは目の前の悲劇に対して、涙を流しているのだ。

 それは異様なことである。

 己の命を奪おうとしていた化け物の為に、ミロンは涙を流しているのだから。


「こんなに赤ちゃんが大好きなお母さんなのに、どうして、自分のお腹にいる赤ちゃんに気付いてあげられないの?」

「赤ちゃ、ん。ワタシの大事な、赤ちゃん。ド、コ?」

「ネリー。お願い。彼女を止めて上げて。彼女の動きを、止めろ」


 反論を許さぬミロンの口調に、ネリーが一瞬硬直する。今までのミロンは、一言で言えば情けなかった。


 だが、今のミロンはまるで別人のようであった。


 強い訳ではない。

 何かが変わった訳ではない。


 彼の両手は相変わらず、恐怖に打ち震えている。だが、彼の意思は固かった。

 ミロンの瞳は逃げていなかった。


「あの光は」


 ネリーは小さく呟いた。


「あれは神々の死体(ホラーチャーム)?」

「ネリー!」


 ミロンの叫びに呼応して、ネリーは『命ノ灯(アラハ・ハール)』の火力を上昇させる。

 ミロンの前に立ち、防御を行う。


「兄様。何か考えがあるの?」


 ネリーの実力だと、目の前の妊婦は敵ではない。やろうと思えば、即殺できる。

 それをやらないのには、幾つか理由がある。


 一つ目の理由は、ミロンに『壊れ者』がどういう存在なのかをはっきりと知って欲しかったから。


 二つ目の理由は、これからミロンが何をするのかが気になったからである。


「ない!」


 ミロンの断言に、ネリーは声を失う。それなのに、ミロンは続ける。


「だけど、言いたいことなら、ある」


 前に立つネリーの肩を押しのけ、ミロンは敢えて前へと出る。


 ミロンをよく知らない人間が見れば、彼が豹変したように思えるだろう。

 しかし、それは違う。


 ミロン・アケディは臆病だ。少し錯乱してしまえば、女の子に怒鳴ってしまうほどに弱い人間だ。

 だが、同時にミロン・アケディは誰よりも優しかった。見ず知らずの、敵の為にすら涙を流してしまう程に。彼の心は善良であった。


「聴いて。悲しかったんでしょう?」

「ドコ? ドコおおおお」

「多分、貴女の様子を見ればわかる。赤ちゃんがお腹の中で、死んじゃったんだよね」

「あ。あああああ! 違う! ワタシの赤ちゃんは、死んで、ない!」

「辛いよね。でも、だからって、他の人を傷付けて良いの? そんなこと、赤ちゃんが望むの?」


 ミロンの声はどんどん大きくなっていく。


「貴女はお母さんだ! だったら、赤ちゃんに誇れる貴女でいろよ!」

「……ぁああ」

「認めてあげてよ。ショックだったのはわかる。でもね、お腹の中の赤ちゃんのことを認めてあげてよ」


 赤ちゃんを捜す行為。

 それはお腹の中の赤ちゃんの存在を認めないということになる。


 生まれた赤ちゃんの命を否定することになる。ミロンはそのようなこと、悲しくて許せなかった。


「赤ちゃんが死んじゃったのは、貴女が悪い訳じゃない。お腹の赤ちゃんだって、悪くない! もし仮に何かが悪いとしたら運が悪いんだ」


 だから、何も責めないで。


 赤ちゃんの為にも、貴女が狂っちゃいけないんだ。


 そう、ミロンは声高々に主張した。彼のそのような懸命な声を聴き、妊婦が動く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ