弑虐と懇願
あは、とミロンらしき者は無邪気に嘲笑った。
その形相に、アルルは怯えを見せた。
逃げ出そうにも、アルルの足はびくりともしない。恐怖故に動かない訳ではない。
アルルには、ミロンらしき者の能力が朧げに見え始めているようだ。
震える唇で、アルルは呟いた。
「……魔力を操る、能力」
「違うよ」
ミロンらしき者は、とうとうアルルの眼前にまで迫っていた。
彼はアルルの頬に触れる。
好機と見て、アルルは能力を使用しようとした様子であった。だが、ミロンらしき者が倒れることはない。
「きみを見て、ふと思い出したんだけど、この肉体のファーストキスは霧島くんだったんだよね……」
至極残念そうな顔をミロンらしき者は作った。それから、まあいいかと笑い飛ばす。
「けど、もうそのようなことがないように」
ミロンらしき者は、アルルの唇に指を付けた。
「これは取っておこう」
力尽くで、ミロンらしき者がアルルの唇を引き千切った。歯茎が露出し、歯が血液に染まっていく。
「後、きみの口癖? 語頭に『見た』とか『聴いた』とか。そういうの付けるの。僕ね、そういう安易な個性付け、嫌いなんだ」
と、ミロンらしき者はアルルの眼球に教鞭を突き立てた。
アルルの絶叫が、崩壊しかけの第二ドームに木霊した。それを意に介さず、残った目に指を入れる。
「どうせ、誰も気付いてないよ? きみの口癖。あは。まあ、でも、努力は認める」
次は耳を引き千切る。
アルルの能力は、一切機能しない。
「きみが余りにも憐れだから、教えて上げるよ。名は『弑虐ノ法』で能力は……能力を使わせる能力さ」
答えを耳にして、アルルは様々な答えに辿り着いたのだろう。
ミロンらしき者の能力の凶悪さに思い至り、その表情を青く染めた。
ミロンらしき者が行ったことは単純明快である。
魔法という敵の能力に干渉し、外れるように放った。
足が地面を蹴る勢いを止め、動きを止めた。
そして、攻撃が普通に命中したのは、
「一時的に、俺の息の根を止めていた……」
「正解。死んだら、能力も何もないものね」
ミロンらしき者が行った瞬間移動じみた移動方法も、アルルの意識を奪い、ゆっくりと歩いて背後へ回ったに過ぎない。
もっとも、今のミロンの身体能力ならば、そのようなことをせずとも似たようなことが可能ではあるのだが。
「僕は敵が強ければ強い程強くなる」
アルルにとって、あは、という笑み声は、まるで地獄から滲み出る鬼の呻き声である。
表情を引き攣らせ、夢中で魔法を放つ。
その全てが、ミロンらしき者を恐れるかのように避けていく。『操作』を勝手に使われているのだ。
「魔力。後どれくらい残ってるのかな?」
「来るなああああああ!」
威勢の良い台詞とは反対に、アルルの魔法は全てが後方へと撒き散らされていた。
どころか、ミロンらしき者は無理矢理『喚起』まで行使させた。
無数の小石や水、炎が放たれていく。
「やめろ。やめてくれ」
「見て見て。ほら……墓穴だよ?」
ミロンらしき者が、アルルの魔力を使用して生み出したのは、巨大な墓であった。
悪趣味なオブジェクトが完成したことにより、ミロンらしき者はころころと笑う。
「まだ魔力が切れないんだね。先に魔道具が全部壊れちゃうなんて」
「頼む。許してくれ。俺はお前を救おうと。いや、違うか。貴方とは敵対しているのか。わかった。俺は貴方側に付く! どうだ? 俺は強い。見てくれ」
唇を失った虚空が、パクパクと命乞いをする。実に惨めな光景ではあるが、アルルは必死であった。
「ちなみに、きみの息の根を止める能力。燃費悪いね? 後、何回使えるかな?」
「情報も渡す。戦力にもなる!」
「後。三回ってところだね? ほら、さーん」
「謝る! ネリー・ナイトラウの肉体を弄んだことも。他のことも! それに、俺はまだ手を出しちゃいない。ちょっと服を剥いただけで」
「にーい」
「助けてくれ! 俺は救いたかっただけだろうが!?」
「だね」
そこで、ミロンらしき者は止まった。
それから優し気な眼差しを浮かべる。
「きみは役に立ちそうだ」
「そうだ。俺は情報もあるし、強い。だから、貴方の選択は正しい」
ミロンらしき者が、アルルの前に立つ。そして、手を伸ばした。
アルルもそれに倣って、手を伸ばす。
だが、
「でも、要らないや」
ミロンらしき者の腕が、アルルの胸に突き立った。そして、それと同時に残り僅かなアルルの魔力を体内で掻き混ぜる。
人体をミキサーにかければ、こうなるのだろうか。
アルルの胸の肉が刹那でミンチになり、周囲にビチビチと肉片を散らす。
内臓や骨、筋肉、脂肪が混ざり、汚い物質が撒き散らされる。
紅い赤い。
肉片が生まれた。
「うん。じゃあ」
と、ミロンらしき者はアルルから興味を失ったのか、背を向けた。
そして、何が起きているのか全く理解できずに、口を開けているネリーの元に近寄った。
「王子様の到着だよ」
そう言うと、何の遠慮もなく、ネリーを抱き締めた。
「やめて。貴方は兄様じゃないわ」
「ん? どうしてさ。僕はミロン・アケディだよ」
「違うわ。貴方は私の知っている兄様じゃないもの」
「ふーん。なるほどね。流石は主人公。ヒロインを堕とすのは得意なのかな」
「何を言っているの?」
「別に良いじゃない。僕がミロンくんじゃなくてもさ。僕の方が強いし、頼り甲斐があるよ?」
「私は……兄様が好きなの」
ミロンらしき者が表情を引き攣らせた。抱き締めたネリーが言った台詞が効いた訳ではない。
ミロンらしき者の首筋に、雫が落ちたのである。冷たい、けれども生暖かい、液体。
それは涙であった。
「兄様を何処へやったの?」
「ネリーちゃん。泣いているのかい?」
「兄様を返して」
「そうか。そういうことか。ミロンくんとの契約は、ネリーちゃんを助けること。泣かしてしまったら、助けたことにはならない、か」
ミロンらしき者は、自虐色に顔を染めた。それから、今までの態度が嘘のように、本当に優しく、ネリーの髪を撫でた。
「狙ってやった訳じゃないだろう。まったく、ミロンくんの変な所で優しい性格が幸いした形か。良いよ」
ミロンらしき者の髪が金に染まっていく。一部は白く色が抜けていく。
「今回はきみの勝ちだ、ミロンくん。ああ、後、ネリーちゃん。アルルくんの心臓だけを後で抜き取っておくんだよ」
そう言い残すと、ミロンらしき者はカクン、とその場に落ちた。
ミロンの顔面が容赦なく地面にぶつかり、そのまま彼は意識を失った。




