覚醒と圧倒
ミロンは意識を持っていた。
見える。
仲間が自分を守るために無理をして、やられていく様が。
見える。
アルルが醜く笑い、ネリーの肉体を弄ぶ姿が。
悔しかった。
悔しくて、涙が零れる。花火の教えも役に立ちはしない。
(ぼくが弱いから)
『そうだよ』
(ぼくが負けたから)
『そうだね』
立ち上がろうにも、身体が一切言うことを聞かない。肉体は回復した筈なのに、どうしても身体が動かなかった。
左の瞳が痛い。
神経を滅茶苦茶に弄られて、鑢でもかけられているのかと疑う程の激痛であった。
『ねぇ、ミロンくん』
脳内で、己の声が木霊する。その声は優し気で、しかし、果てしなくミロンを見下していた。
まるで、飼い犬にでも話しかけるかのように、その声はミロンの耳を擽る。
『このままじゃあ、みんな壊れちゃうね』
(嫌だ)
『全部全部全部、壊れてしまうね? きみのせいで。きみが弱いから。きみにはまだ手が、瞳が、僕があるというのに。それを出し惜しんだから、みんな壊れるんだ』
(助けてよ。お願いだ)
嫌だ、と声が脳で木霊した。
どうして、とミロンは泣き叫ぶ。
脳内の声は、ゆったりとした口調で告げてくる。
『だって、その方が面白いもん』
何を言っているのだ、とミロンは怒鳴り声を上げる。普段の温厚な彼も、この緊急事態に於いては身を潜めていた。
『僕はね、ミロンくん。きみに……早く。壊れて欲しいんだ』
(きみは誰なんだ)
『まあ、でも。そうだね。僕の可愛いヒロインが、他の男に触れられているのも面白くないな』
ヒロイン、という言葉が、ミロンの頭で木霊する。
『力が欲しい? 可愛いネリーちゃんを守れるくらいの、力が欲しい?』
ミロンは頷く。
頷くしかなかった。
何でも良かった。
自分がどうなろうと、もうどうでも良かった。ネリーが助かるなら、仲間たちが笑えるのならば、ミロンはそれで構わなかった。
『だったら、僕に身を任せて? ほら、きみは頑張ったよ。後は、僕に任せて、死ね』
(約束して。ネリーを助けるって)
ミロンの懇願に対して、声は失笑を零した。
『それがきみの望むクリア条件なら。従おう。僕の可愛い支配者くん。そして、僕の愚かな子どもよ』
ミロンの肉体が、見る見る変化していく。『創り』変えられていく。
幼気な顔付きは徐々に精悍なものとなり、少年というよりは青年といったような容姿へと変わる。
身長が伸び、僅かながら筋肉が増えていく。
髪は伸び、両目が隠れる。後ろ髪は伸び続け、地面に触れる所まで伸びてようやく成長を止める。
瞳の色が、両目とも鮮血色に変貌する。
白混じりの金の頭髪が、漆黒に穢れていく。
そして、ミロンは起き上がった。その勢いで、眼鏡がはずれた。
起き上がったミロンらしき者は、全てを冒涜するかのような、蔑っするような瞳で世界を舐め回した。
「……あっは。久し振りの娑婆だねえ」
「見えてはいるが……何者だ、お前は」
「僕かい? 見ての通り、ミロン・アケディだけど? 何々? きみの目って、節穴? だったら、もう要らないよね?」
「何を言っ……」
アルルの肉体が、吹き飛ばされていた。ボールのように、地面を何度も跳ねる。
「蹴られた!?」
「サッカーだね! 知ってる? ボールを蹴る遊び!!」
アルルの背後へと、ミロンらしき者が現れた。余りにも速い動きに、アルルは目で追うことすらできなかった。
そして、
「あは! きみ、最高のボールだね? ほら、頭とか超丸い!」
アルルは頭部を蹴り抜かれていた。
「何が起こっている!? 俺の『停滞した新世界』が機能していない? 能力を無効化する神々の死体か!」
「違うよ」
笑いを込めた、おちゃらけた否定の声。
「それはルーナの能力だろう? 間違わないでよ。ま、仕方がないか。土下座するなら、教えて上げる」
アルルは未知の敵に対して、恐怖を覚えた。『創り者』になって以来、初めて覚えた明確な痛みに、パニックになっているのだ。
無数の氷柱が、ミロンらしき者の頭上に展開される。
それら全てが投下されるが、結果は歴然であった。
「わお。僕、有名人になった気分だよ」
氷柱全てが、地面に突き立つ。
ミロンらしき者を避けて、である。
氷柱はミロンらしき者の両脇に突き立ち、一つの道を作り出した。
アルルへと一直線に続く道である。
「氷が避けた?」
「……あは」
嗜虐心に満ちた、残酷な表情をミロンらしき者は浮かべた。
そして、敢えてゆっくりと、アルルへと近寄っていく。
途中、ミロンが落としていた魔道書を拾う。
「あは。これ凄い。原初の魔印そっくりだね。これなら、あれが使えるかも」
ミャウが作った、歪んだ魔印をミロンらしき者は絶賛した。教鞭を拾うと、彼はページではなく、魔道書本体を突いた。
「さぁ、遊べ。『連鎖』!」
顕現されしは、激しく己を喰い合う雷撃であった。
「見えているのに。何だ、それは。魔印で雷を起こすだと? それはあり得ない」
「あは。きみたちの主人は、こんなことも教えてないの? ま、いっか」
電撃が放たれる。
アルルは慌てたように、生まれて初めて生命の危機を感じて、防御行為を行った。魔法による氷の壁が張り巡らされる。
だが、氷の壁は呆気なく破壊され、そして、アルルの防御すらも突破される。
アルルが、全身を黒焦げに変えられた。
「うん。良い魔印師だね。一流なんてものじゃないな。最高だよ。ね? きみもそう思うだろう、アルルくん」
「止めろ。来るな!」
「あは。じゃあ。逃がしてあげる。ぼくはきみを追わない」
言葉を信じた訳ではないだろうが、アルルは首を背後へと向けて、逃げ出そうとする。
だが、アルルの足は動かなかった。
「この力! まさか、貴方は!」
「多分、正解」
心底楽しそうに、ミロンらしき者は口元を歪めるのであった。




