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かつてゲームの大魔王  作者: 一崎
第一章 ミロン・アケディが恐れること
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高さ

 出口はすぐそこであった。

 錆び切った鉄の出口が見えた。それは数十メートルはある鋼鉄の門である。


 その巨大さに、ミロンは圧倒されていた。


「こんなに巨大な門を人が作ったんだね」

「凄いわね」

「で、どうやって出るの?」


 先程のことをできるだけ忘れようと、ミロンは努めて明るく問うた。

 何も思わなかった訳ではない。だが、ミロンは理解している。

 ネリーは悪くないのだ、と。


 だが、ミロンが比較的落ち着いていられるのは、現状をきちんと把握できていないからである。


 彼自身はそのことに気が付いていない。


 ミロンの質問に、ネリーはあっさりと答える。


「あそこに穴を開けたので、門を開く必要はないわ」

「え? 何処?」

「あそこ」


 指で示すこともなく、ネリーは告げてくる。ミロンはキョロキョロと周囲を見渡して、穴を探す。


 果たして、穴は上にあった。


「あんなに高い所、どうやっていくの?」

「背が伸びるまで待つ」

「え!」

「……冗談。わかり辛い?」

「……いや、びっくりしただけ」


 そう、とネリーは肩を落としながら返事した。気を遣ってくれているのだろう。


「う、うん! じゃあ、ぼくは牛乳を飲むよ!」

「『創り者』は背が伸びない。無意味よ。後、牛乳を飲んでも大してカルシウムは得られないわ」

「お、おう」

「それにしても、あまり驚かないのね」

「何が?」

「自分の体が、何処の馬の骨とも知らぬ死体で創られていると知ったのに」

「し、死体?」


 ミロンは思わず、自身の肉体を眺めてしまう。この肉体のパーツとなった人間を思い浮かべる。しかし、あまりにも荒唐無稽な話で、ついていくことができない。


 それは幸運なことであった。

 完全に意味を理解していたのならば、ミロンの脆い精神は壊れてしまっていたかもしれない。


 ミロンの肉体は、端的に言うとゾンビである。様々な人間の肉体で作られた化け物だ。

 その事実を、ミロンは頭ではわかりながらも、理解できていないのだ。

 故に、壊れない。


 彼は化け物になっているのだと、わからない。


「さ、行こう。ずっとここにいる訳にもいかないわ」


 彼女はそう言うと、髪を伸ばしていく。白銀の髪が高い場所に開けられた穴に届く。


「へえ。燃やさずに髪を伸ばせるんだね」

「普通は無理よ。結構、キツイの」


 ネリーは無表情で、けれども額から大量の汗を流していた。無理をしていることが、視覚的にあっさりと認識できた。


 ネリーの髪が伸びてきて、ミロンの肉体を優しく包み込む。

 僅かに熱気を帯びた髪に巻かれながら、ミロンはできるだけ肉体の力を抜く。少しでも、負担を減らす為の行為である。


 ミロンの心配をよそに、ネリーの髪はあっさりと彼の肉体を持ち上げた。


 穴にかけられていた髪に、ネリーとミロンは手繰り寄せられる。あっという間に、彼らは穴に足を置いた。


「凄いね、きみの髪」

「……えっへん」

「きみってさ。天然さん?」

「天然物ではなく、人工物よ?」

「おーけー。わかったよ」


 脳内メモに、ネリー・ナイトラウの新情報を更新しつつも、ミロンは頭を掻く。


「後は降りるだけ、だね」

「うん」


 じゃあ、と言ってネリーは穴から飛び降りた。地面に難なく着地する。

 この高さから降りて、人体が平気である筈がない。

 ミロンは慌てて、下のネリーへと声をかける。


「何してるの!? 大丈夫? 痛くない?」

「私は『創り者』だから。この位は平気」

「そ、そうか」


 ホッと、ミロンは胸を撫で下ろす。

 ネリーの無事を喜んでいたミロンであったが、彼は一つの違和感に気が付き、引き攣る声で質問を投げかける。


「あのー。ぼくはどうやってそっちへ行くのかな?」

「飛び降りて」

「ええ!」

「大丈夫。痛くない。『創り者』の痛覚は抑えられている」

「滅茶苦茶不安なんだけど」


 少し前に、突然現れた眼球の痛みを思い出す。あの地獄のような痛みを想像すると、痛覚が抑えられているという言葉に説得力は皆無であった。


 胡乱な者を見る目つきで、ミロンはネリーを観察する。彼女は口を三角形にして、無言でミロンを待っている。


「こ、怖いんだけど」

「大丈夫。落ちても、両足が潰れるくらい。ぐちゃー、って」

「怖いんだけど!」

「……冗談。わかり辛い?」

「滅茶苦茶ね!」


 震えるミロンを見かねてか、ネリーが髪を展開してくれる。

 ずっとここにいても仕方がないことは、ミロンにもわかっている。

 ネリーの髪の能力は信頼に値する。だからこそ、ミロンは意を決して飛んだ。


 空中で、ミロンは絶叫を上げ続ける。無意味とわかっていても、無意識のうちに両手両足がバタバタともがく。


 ネリーの髪が伸びてくる。その髪は彼の肉体をキャッチしようとして、そして、失敗していた。


「うえ?」

「……ぁ」


 ミロンの肉体が地面に叩きつけられる。直後、筆舌に尽くしがたい程の激痛がミロンの肉体を駆け巡る。


 潰れた蛙のように、ミロンは舌を出して地面に伸びる。

 想像していた痛みと比べると、確かに痛みは少なかった。けれども、その痛みはミロンから余裕を奪うのに十分であった。


「痛い! 痛い! や、やだ。止めて」


 ミロンは瞳の痛みの時から、痛みに対して過度の恐怖を持っている。それはトラウマとも言えるだろう。

 錯乱したように、ミロンは頭を抑え、そして潰した方の瞳を抑える。


「兄様? そんなに痛いの? それはおかしい」

「あああ!」


 ミロンの指が、潰れた方の瞳へと伸びる。

 ネリーは彼が何をしようとしているのかわからなかった。だから止めようもなかった。


 ミロンは潰れた眼球へと、再度指を突き入れたのである。


 尻尾を踏まれた猫のように、壮絶な悲鳴をミロンは上げる。身体が痙攣している。

 だが、それから彼は大人しくなった。


 滝のような汗を掻きながらも、自力で起き上がる。


「嘘吐き」


 ぼそり、とミロンはそっぽを向いて呟いた。


 彼の苦言を聴き、ネリーは顔を青ざめさせながら謝罪する。

 表情は変わらないが、よく顔色を変える少女だなぁ、と場違いなことをミロンは思った。


 その時であった。

 彼が呑気なことを考えているのを咎めるかのように、事態は発生した。


 最初に異変に気がついたのは、驚くべきことにミロンであった。潰した筈の瞳が鈍く痛んだのだ。


 痛みはすぐに引いた。

 だが、その時にはもう遅かった。


「何だよ。あれ」


 ミロンの視線に気が付き、ネリーもそちらを見やる。

 彼女は一度、表情を暗くする。しかし、それも一瞬のことであり、すぐに表情が引き締められた。

 ネリーは、溜息を吐きながら『命ノ灯(アラハ・ハール)』を起動する。


「『壊れ者』よ」

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