高さ
出口はすぐそこであった。
錆び切った鉄の出口が見えた。それは数十メートルはある鋼鉄の門である。
その巨大さに、ミロンは圧倒されていた。
「こんなに巨大な門を人が作ったんだね」
「凄いわね」
「で、どうやって出るの?」
先程のことをできるだけ忘れようと、ミロンは努めて明るく問うた。
何も思わなかった訳ではない。だが、ミロンは理解している。
ネリーは悪くないのだ、と。
だが、ミロンが比較的落ち着いていられるのは、現状をきちんと把握できていないからである。
彼自身はそのことに気が付いていない。
ミロンの質問に、ネリーはあっさりと答える。
「あそこに穴を開けたので、門を開く必要はないわ」
「え? 何処?」
「あそこ」
指で示すこともなく、ネリーは告げてくる。ミロンはキョロキョロと周囲を見渡して、穴を探す。
果たして、穴は上にあった。
「あんなに高い所、どうやっていくの?」
「背が伸びるまで待つ」
「え!」
「……冗談。わかり辛い?」
「……いや、びっくりしただけ」
そう、とネリーは肩を落としながら返事した。気を遣ってくれているのだろう。
「う、うん! じゃあ、ぼくは牛乳を飲むよ!」
「『創り者』は背が伸びない。無意味よ。後、牛乳を飲んでも大してカルシウムは得られないわ」
「お、おう」
「それにしても、あまり驚かないのね」
「何が?」
「自分の体が、何処の馬の骨とも知らぬ死体で創られていると知ったのに」
「し、死体?」
ミロンは思わず、自身の肉体を眺めてしまう。この肉体のパーツとなった人間を思い浮かべる。しかし、あまりにも荒唐無稽な話で、ついていくことができない。
それは幸運なことであった。
完全に意味を理解していたのならば、ミロンの脆い精神は壊れてしまっていたかもしれない。
ミロンの肉体は、端的に言うとゾンビである。様々な人間の肉体で作られた化け物だ。
その事実を、ミロンは頭ではわかりながらも、理解できていないのだ。
故に、壊れない。
彼は化け物になっているのだと、わからない。
「さ、行こう。ずっとここにいる訳にもいかないわ」
彼女はそう言うと、髪を伸ばしていく。白銀の髪が高い場所に開けられた穴に届く。
「へえ。燃やさずに髪を伸ばせるんだね」
「普通は無理よ。結構、キツイの」
ネリーは無表情で、けれども額から大量の汗を流していた。無理をしていることが、視覚的にあっさりと認識できた。
ネリーの髪が伸びてきて、ミロンの肉体を優しく包み込む。
僅かに熱気を帯びた髪に巻かれながら、ミロンはできるだけ肉体の力を抜く。少しでも、負担を減らす為の行為である。
ミロンの心配をよそに、ネリーの髪はあっさりと彼の肉体を持ち上げた。
穴にかけられていた髪に、ネリーとミロンは手繰り寄せられる。あっという間に、彼らは穴に足を置いた。
「凄いね、きみの髪」
「……えっへん」
「きみってさ。天然さん?」
「天然物ではなく、人工物よ?」
「おーけー。わかったよ」
脳内メモに、ネリー・ナイトラウの新情報を更新しつつも、ミロンは頭を掻く。
「後は降りるだけ、だね」
「うん」
じゃあ、と言ってネリーは穴から飛び降りた。地面に難なく着地する。
この高さから降りて、人体が平気である筈がない。
ミロンは慌てて、下のネリーへと声をかける。
「何してるの!? 大丈夫? 痛くない?」
「私は『創り者』だから。この位は平気」
「そ、そうか」
ホッと、ミロンは胸を撫で下ろす。
ネリーの無事を喜んでいたミロンであったが、彼は一つの違和感に気が付き、引き攣る声で質問を投げかける。
「あのー。ぼくはどうやってそっちへ行くのかな?」
「飛び降りて」
「ええ!」
「大丈夫。痛くない。『創り者』の痛覚は抑えられている」
「滅茶苦茶不安なんだけど」
少し前に、突然現れた眼球の痛みを思い出す。あの地獄のような痛みを想像すると、痛覚が抑えられているという言葉に説得力は皆無であった。
胡乱な者を見る目つきで、ミロンはネリーを観察する。彼女は口を三角形にして、無言でミロンを待っている。
「こ、怖いんだけど」
「大丈夫。落ちても、両足が潰れるくらい。ぐちゃー、って」
「怖いんだけど!」
「……冗談。わかり辛い?」
「滅茶苦茶ね!」
震えるミロンを見かねてか、ネリーが髪を展開してくれる。
ずっとここにいても仕方がないことは、ミロンにもわかっている。
ネリーの髪の能力は信頼に値する。だからこそ、ミロンは意を決して飛んだ。
空中で、ミロンは絶叫を上げ続ける。無意味とわかっていても、無意識のうちに両手両足がバタバタともがく。
ネリーの髪が伸びてくる。その髪は彼の肉体をキャッチしようとして、そして、失敗していた。
「うえ?」
「……ぁ」
ミロンの肉体が地面に叩きつけられる。直後、筆舌に尽くしがたい程の激痛がミロンの肉体を駆け巡る。
潰れた蛙のように、ミロンは舌を出して地面に伸びる。
想像していた痛みと比べると、確かに痛みは少なかった。けれども、その痛みはミロンから余裕を奪うのに十分であった。
「痛い! 痛い! や、やだ。止めて」
ミロンは瞳の痛みの時から、痛みに対して過度の恐怖を持っている。それはトラウマとも言えるだろう。
錯乱したように、ミロンは頭を抑え、そして潰した方の瞳を抑える。
「兄様? そんなに痛いの? それはおかしい」
「あああ!」
ミロンの指が、潰れた方の瞳へと伸びる。
ネリーは彼が何をしようとしているのかわからなかった。だから止めようもなかった。
ミロンは潰れた眼球へと、再度指を突き入れたのである。
尻尾を踏まれた猫のように、壮絶な悲鳴をミロンは上げる。身体が痙攣している。
だが、それから彼は大人しくなった。
滝のような汗を掻きながらも、自力で起き上がる。
「嘘吐き」
ぼそり、とミロンはそっぽを向いて呟いた。
彼の苦言を聴き、ネリーは顔を青ざめさせながら謝罪する。
表情は変わらないが、よく顔色を変える少女だなぁ、と場違いなことをミロンは思った。
その時であった。
彼が呑気なことを考えているのを咎めるかのように、事態は発生した。
最初に異変に気がついたのは、驚くべきことにミロンであった。潰した筈の瞳が鈍く痛んだのだ。
痛みはすぐに引いた。
だが、その時にはもう遅かった。
「何だよ。あれ」
ミロンの視線に気が付き、ネリーもそちらを見やる。
彼女は一度、表情を暗くする。しかし、それも一瞬のことであり、すぐに表情が引き締められた。
ネリーは、溜息を吐きながら『命ノ灯』を起動する。
「『壊れ者』よ」




