壊れと意識
「おにい、『あ行の三』」
ミャウが囁いた、直後に地を蹴った。
地面が爆ぜ、その代償にミャウを加速させる。
一息で敵の眼前に現れると、身を捩り、渾身の回し蹴りを放った。
『壊れ者』……アルル・ベアトーの顔面に容赦のない安全靴による蹴りが炸裂した。
更に、ミャウは一切の加減をしない。
魔道具である安全靴から炎を『喚起』する。そこに『操作』を重ねて、爆撃を放った。
爆風と爆煙が、周囲を満たす。
「雑魚は爆ぜてろ」
荒い口調で、ミャウが言い捨てる。その表情は嗜虐心に満ちた、恐ろしい形に歪んでいた。
だが、
「聴け。俺に敵対する意思はない。寧ろ、その逆なんだ」
ミャウの全力を全身に浴びていながらも、アルルは平然としていた。
どころか、その場から一歩たりとも動いていない。顔面を安全靴で踏まれながらも、アルルは平然と話す。
「俺たちは、お前たちを救いたい」
「ミャウから離れろ」
ミャウは全力を放ったことにより、隙だらけであった。だが、その隙を埋めるかのように、クーマの足が振りかざされていた。
マーガロイア兄妹の連携フォーメーション『あ行の三』とは、ミャウが後先を考えない一撃を放ち、生まれた隙をクーマがすかさず埋めるだけの連携だ。
しかし、単純故に、強力であった。
クーマのスパイク付きの足が、アルルの頭頂部へと振り下ろされた。
「何!?」
が、クーマの足はアルルに傷一つ付けられなかった。ただ、頭の上に、クーマの足が触れただけのように、ミロンには見えた。
「ちっ!」
舌打ちの直後、クーマはミャウを他の足で掴み上げ、その場から離脱させる。
素早く距離を取り、報告した。
「おそらく、ガルム系だね」
ガルム、防御を司る神である。
「攻撃した感触から推理するに、能力は『勢いを止めること』だね」
「うんうん、私っちもそう思うよ、よ! 私っちの全力を受けて、一歩も動かないなんて有り得ないしね」
マーガロイア兄妹は、素早く敵の能力を暴いていく。
それが事実かはわからないが、けれども、攻撃の勢いが止められるということは事実のようである。
「見たぞ。中々の実力者のようだ。けれども『壊れ者』を舐めているな?」
「兄様、構えて」
ネリーの忠告と同時に、アルルが動いた。
『限界状態』
口から涎や泡を噴き出しながら、アルルが高速の突進を敢行してきた。
足が地面を踏む度に、盛大な骨折の音が耳に入ってくる。
骨を折りながらの突撃はあまりにも速い。
アリアに匹敵する速度であった。
「兄様、追撃を。……『命ノ灯』!」
炎の髪が、アルルとの間に設置された。流石のアルルも止まるかと思われたが、そのようなことはなかった。
堂々と火の中を突進してくる。
アルルの肉体が火に触れたと同時に、ネリーの髪が鎮火された。
「火の勢いを消された!?」
ミロンも石弾を放ち牽制したが、それもアルルに触れたと同時に勢いを失い、地面に落ちた。
「ああああああ!」
残像が見える速度の拳。
アルルの薙ぎ払いが、ネリーの側頭部を打ち抜いた。
ネリーが玩具のように吹き飛んだ。
攻撃した張本人であるアルルも、腕の骨を折っていた。
足も腕も折れているというのに、アルルはいつも通りに動いている。関節も、手足の角度もぐちゃぐちゃなのに、だ。
「聴いてくれ。俺たちはお前たちを救いたいだけだ。この地獄を。永遠に続く死歿を! お前たちを解放したいだけだ!」
「それは……どういうこと?」
「ふ。『壊れ』ぬ者には見えない事実だ。教えても、意味はない。繰り返そう」
アルルは懐からナイフを取り出すと、それを構えながら、宣告した。
「ネリー・ナイトラウの身柄を引き渡せ。そうすれば、俺はお前たちを救ってやれる」
ミロンたちはその言葉を聴いて、方針を決定した。
無言で、ミロンは魔道書から火弾を放った。空へと、である。
「見逃したか? 何故、この場面で炎を空へと打ち上げる?」
アルルは、僅かな迷いを見せた。それも一瞬のこと。すぐさま、意図に気が付いた。
「いや、見えた。合図か。だとすれば、意味は撤退、といったところか」
撤退する、と口で言ってしまえば、敵に行動がばれてしまうかもしれない。それ故の合図であったが、容易くばれてしまった。
もっと、上手くやらねばならないな、とミロンは学んだ。
今は反省している場合ではない。
「勢いは止められても、これならどう?」
ミロンは魔道書より、土の魔法を引き出した。地面が隆起し、巨大な一枚の壁を形成する。
「これなら、勢いは止められない!」
ミロンはその壁にもう一度魔法を行使して、岩の棘を生やしていく。
ミロンはネリーを回収してから、クーマの背中に飛び乗る。ミャウもそれに倣った。
クーマが発進する。
百を超える足全てが『操作』を使用して、道無き道を駆け抜ける。
背後で、破砕音が鳴り響いた。
ミロンは目撃する。土の壁を棘ごと素手でぶち破るアルルの姿を。
アリアと比べれば、劣るだろう。だが、そもそもアリアと比べなければならない力というだけで、非常に厄介だ。
「一般的には、理性がない分『壊れ者』は『創り者』より弱いわ。でも、身体的スペックならば、私たちの負けよ」
『壊れ者』はより肉体を上手く操れるという。
自身の肉体全てが、所詮は肉片であると本能で理解するのとしないのとでは、力の差は歴然であるというのだ。
脳のリミッターが外れるらしい。
「敵は理性のある『壊れ者』。なので、魔法もーー」
使えるかもしれない、とネリーが続けるよりも早く、答えがやってきた。
氷の柱がミロンたち目掛けて落ちてきたのだ。




