ネリーとマーガロイア兄妹
ミロンとネリーは、クーマ・マーガロイアの背に乗っていた。
「どうしてマーガロイア兄妹と……」
ぼやくのはネリーであった。
花火によりチーム分けがされた後、ギルドへとマーガロイア兄妹が現れたのである。売れない魔印師であるマーガロイア兄妹は、ギルドへもよく顔を出しているらしい。
花火の独断によって、ネリーチームはマーガロイア兄妹と組まされることとなった。
「私と兄様だけで良かったのに」
「ネリーおねーさん、ネリーおねーさん! おこ? おこなのなの?」
「いいえ」
ネリーにじゃれつくミャウは、鬱陶しそうに距離を取られていた。
ミャウはそれに追いすがることはせずに、代わりにミロンへと抱き着いた。すりすりと頭をミロンの胸へと擦り付けながら、ポケットから指輪を取り出す。
「ねえねえ、おにーさん。指輪、買わない? 安いよ安いよー!」
「え、どうしようかなー?」
「兄様?」
ミャウの商売根性に揺らいだミロンに対して、ネリーが冷たい声を上げて制止する。
クーマの背中の上は、実に騒がしかった。
「まったく。静かに任務に挑んで欲しいものだね。あ、ミロンくん! そこの選択肢は右で頼むよ」
呆れた声を出しつつも、クーマはミロンへと指示を出す。ミロンは頷いて、クーマに従った。
ミロンが今手にしているのは、ゲーム機であった。
クーマがどうしてもやりたいゲームだったらしいが、百足の肉体では上手くプレイできないので、代わりにミロンがやらされていた。
「ふふ。相変わらず、第三ドームの連中は良いものを作っているね。このゲーム、中々だよ!」
楽しそうなクーマの声音に対して、ミロンの表情は優れなかった。
「何なのさ、このゲーム。どう見ても、その……エッチなゲームじゃないか」
後半の台詞をネリーに聴かれないように、ミロンは小さく言う。
それに対して、クーマは更に微笑みを強くする。
「だからどうした?」
「ぼく、恥ずかしいんだけど」
「気にするな、男の子! 我らは時として、エロスを求める。その為にならば、敢えて修羅の道を突き進むさ」
「進むなら一人で行ってよ」
ミロン史上初のエロゲーであった。その上、『創り者』の世界に規制は存在しない。
携帯ゲーム機であろうとも、容赦なく過激な映像が飛び交うのだ。
クーマの背中において、ミロンは一切油断できなかった。この画面を見られたら、人としての何かが終わる気がした。
だが、ミロンは手を休めない。
クーマが望んだから、という訳ではない。無論、それも要因の一つではあるが、それはさして重要なことではない。
そう、ミロンも一人の……男だったのだ。
男の性が、彼の手を突き動かす。
しかし、ふと、その手が止まった。
「ねえ、クーマ」
「何?」
「ぼく思うんだ。やっぱりね、妹は駄目じゃないかな」
攻略ヒロインについてであった。
「本物の妹は幾ら何でも犯罪だよ。てか、クーマ、きみ妹好きなの? 幼馴染にしとこうよ」
と、ミロンはジトリとした目でクーマを見やる。クーマには現実の妹がいる。
ミロンの心が警報を鳴らす。
「ご、誤解だよ、ミロンくん! 俺は本物の妹に興味はない!」
クーマが怒鳴り声をあげる。それによって、女性たちがミロンとクーマの行いに気が付いた。
「そういえば、おにーさん。さっきからゲーム機持ってるけど、何やってるの、の? もしかして、もしかしてー?」
「な、何にもないよー」
「さっき抱き着いた時、私っちから見えないようにしてたよね、ね? 怪しなあ」
「……ぐっ。クーマ、パス!」
ことの露呈を恐れたミロンは、ゲーム機を投げ捨てた。空中を、ゲーム機がひらひらと舞う。
それは地面へと向かい、放物線を描く。
クーマが足の一本を器用に伸ばして、ゲーム機をキャッチしようとする。
見事な連携であった。
しかし、それよりも早く、ミロンの行動を読んだ者がいた。
ネリーである。
彼女は『命ノ灯』を起動させると、素早く髪の炎を消滅させた。
火を纏わぬ状態で、髪が優しくゲーム機を掴む。
「あっ!」
ミロンとクーマの声が重なった。
ゲーム機がネリーの手に渡る。
直後、ネリーがゲーム機を取り落とした。
「これは……何?」
そこには、一糸纏わぬ男女の姿があった。
男の上に美少女が跨り、人に見せられないような表情を浮かべている。
ゲーム機がクーマの背中に叩きつけられた所為で、音声が流れ始めた。
『本当は駄目なのよね。私たちは兄妹だもの』
『構わない!』
ミャウの表情が凍り付いた。
『アリスだって、納得しないわ』
「……アリス?」
ネリーが怒りすら込めた視線をミロンへと向ける。その目は雄弁に語っていた。
まだ引き摺っているのか、と。
はっきりと白状してしまえば、まだミロンはアリスのことを引き摺っていた。
「ま、待ってくれ! ミロンくんは悪くない!」
「クーマ?」
「この会社のエロゲは基本的に、ヒロインの名前が『あ』から始まる! アリス、アシェリー、アゾット、アコ、アメリア、アマリリス、アル、そして明子! 全員、俺の、嫁だあああ! だから、別にミロンくんは悪くない」
ネリーとミャウのうわあ、という目が、一斉にクーマへと向けられた。
彼は、ミロンを庇ったのだ。
ミロンの胸が熱くなる。これが、友情というものなのだろうか、とミロンは感動さえ覚えていた。
だから、だからこそ、ミロンは友に報いねばならない。
『幼馴染のアリスが、認めてくれないわ』
「幼馴染?」
ネリーの視線がいよいよ冷たいでは済まなくなってきている。その視線はミロンにではなく、クーマへと向けられていた。
「ち、違……わない! そうさ、俺こそがミロンくんにエロゲーをやらせた黒幕さ! さあ、存分に詰れ!」
「兄様が幼馴染に目覚めてしまったらどうしてくれるの?」
赤い髪が、クーマの背にそっと触れた。直後、クーマの悲鳴が聞こえた。
ミロンは意を決して、口を大きく開く。
「違う! 確かに、クーマは妹がいるのに、妹がメインヒロインのエロゲーを買うど変態だけれども!」
「み、ミロンくん!? フォローしてくれるのかい? それとも裏切ったのかい?」
「だけど、違う。幼馴染は、幼馴染は、ぼくの性癖だよおおおお!」
「ミロンくーん!」
男同士の友情が固く結ばれた瞬間であった。だが、それはハッピーエンドを意味しない。
「燃やすわ」
はしゃぐ男子が凍えつくようなことを、ネリーは静かに告げた。
ゆっくりと、炎色の髪が逆立っていく。
「ネリー? 嘘だよね?」
「私の炎は怒りに比例して、強力になるわ」
「そんなことで火力が上がるの!?」
「冗談よ」
「笑えないよ!」
「多分」
「多分!?」
その後、ミロンとクーマは土下座する勢いで謝罪を開始した。
女子の前でエロゲーは二度としないと誓い、クーマは妹を邪な目で見ないことを誓わされ、ミロンも幼馴染禁止を言い渡された。
けれども、ミロンにはわかる。
ネリーがアリス関係で怒るということは、できる限りアリスのことを引き摺って欲しくないからであろう。
ネリーはその為に、アリスを粉々に破壊したのだから。
ネリーはミロンのことを考えて、幼馴染禁止令を出したのだ。そうに違いない、とミロンは無理矢理心を納得させた。




