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かつてゲームの大魔王  作者: 一崎
第一章 ミロン・アケディが恐れること
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アリス

「本来なら」


 息を詰まらせて絶句するミロンの隣で、ネリーが呟いた。

 彼女はミロンの前に出て、中年男性と対峙した。


「まだ目立ってはいけないので、神々の死体(ホラーチャーム)は使えないわ」


 言葉とは裏腹に、ネリーの髪は紅蓮に染まっていく。それは交戦準備を意味している筈である。

 ミロンが言葉の意味に疑問を浮かべている間にも、ネリーの戦闘準備は終えられていく。


 彼女の隣に立っていることすらも厳しい熱量。ミロンは思わず、数歩後ろに逃げてしまう。


「でも、ここでこれを倒さないと、兄様の心が壊れてしまう」

「ミロン。この子は誰?」

「ので、破壊するわ」


 ネリーの髪が蠢いた。

 サイドの髪が地面に触れ、そのままネリーの華奢な肉体を持ち上げる。大空にネリーの肉体が運ばれていく。


「わかるかしら、アリスさん」

「何? 何なの? ば、化け物!」

「違う、わ。私は『創り者』よ」


 ネリーは一度深く瞳を閉じてから、ゆっくりと息を吸う。

 それに対して、中年男性は悲鳴を上げて逃げ出そうとする。中年男性の逃走速度は中々速かった。脳のリミッターが解除されているのだろうか。


 獣のような速度で、中年男性は逃げ出している。


 だが、ネリーの速度はそれを大きく超越していた。髪が足の代わりとなり、地面を這う。空中に吊られた状態のまま、ネリーは移動している。


「止まって」


 一房の髪が、鋭い動きで中年男性の足を刈り取る。足が炎上し、中年男性はその場に倒れた。


「あ! ああ。た、助けて、助けてミロン!」

「う、煩い! ぼくの名前を呼ぶな!」


 あ、ああああ、と呻きながら、中年男性はミロンへと手を伸ばす。

 彼の良心がチクリと痛む。


 本当ならば、殺すべきである。

 中年男性はミロンを偽り続け、今でも大切な幼馴染であるアリスの名を語っている。許せることではない。


 しかし、ミロンの心はどちらかと言えば善良であった。見た目は悍ましい。気持ち悪いし、見るに堪えない。


 だが、あれが生きているということくらいは理解できる程度に、現在のミロンは落ち着いていた。


「助けて。ミロン! ミロン!」

「み、認めろ。お前がアリスじゃないって。ぼくと無関係だって、そう宣言して。そうしたら、命までは取らない」

「な……何を言ってるの、ミロン。そんなの認められないよ。ねえ、どうしちゃったの?」


 命の危機だというのに、中年男性は己がアリスであるということを譲らない。

 その理由がミロンにはわからない。


 しかし、唯一現状を理解しているネリーが事実を告げた。


「勘違いしないで。おそらく、彼女は本物のアリスさんよ」

「きみまで、何を言っているのさ! アリスは可愛い女の子なんだ」

「可愛くなければ、アリスじゃないの?」

「ち、違う、けど」

「彼女の心はアリスさんのモノよ。ただ肉体が違うだけ」

「それって、どういう……」


 言葉だけで、ミロンは否定してみる。けれども、彼の心は答えを知っていた。

 想起するのは、湖面に映る己の姿。


 別人であった。


 もしや、アリスも同じ状況なのではなかろうか。と、ミロンは考えてしまったのだ。


 肉体が変化して、心だけは同じ。

 それは何と恐ろしく、また気持ちの悪いことなのだろうか。


「は、花火。花火を、覚えてる?」

「ミロン! やっと! やっと思い出してくれた。そう、私だよ。アリスは。ミロンと花火の時、約束したよ!」

「う、嘘。花火大会を、どうして」


 花火大会。

 思い出すのは、昔の記憶。

 まだ二人が幼かった頃の約束。それをどうして中年男性が知っているのだろうか。その当時から、中年男性の姿であったのだろうか。


 いや、そんな筈はない。

 ミロンは幻覚のようなモノを見ていた。何年も、である。

 だが、あの時。花火大会の時、結婚の約束をして抱き締めあったあの時の感触は偽れない。


 背丈は同じくらいだったのだ。


「どう、して?」

「簡単よ、兄様。『創り者』は無数の個体から肉体を、心を、記憶を集められて、繋げられて創られるのよ」

「意味がわからないよ」

「つまり、その体は色々な人のモノを継ぎ接ぎされて創られたの」


 ギョッとして、ミロンは己の手を観察する。そこに違和感はない。

 だが、何となくではあるが、ネリーの言っていることが正しいのだと理解できる。


 自分の肉体とは思えない。

 そう、ネリーの言う通りである。

 複数の肉体を繋ぎ合わされて創られたという言葉は、ミロンを納得させた。あまりにも完璧過ぎる己の容姿に、納得できる答えが出されたのだ。


 創りモノの肉体に、記憶と心だけをはめ込まれた。それが今のミロンである。

 だとすれば、アリスは本物なのかもしれない。


 ハッとして、ミロンは叫び声を上げる。


「待って。ネリー、その人を殺さないで!」

「それは駄目よ。壊すわ」


 ミロンの制止の声を聞かずに、ネリーはその紅の髪を振るった。

 逃げ惑う中年男性の肉体が、髪の縄に捕まえられる。そのまま、ミロンに見せつけるかのように、中年男性の肉体が髪によって持ち上げられる。


 そうして、容赦なく、中年男性の肉体は灰に変えられた。


「終わりよ」


 ネリーの髪が色を失い、長さも元のモノに戻っていく。

 その光景を、ミロンは茫然と眺めていた。


「ど、どうして?」

「必要だったからよ。あれは『残り者』だったから」

「『残り者』って何なんだよ!」

「それは質問? なら答えるわ」

「違う。違うよ。そんなんじゃ、ないんだよ」


 ミロンは理解していた。ネリーがミロンの為を思って、中年男性を殺害したことは十分に理解している。

 ミロンだって、本当はそれを望んでいた。


 中年男性の中身がアリスであるなんて、釈然としない。

 けれども、だ。


 せめて納得するまでは殺して欲しくなかった。これがアリスとの別れになるなんて、ミロンは想像もしていなかったのだ。


「行こう。出口はすぐそこよ」


 伸ばされた手は、ミロンのことを気遣ってくれている。それがわかっているというのに、彼はネリーの手を取ることができなかった。


「……何て自分勝手なんだ、ぼくは」


 虚しい独り言が、ドームに響いた。

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