窮地と……
ネリーは獲物を探しつつ、考えていた。否、考えまいとしていたとも言える。
ミロンのことを考えない為に、他のことを必死に考えていた。
とはいえ、ネリーに考えられることなど、戦闘のことくらいであった。
ネリーの『命ノ灯』は攻撃に特化した神である。他の神には攻撃力では勝っても、他の部分ではまったく及ばない。
例えば、『壊れ者』が『神々の死体』を保有していたとすると、大変厄介である。
故に、『壊れ者』との戦いにおいて、敵の能力、または神を把握することは必須とも言える。
「アラハ」
勝利を司る神ーーアラハ。特化せしは、攻撃力。
「ガルマ」
秩序を司る神ーーガルマ。神の中で最も防御に秀でているという。
「ルベル」
富を司る神ーールベル。その権能は、範囲に特化している。
「タロン」
運命を司る神ーータロン。運と運命を選択する能力を保有する。
「テクス」
死を司る神ーーテクス。破壊と死を司る異形の神。
「マナ」
知恵を司る神ーーマナ。知覚と魔法を掌握する戦場を支配する能力。
「リリア」
愛を司る神ーーリリア。回復と再生、調和を主とした力を持つ。
「クゼル」
遊戯を司る神ーークゼル。錯乱と幻惑の力を与えるという神。未だに、クゼル系の『神々の死体』持ちは発見されていない。
「バード」
芸術を司る神ーーバード。創造にという能力を持つという十一の神の一柱。その能力の内容は未だに明らかになっていない。何故ならば、クゼルと同様に未だ適合者が見つからないからだ。
「ヴェラ」
敗北を司る神ーーヴェラ。移動と空間を支配する敗北とは思えない程便利な力を与えてくれる神。
「ルーナ」
月を司る神ーールーナ。ルーナ系は最も警戒するべき力である。異質に特化した十一柱の神の中においても想像できないような力を持つ。
以上が神の種類である。敵の司る神を把握することは『創り者』の戦闘の基本である。
理解するのとしないのとでは、圧倒的に取れる戦術が変わってくるのだ。
正直、ネリーはほっとしていた。
十一の神を全て暗記できていた事実に、安心していた。ネリーは物覚えが良い方ではない。
アラハ系という単純な能力が持てて良かった、と心底安堵する。
「いたわね」
『神々の死体』の復習をしていると、残り者の群れを発見した。
周囲を見渡してみても、他に敵は存在しない。
往く。
ネリーは気が付かれないように、隠密行動に移る。慎重に、物音一つ立てずに木に登っていく。
敵を全て見渡せる位置を取ると、一気に『命ノ灯』を起動した。
紅蓮の髪が風になびく。その度に、大量の火の粉が宙を泳ぐ。
ネリーの殺意に従って、炎の髪が蠢いた。
一閃。
髪は鞭のようにしなり、未だにネリーに気が付かない残り者たちの胴体を寸断していく。低級の残り者程度ならば、ネリーの能力はあっさりと切断できる。
火が肉を焼く、嫌な臭い。
それすらも無問題と、ネリーは表情一つ変えなかった。
「逃したわね」
一体の残り者が逃走していた。
逃走を許したことに、ネリーは歯噛みする。髪を白髪に戻しながら、ネリーは指輪に触れる。
その指輪は魔道具であった。
『操作』を利用して、運動エネルギーを引き出す。それを足に纏い、地面を蹴り上げる。
莫大な推進力が生まれ、ネリーは即座に敵に接敵する。
「ぐぐぐ」
残り者が振り返り、その腐敗した腕を振るってくる。ネリーはその腕を首の動きだけで回避すると、拳を放った。
ネリーの拳は残り者の首を穿ち、そのままそれを吹き飛ばした。
『喚起』を使用して、吹き飛んだ首へと火弾を放つ。
「ぐぐぐ」
残り者は敗北を悟り、再び逃走を開始した。残り者も『創り者』も痛覚は抑えられているが、残り者は個体によっては痛みすら感じない。
「……待ちなさい」
この時、ネリーは気が付いていなかった。残り者にはそこまでの知能は存在しない。己に刻み込まれた使命を果たすのみである。
だが、残り者の最も恐ろしい部分は、多少の知能があるという点なのである。
簡単に、結論だけ述べよう。
ネリーはおびき出されていた。目の前の逃走する残り者は囮であった。
ネリーは深追いし過ぎていたのだ。
最初の大群を突破した時点で戻るべきであったのだ。
ミロンがいたのならば、きっと深追いはしていない。ミロンという少年は、端的に言って弱い。
そのミロンを守る為には、きっと深追いなんてできなかった。
そう、ミロンとは、ネリーのストッパーの役割を果たしていたのだ。
「な」
ネリーは包囲されていた。
だが、構わずにネリーは炎の髪を振るう。
それによって多くの残り者が消滅するが、一部の敵が残っていた。
ネリーは確信していた。自分の一撃は残り者程度には防げないと。
しかし、それは間違えであった。
先程、ネリーは神について思考していた。
どうして神を把握することが必要なのか。それはこの世には相性というものが存在するからだ。
そう、相性。
ネリーの炎の髪では、倒せない敵。
炎の残り者が存在していたのだ。その残り者は攻撃を物ともせずにネリーへと襲いかかっていた。
ネリーの華奢な肉体を炎の残り者が薙ぎ払った。
嘘のように、ネリーの肉体が吹き飛び、木に背を叩きつけられていた。
「かはっ」
肺の空気が抜け、痛みに肉体の動きが鈍る。
焼かれた皮膚がドロドロと溶け出す。
三メートルくらいの肉体を持った、炎を纏う残り者であった。ネリーとの相性は、無論最悪。
『命ノ灯』による乱打を物ともせずに、残り者が接近してくる。ネリーの頭程の大きさを誇る拳が振るわれた。
「くっ」
ネリーは目を閉じて、顔を反らす。
だが、痛みはやって来なかった。
恐怖を感じながらも、ネリーはゆっくりと瞳を開いていく。すると、そこに見えたのは敵ではなかった。
「な、ななな何をやってるのさ!」
大量の汗を額に浮かべ、ガクガクと震える情けない姿。手にはバインダー型の魔道書。
眼鏡を掛けた、童顔の少年。
「兄様!?」
ミロン・アケディがそこにいた。




