単独と好調
ネリー・ナイトラウは森の中を駆け抜けていた。軽い身のこなしで、彼女は木々を蹴り上げ、加速している。
森の中。
というよりも、森の上。彼女は木々を跳んで、進んでいた。
理由は明白である。
戦闘回数を減らす為だ。
森の中を這いずるように疾走しているのは、残り者の群れ。彼女の今日の任務は、残り者の掃討であった。
「うん、良いわ」
本来、任務とは三人で行うべきものである。しかし、ネリーは無理を言って単独の任務を受けていた。
今回の任務は神々の死体持ちとしては、ありえない程に単純かつ簡単なものであった。
残り者の討伐。
それも、数は少ない。ともすれば、ミロン単独でも達成できるかもしれなかった。
そのような任務である。
受付員曰く、「まあ、新人には偶にあることだ。単独任務は経験しておいて損はないか」とのことだ。
ネリーは木々の上を縦横無尽に駆ける。
それには理由があった。
ネリーの神々の死体には弱点がある。
それは燃費の悪さであった。
勝利の女神アラハ。
アラハ系の能力は単純なものが多いが、その反面、その火力は他の神の追随を許さない。
エレノアにも攻撃力は存在するが、ただ単純に力のぶつけ合いとなれば、ネリーの圧勝である。
こと攻撃において、アラハに敵う能力は存在しない。
だが、アラハはそれ以外についてはからっきしである。
燃費が悪い。それは致命的な弱点ともなる。それを補う必要がある。
それ故の逃走であった。
木々を飛ぶネリーの眼下には、数十の残り者。
「溜まったわね」
直後、ネリーはその場に留まる。残り者がネリーを求めて、木を包囲する。
だが、それはあまりにも愚かな行為であった。
ネリーの髪が紅蓮に染まる。それは『命ノ灯』が起動した証左。
残り者の集まりに対して、髪の鉄槌が下された。集められた残り者の大群たちは、たったの一打によって壊滅した。
ネリーの髪色が元通りの白銀に変わる。
「調子が良いわ」
ネリーは妙な高揚感を覚えていた。
全能感。まるで、自分自身が神になったような気がする。神々の死体はその名の通り、この世界に十一柱存在するという神の能力を操れるようになるという。
ネリーの思考は存外的外れではない。
少なくとも、ネリーの髪は神なのである。ちなみに、ネリーは神と髪を掛けた親父ギャグは苦手である。
馬鹿にされたような気になるのだ。
さて、残り者を一掃したネリーは、僅かに浮いた額の汗を拭いながら思考に没頭する。
何と、楽な任務であっただろうか、と。
ネリーはそこまで場数を踏んではいない。しかし、神々の死体持ちとして、慎重に運用準備をされてきた。
その中で、彼女は仲間の大切さを学んできたが。
「いない方が楽」
守るべき者がいない。自由にしても良い。
自分の身だけを守れば良い。足で纏いがいない。
なんて、楽なのだろうか。
「兄様なんて不要よ」
いらなかった。
寧ろ、邪魔であった。
任務にミロンを連れて行って、一体どのような得があっただろうか。
今までを振り返る。
ミロンが高い場所から飛び降りるのを戸惑ったから戦闘になった。
ミロンを守る為に、ネリーはガラス平原で気を失った。
ミロンがいなければ、エレノアとの戦いはもっと他に選択肢があっただろう。
ああ、とネリーは思う。
ミロン・アケディは足で纏いだったのだと。仲間なんて、不要なのであると。
「そもそも、兄様なんていつもオドオドしてばかりだし……」
ネリーは気が付かない。
ネリー・ナイトラウは気が付かない。
自身がどれだけミロンに執着しているのか、まったく気が付いていない。
普段の彼女ならば、ミロンが他の者と任務を遂行しただけで拗ねない。
彼女は知らぬうちに、ミロンという少年に惹かれている。
彼の、絶望の中であっても失われない平凡さ。『創り者』というのは、大体の場合において、平穏を望む。
ネリーのような人間にとって、ミロンという存在は一種の光なのである。
彼女は気が付かない。
どうでも良い人間の為に、足で纏いの為に、ここまで心を取り乱す筈がないと、気が付かない。
好調というのも、また違う。
ネリーは単独で動くことによって、自身のスペックの高さを実感しただけに過ぎない。
例えば、ミロンがいれば、残り者は彼が引きつけただろう。ネリーはただ待ち伏せて、髪を振るうだけであった。
ネリー一人でも問題はない。
だが、ネリー一人だけよりも、ミロンがいた方が作戦はより上手く進んだだろう。
彼女はそのことに気が付かない。
何よりも、ミロン・アケディという少年は、ネリーにとって、掛け替えのない役割を担っている。
それを理解していないからこそ、ミロンを足で纏いなどと言えるのだ。
「まだいけるわね。精神的疲労もないわ」
ネリーは新たな敵を求めて、森を彷徨うことになった。ミロンがいれば、あり得なかった道を、ネリーは突き進む。
そこにどのような怪物が潜んでいるのか、知ることもなく……ネリーは歩く。




