背中と死んだふり
有無を言わさず、マーガロイア兄妹はミロンをギルド受付へと連行した。
受付員は、また来たのかという顔をミロンへと向けてきた。
準備も碌に整っていないのに、依頼を受ける訳にはいかない。ミロンは首を左右に振り、受付員へと理解して貰おうとする。
それは無意味な行為であった。
ミロンの口を塞ぐミャウの手つきは、彼の動きを完全に封じていた。ミャウの実力が上手過ぎて、ミロンは抵抗することもできないのである。
手早く任務を受け、用紙に記名されてしまう。
これで、もう依頼から逃げることはできない。
「勉強勉強」
ミャウは軽い調子で、そう言うのであった。
クーマの背中に乗り、目的地まで進んでいく。全長十三メートルらしいクーマの肉体の上は、中々居心地が良かった。
当初は百足の肉体に触れるのも嫌だったミロンだが、クーマの人となりを知るうちに、忌避感を覚えることが申し訳なくなったのだ。
話が通じる分、本物の百足よりも怖くなかった。何よりも、大き過ぎるので現実味が薄れていた。
「いやあ、ごめんね、ミロンくん。俺たちの任務に付き合って貰って。でも、まあ、ミャウの戦い方は参考になると思うから感謝してくれても良いんだよ」
そこまで言われると、ミロンもワクワクしてくる。彼とて男だ。魔法にはワクワクもする。
ミャウはミロンと同じ魔法使いであるという。どのような魔法が炸裂するのか楽しみであった。
だが、楽しみな反面、不安もあった。
ネリーのことである。ネリーは報告書を書いてギルドを出る際、絶対に勝手に依頼を受けるなど念押ししてきたのだ。
ミロンは今、その忠告を破っている。とはいえ、一人で受けた訳ではないので、そこまで怒られることもないのだろうが。
「おやおや、おにーさん。俯いちゃって、怖いの? 大丈夫大丈夫。今回は初めてで連携も取れないし、おにーさんの準備も微妙だから大した任務じゃないよん」
「本当に?」
「私っちは嘘は吐かないよ、滅多に」
「滅茶苦茶不安になってきたぞ」
兄の背中に乗り、その上、その背中に彫刻刀を入れながらミャウは笑った。
魔印を刻んでいるのだという。
ミロンの不安が頂点に達しつつある中、クーマがその足の蠢きを止めた。
「そういえば、ミロンくんの荷物を預かってなかったね。大丈夫なのかい? 武器は魔道書だけ?」
「うん。後、教鞭だけだね」
「教鞭? 教鞭を何に使うというんだい?」
ミロンは視線を彷徨わせた。どう説明すれば良いのかわからないのだ。教鞭を使わないと魔法を取り出すイメージができないだけなのだ。
慌てがちなミロンが実戦で魔法を使うのには不可欠である。
が、それを正直に申告するのは躊躇われた。
ミロンはネリーのパートナーである。ネリーは期待の新人として名を馳せているらしい。また、ミロン自身、ネリーの戦闘能力については信頼している。
そのような彼女のパートナーが、自分のようなど素人であると吹聴することが、まるで彼女の美しい顔を傷付けてしまうようで、怖かったのである。
ついでに、普通に恥ずかしかった。
口籠るミロンに対して、マーガロイア兄妹は何も言わない。
「ま、戦い方は秘匿しておきたいのかな。まあ、いざ俺たちが敵に回ったら、それが弱点になるものな」
「敵に回る?」
「そうだよ。俺たちはいつ壊れてもおかしくない。壊れてからも、記憶はある程度残るからね」
なるほど、とミロンは頷いていた。
「そうだね、そうだね! 弱点を教えて、本当に肉体を失った人も沢山いるからね」
無邪気に笑う褐色の幼女。けれども、その瞳は明らかに、場馴れした戦士のそれであった。
「だがだがだがだがぁ? 私っちは全力を尽くしまするるるる」
ぴょんぴょんと、ミャウがクーマの肉体の上で飛び跳ねる。
ミャウが履いている安全靴が何度もクーマの背を踏みつける。ミシミシとクーマの肉体が悲鳴を上げているが気にした様子はない。
「おい、ミャウ。あまりはしゃぐなよ? またーー」
落ちるぞ、という言葉は最後まで発せられなかった。その言葉は数瞬遅かったのである。
ミロンが見たのは、スローモーションの世界。ゆっくりと、じっくりとミャウが足を踏み外し、地面に落下する姿であった。
彼女は信じられないモノを見るような目で、逆さまの世界のミロンを見つめていた。
ミャウは頭から地面に墜落した。
骨の砕ける盛大な不快音が鳴り響く。慌てて、ミロンはその場から飛び降りた。
クーマの足は長い。
地面からの距離は数メートル。無防備に頭から落ちれば、ただでは済まないだろう。
「ミャウ?」
首の骨が折れていた。瞳孔は開き、だらりとだらしなく舌が伸びていた。涎がドロドロと地面に降り注ぐ。
明らかに、死んでいた。
「うわああ!」
「えへへ。死んだふり」
元が死体である『創り者』の死んだふりは、実に迫真であった。というよりも、本当に首が折れていて怖い。
「ほら、ミャウ」
そう言って、クーマが無数の足の一つをミャウに差し出した。そこにあるのは、人肉であった。
「流石サポーターだね……」
ドン引きしつつも、ミロンは微笑んだ。




