百足の兄と詐欺師の妹
巨大な百足であった。
漆黒の肉体は硬い殻のような物に覆われている証。
大量の歩肢によって形成されている肉体は怖気を誘う。その歩肢一つ一つがまるで別の生き物かのように蠢いている。
百足でなどというが、その足の数は明らかに百を軽く超えていた。一面に広がる百足の足たち。
そして、その足の一本一本はミロンが両腕を伸ばしくらいの大きさを誇っていた。
「あ、あああ」
何よりも気持ち悪いのは、その百足が百足ではないことである。
その百足は明らかに人間であった。
「おにーさん、一応紹介しますね、ね!」
ミャウは無邪気に言い放った。
「私っちの兄、クーマ・マーガロイアです」
「やぁ、どうも」
気さくな調子で、クーマは挨拶をしてくる。彼の顔には笑みすら浮かんでいる。
笑み。
そう、顔があるのだ。
百足ならば本来顎があるべき位置に、剥き身の脊髄が生えている。その脊髄の梢に、人間の頭部が貼り付けてある。
百足の胴の先端に脊髄、顔。
どう見ても、化け物であった。
「……」
しまった、とミロンは思考する。このような化け物に出会うのならば、アリアを護衛から外すべきではなかった。
ミロンは現在、準備万端という訳ではない。
震える手で魔道書を取り出す。勢い余って、魔道書を取り落としてしまった。
「落としたよ」
小動物のように震えるミロン心内を知らず、クーマが魔道書を拾ってくれる。百足の足が、器用に魔道書を拾い上げる。
「の、残り者!?」
「失礼な。見た目で『創り者』を判断するなよ」
と、クーマは頬を膨らませて怒りを表現した。
褐色の肌に白の長髪。
強い意志の込められた黄金の瞳。
その瞳はこちらへと涼しげな印象を与えてくる。
百足でなければ、であるが。
「折角、我が妹の詐欺から救ってあげたというのにね」
「さ、詐欺!?」
「ああ、ミャウは確かに魔印師さ。けれども、魔印師としての評価は最低さ」
有名というのは嘘だったのだろうか。
「違うよ、違うよ! 私っちは嘘言ってないよ。有名だとは言ったけれどもね!」
「だね。確かに、ミャウは有名だよ。悪名だけれどもね」
「てかさてかさ、おにいも悪いんだよ?」
「何で?」
「おにいがグログロだからだよ、よ!」
ミロンは僅かに頷いた。共感できた。クーマは確かに恐ろしい、というよりもグロテスクである。
「お客さん、全員逃げるし。そもそも、詐欺じゃないし。人気で有名なら、自分で売り込みしないし……」
その通りであった。人気の魔印師ならば、自分で売り込みはしないだろう。
「えっと」
と、ミロンは落ち着く為に言葉を挟む。
「く、クーマさん? クーマさんはミャウの何処が詐欺だって言うの?」
「それがね。ミャウの魔印を見ればわかるのだけれども、ね。歪んでいるんだよ」
「本当だ!」
クーマの指摘した通り、ミャウの魔印は歪んでいるように思える。念の為に、ミロンは魔道書を捲り、形を確認する。
やはり、歪んでいた。
「これが詐欺の正体?」
「その通りさ。ミャウはその歪な魔印を売り捌こうとしている。まあ、俺が許してないけどね」
「魔法が発動しないの?」
「いや、するんだけれども、ね」
クーマの不安そうな表情に反して、ミャウはその小さな胸を精一杯張っていた。
「ミャウの魔印は凄いよ。この歪みだって、この方が調子いいからだし……」
「どうして凄いのか、理由がわからないんだろう? そのようなものをお客様に売ってどうするんだ!」
兄妹喧嘩が勃発。
ミロンはただ第三者として、視線を泳がすことしかできない。ミロンは運が悪かった。
ミロンを放置して、兄妹の口論は続いていく。だが、その矛先はやがてミロンを刺し貫くことになる。
「じゃあさじゃあさ、おにーさん! 私っちの魔印、実戦で見てみなよ! 使えるってわかるからさ、ね!」
「え、ええ? えええええええ!」
「行くよ、任務」
目を白黒させるミロンを放置して、ミャウが彼と腕を取った。もがこうとするが、その動きは完全に封じられている。
見るものが見れば、ミャウがかなりのやり手であるとわかるだろう。
「私っちはね、詐欺師じゃないよ。私っちはこのドームが好き。だから、それを守る為に頑張ってるのに……」
「それは俺もだよ。こんな俺を許してくれるこのドームは優しい。だからこそ、紛い物を渡す訳にはいかない」
兄妹はどちらも、このドームが好きらしい。ミロンにはその気持ちが伝わってきた。
このドームは優しい。
ミロンの存在を許してくれる。まだネリーやツェツィーリヤ、エレノアくらいしか親しい『創り者』はいないが、ミロンもまたこのドームが好きになれそうであった。
「でも、任務はちょっと……」
「おや、今日はオフかい? というよりも新人のようだね? 挨拶が遅れた。俺はクーマ。きみは?」
「ぼくはミロン・アケディ」
「ミロン! あの期待の新人、ネリー・ナイトラウのパートナーかい!? 良いね。共有任務、してみないかい?」
共有任務とは何であろうか。そういう疑問の顔を見抜かれたのか、ミャウが捕捉してくる。
「普段組んでいるパートナーとか以外と任務を受けることだよ。良い経験になると思うよ」
「そうだね、ミロンくんは経験が足りていないね。あのネリーと組むなら、足を引っ張っている自覚があるんじゃない?」
ミロンはぎょっとした。図星であったからである。
「まあ、ね。買わなくても良いけど、共有任務は賛成さ。で、ミロンくん。きみのポジションは……魔法使いだね」
「私っちと被るけど、まあよいよい」
そう言うと、兄妹は強引にミロンを連行していくのであった。




