第二章 プロローグ
報告書。
文字を書き連ねて、今までに何が起きたのかをまとめる。ただそれだけのことだというのにミロン・アケディはぶるぶると震えていた。
艶やかで、一本一本が絹のように上質な金の髪。瞳の色は宝石のように美しい紫色である。しかし、左目には薄っすらと朱色が差されている。
顔の造形は、美しく、幼く。
大きな眼鏡が特徴の美少年である。
そのような彼が震える姿は酷く小動物的で、保護欲をそそられてしまうだろう。
「兄様、可愛い」
そう言うのは、ネリー・ナイトラウであった。白髪の少女である。
顔のパーツ一つ一つが、神によって厳選されて創られたのかと疑ってしまう程の完成度を誇っている。
表情には乏しいが、感情表現豊かな少女であった。また、ミロンの恩人でもある。
「おい、ネリー。男に可愛いとか言ってやるな。大丈夫だぞ、ミロン。俺はお前が真の男だって知ってっからな」
ツェツィーリヤがネリーに苦言を呈する。
ツェツィーリヤ・ヘラキャット。どう見ても美少女にしか見えない少年である。ミニスカートを履いている癖に、女扱いされると激怒する不思議な少年でもあった。
「失礼なのは貴様でございます。我が御主人様は世界一可愛らしいかと。そして、可愛らしいのは最早前提条件でありーー」
と、何やら興奮した様子で饒舌にミロンを讃えるのが、アリアである。機人という肉体を機械で構成されたロボットのようなものである。
メイド服を着て、ミロンに仕えている茶髪の少女であった。
「もう、静かにしてよ! 報告書が書けないじゃないか!」
現在、ミロンは報告書を書かされていた。ミロン保護作戦からエヴァチーム救出作戦までのあらましを書いているのである。
報告書をミロンが書いているのは、ツェツィーリヤたちが面倒がったというのもあるが、何よりもミロンに状況を整理させることが目的である。
一応、仕事を覚えるというもう一つのサブテーマも存在している。
「結構、大変だね。報告書って」
「そうね。特に『創り者』が書かされる報告書は意味がわからないほど細かいもの」
これからの任務をより安全にする為に、『創り者』たちは実に事細かな報告を行う。
それぞれが強い『創り者』ではあるが、肉体を失うことを恐れて慎重さは常に忘れないのである。
「そういえば、エレノア。きみのことも聴きたいんだけど」
と、ミロンは隣で同じく報告書を書くエレノアに声をかけた。
ほんのりと青みを帯びた髪をした少女である。救出時は腹ペコに食べられてしまったらしい、巨大なゴーグルを頭に付けて、それで髪を押さえている。
眉は困ったかのようにハの字を描いており、目はキョロキョロと泳いでいる。
彼女は自分に自身が持てないでいるようだ。
「そ、そのミロンさん。あたし何かのことを聴いても、何のお役にも立てないと思うっすよ……」
ほんのり頬を朱に染めて、エレノアが呟いた。
そんなことないよ、と言おうとしたミロンだったが、彼よりも早くアリアが叫んだ。
「おい、エレノア様ァ! 御主人様に色目使ってんじゃねえぞ、でございます」
ミロンの手前、必死に取り繕うとしているが、本心がただ漏れであった。ミロンが引き攣った笑みを浮かべる。
それを見て、アリアがドヤドヤしい表情を作った。
「ほら、ご覧くださいませ。御主人様の困ったお顔を……ッ!」
「ぼくはきみに困ってるんだけど」
「なっ!? お許しください! 自分が愚かでございました。どうか捨てないで」
反転して、ミロンの足元に縋り付くアリアであった。
その様子を見て、全員がドン引いた。
「メイドというよりも、最早信者ね」
「俺、メイドに夢見過ぎてたな……」
「あたしの所為で、ミロンさんとアリアさんの特殊な性癖が露呈しちゃったっす。ごめんなさい。あたしはやっぱり駄目っすね」
何処かズレたエレノアのコメントに、反応する余裕のある者はこの場にいなかった。
「ま、まあ!」
と、話を仕切り直すために、ミロンが両の手の平を叩き合わせた。パンっという乾いた、威勢の良い音が鳴り響く。
「エレノアの話は参考になるよ。報告書を書くのに必要と言っても良いよ」
「あっ、そっちっすか。……恥ずかしいっす」
エレノアが顔をタコのように赤くして、そして沸騰したヤカンのように頭から蒸気を発した。
常軌を逸した状況である。蒸気だけに。
頭から蒸気を出すという異常現象にミロンは慄いた。彼は考察する。
(エレノアの神々の死体の能力なのかな)
エレノアの能力。
『捕食ノ業』
それは生命力を簒奪し、その力を自由自在に操る能力である。回復にも、攻撃にも転用できる実にズルい能力だ。
ネリー曰く、回復能力に特化している筈のリリア系の中では、攻撃まで不足なくこなせる異端の能力らしい。
ミロンが分析していると、エレノアが言葉を途切れ途切れ紡ぎ始めた。
「あたしの名前はエレノア・グラムハイド。保有する神々の死体は……」
エレノアの話が続く。
彼女は余程興が乗ったのか、それとも仲間を失った不安が湧いてきたのか。とにかく、エヴァたちとの出会いから別れまでを口早に語った。
終った後、ミロンは両の瞳からボロボロと涙を溢れさせていた。実に泣き虫な少年である。
「悲しかったね」
「でも、今は少しだけ、生きようと思えてるっす。ミロンさんのお陰っすよ」
「そんなことないよ。きみが強かっただけさ」
ミロンは小さく、泣きながらも微笑む。悲しみに立ち向かおうとしている少女の心を汚さない為に、敢えて微笑を浮かべたのだ。
「少しずつでいいから、今日を生きていこう」




