向き合わないこと
その戦場は静まり返っていた。
ネリーやアリアは、ミロンまで狂ってしまったのかと心配をした。
ミロンの言いだしたこと。
それはエレノアがまだ壊れていない可能性であった。そのようなことはあり得ない、筈であった。
壊れていない者が、笑いながら自らの肉体を『壊れ者』に捧げるだろうか。
『創り者』にも、痛みは存在する。生きながらにして喰らわれる痛みは、筆舌に尽くしがたい程のものである。
それを嬉々として望む者が壊れていないと言い切れる理由が存在しない。
「エレノアは壊れている筈なのに、随分話が通じるよね」
「兄様、やめて。もうエレノアは壊れているのよ」
「エレノアは何度もぼくの肉体を壊すチャンスがあった」
「壊れているから、戦況判断ができていないだけよ」
はあ、とミロンが溜息をつく。そして、仕方なさげに、ネリーへと『命令』した。
「静かに」
ネリーが口を押さえて黙り込む。
「自分の能力を話したのもおかしいよね。それに、ネリーの時だってそうさ」
ネリーが腹ペコに襲われた時。エレノアは妨害をしなかった。
アリアと戦闘していたから、何ていう理由はエレノアには適応されない。彼女は幾ら傷付こうとも、すぐに回復できてしまうのだ。
攻撃されながらでも、妨害は可能だった筈である。
また、ミロンが腹ペコに襲われた時。
アリアが助けに行くことを止めなかった。
アリアを放棄して、ネリーを狙った訳でもない。もしそうされていた場合、ネリーの肉体はもうなかった筈だ。
明らかに、手を抜かれている。
「あまりにも、ぼくらに都合が良すぎる。エレノアが本当に壊れていたら、ぼくたちは今頃全滅してる」
アリアは黙り込み、何も言わない。それはネリーも同じであった。口を塞ぎ、何も喋らない。
「あたしは……壊れてるっすよ」
その言葉は、何よりもの壊れていない証左であった。ネリーとアリアがごくり、と唾を飲んだ。
「違うよ。きみは壊れてない」
「じゃあ、どうして! どうしてあたしは自分の身体を喰われてたんすか? ドエムだとか、言わないっすよね!?」
「痛かったんだよね」
ぐ、とエレノアが僅かにたじろいだ。
ミロンはその隙を逃すことなく、言葉を放った。彼の紅い光がエレノアを捉える。
「やなこと訊くけどさ。ぼくたちの救出対象は三人なんだ。ねぇ、他の二人は……何処?」
「う、うるさいっすよ! いいから、あたしと戦えええ!」
「ネリー」
ネリーの『命ノ灯』がエレノアの肉体を捕縛する。けれども、エレノアもただでは捕まらない。
光の輪を大量に煌めかせて、ネリーの髪を切断し続ける。しかし、ネリーの髪を伸ばす速度に追いつけていない。
あれでは脱出はできないだろう。
ネリーの髪に焼かれているというのに、エレノアは顔に笑みを貼り付けている。
その笑顔の理由が、ミロンには手に取るようにわかった。
「きみは痛かったんだ。身体じゃない。ーー心が、ね」
「……黙れ」
「きみは仲間を助けられなかった。自分だけが生き残ってしまった罪悪感。仲間を失った喪失感。それらはきみの心を蝕んだ」
痛くて痛くて仕方なかったのだろう。
ミロンには、その気持ちは想像もつかない。だが、だ。
少しだけ想像するだけで、ミロンはその恐怖に打ち震えた。自分だけが生き残ってしまう、恐ろしさ。
エレノアの心は痛くて仕方がなかった。今にも壊れそうだった。
それを忘れる為にエレノアが求めたのは、痛みであった。罰であった。
「心の痛みを肉体の痛みで誤魔化したんだよね」
ミロンは一度、目の痛みを止める為に目を潰したことがある。ベクトルは違うにしても、同じような経験はしているのだ。
「でも、それは自己満足だよ」
「なっ。あ、あんたに何がわかるんすか?」
「心の痛みは、幾ら身体を痛めつけてもなくならない」
「……じゃあ、じゃあ、どうすれば良かったんすか? あたしは、この痛みをどうすれば」
胸を押さえて、エレノアが言う。瞳に涙を浮かべて、ミロンに懇願するように答えを求める。
ミロンは首を左右に振った。
「わからない。けど、一つだけ言えるよ。きみのやっていることは、意味がない。きみのやっていることは、仲間への冒涜さ」
「どうしてすか」
「エヴァさんたちの立場で考えてごらんよ。きみのやっていることを喜ぶかい?」
ハッとエレノアが息を飲むのがわかる。ミロンは言葉を弱めない。
「きみのやるべきことは、ぼくらと一緒に来て、任務達成の報告をすることさ。じゃないと、エヴァさんたちの頑張りが無意味になる」
「……でも、あたしは。許される訳には」
「許さないよ」
エレノアが泣きそうな表情を浮かべる。ミロンは苦笑して、エレノアの肩に手を置こうとして、自分の腕がないことを思い出した。
「ぼくは、きみが無駄に傷付くことを許さない。それは多分、エヴァさんたちもじゃないかな」
「エヴァちゃんたちも……」
「さあ、エレノア。きみも行こう。ここにいても、きみは何もできない。ぼくと一緒に、明日を生きていこう」
ミロンに言えるのは、これだけであった。在り来たりな、けれども心の篭った言葉を送ることだけ。
しかし、エレノアにはそれで十分だった。十分過ぎた。
エレノアは涙を溢れさせ、思い切り泣いた。彼女は自分の心の痛みとようやく向き合えたのだ。身体の痛みで誤魔化していては、いつまで経っても想いは晴れない。前進はない。
ミロンが失った手を伸ばすように肩を差し出した。
エレノアは静かに、その肩に触れた。




