大切な人が死ぬこと
肉を手にして、ネリーの元へと向かう。すると、そこにはエレノアが立っていた。
そして、何と彼女の傍らには腹ペコも立っていた。
「な、何でさ!?」
エレノアとアリアは激闘を繰り広げている。だが、どちらかといえばアリアの方が不利といえよう。
無傷のエレノア。
所々からオイルらしき何かを垂れ流しているアリア。
そこに腹ペコが襲いかかっていた。
「エレノアの神々の死体よ」
頭部だけになったネリーが苦々しげに告げてくる。
「エレノアの能力は『捕食ノ業』」
「リリア?」
「そう。回復と生命を司る神よ。エレノアの能力は生命を組み上げるポンプ」
ネリーの説明を耳にしつつも、ミロンは彼女の元に駆け寄った。
跪き、ネリーの口元へと肉を持っていく。
「避けて、兄様」
咄嗟に身を低くした。
ミロンの頭上では、光の輪が回転していた。
「な、何!?」
「あたしっすよお」
そこには暗い、絶望に染まったエレノアの顔があった。光の輪を両手に纏い、それをミロンへと振り下ろす。
「あ!」
無様に転がるようにして、ミロンが前へと跳ぶ。光の輪が地面に触れ、その部分を綺麗に切断した。
「か、回復じゃないなんて聴いてないんだけど!」
ミロンはエレノアの能力を回復だと思っていた。だが、違う。
「誰から聞いたんすか? あたしの能力は『捕食の業』っすよ。生物から生命力を簒奪し、それを回復や攻撃に回す能力っす」
実に丁寧に、エレノアが説明をしてくれる。しかし、彼女の首はまるで折れているかのように折れ曲がり、その瞳は焦点を宿していない。
「あのメイドさん、機人っすよねえ? あたしと相性最悪なんすよ」
簒奪できる生命力がないっすから、とエレノアはゆっくりと呟いた。
「……ねぇ、エレノアさん。きみ随分と冷静だね?」
「な……」
エレノアの目に殺気が宿る。彼女は素早く地を蹴ると、一瞬でミロンの右腕に掌を触れさせていた。
直後、光が迸る。
ミロンの右腕が、綺麗に切断されていた。真っ赤な血液が噴き出す。
真っ赤な肉の断面図。中央の白は骨であろう。腕が地面に転がっていた。
「あああああ!」
失った右腕を掴むようにして、ミロンがその場に蹲った。
「随分と……痛覚が残ってんすねえ。羨ましい限りっすよ」
ミロンの顔面が蹴り飛ばされる。
その人力を遥かに超えた膂力により、ミロンは遥か後方へと吹き飛ばされた。
右腕で握っていた人肉が目に入る。
「こんなもの」
と、エレノアが人肉を踏み付けた。
カッときて、ミロンは左手で魔道書を取り出した。それを地面に置き、教鞭でページを捲った。
「行け!」
炎が迸った。それは一本の槍となって、エレノアを突き刺した。
彼女の腹に、風穴が開く。
「はぁ、そんなもんすか?」
その傷は一瞬にして塞がった。奪った生命力を利用して、回復してしまったのであろう。
「本当の痛みは! あたしを!」
絶叫を上げて、エレノアがミロンの元に駆け寄ってくる。光を纏った右腕が、ミロンの顔面を殴りつけた。
頬が破れ、勢いに負けて背後へと吹き飛んだ。
「早く早く早く早く早く! 早く、あたしを殺してえええ!」
ミロンを追撃することもなく、エレノアは咆哮した。そこにミロンは違和感を覚えた。
「ねえ、きみーー」
「御主人様! 申し訳ございません!」
アリアの焦りに満ちた声。
アリアは腹ペコに追い抜かれてた。
腹ペコは食事を求めている。この場で最も食べやすいのは……ネリーの頭部である。
「ネリー!」
ミロンは走り出すが間に合わない。このままではネリーが食べられてしまう。
食べられれば、どうなるのかはわからない。僅かでも肉体が残れば、『創り者』は意識を持ち続ける。完全に消化されれば死ねるのかもしれない。
しかし、ミロンはネリーに死んで欲しくはなかった。
ミロンは思う。
痛いのは、怖いのだと。
怖いのは、嫌なのだと。
未だにズキズキと痛む、失った右腕。ミロンにとって、その痛みは震えてしまう程の恐怖であった。
怖い。
怖い。
けれども、だ。
ミロンは走ることを止めない。必死な形相で、室内を駆け抜ける。
(もっと、怖いから)
腹ペコの前に躍り出たとしても、ミロンは痛めつけられるだけであろう。
それでも、ミロンは止まれない。
(痛いのは怖いけれど)
今のミロン・アケディは臆病な少年である。
質問するのが怖かった。痛みが怖かった。少女が怖かった。残り者が怖かった。アリスが怖かった。高さが怖かった。壊れ者が怖かった。哀れな母子が怖かった。
それからも、何もかもが怖かった。
今でも恐ろしい。
「ネリー!」
だが、ミロン・アケディが何よりも恐れるものは、そのようなものではなかった。
彼が本当に恐れるもの、それは、
(大切な人が死ぬこと)
まだネリーとの付き合いは長くない。だけれども、彼女が己の為に頑張ってくれていることくらいわかっていた。
だから、ミロンはいつの間にかネリーを大切に思っていた。
恋愛的な好意ではないが。
それでも、ネリーが死ぬことを想像するだけで、ミロンは今までで一番震えた。
腹ペコが天井にぶつかる。すると、その天井を蹴りつけて加速した。
ネリーへと、腹ペコが迫る。
「まだっ!」
駆け抜ける。
そして、とうとうミロンは魔道書の場所にまで辿り着いた。
咄嗟に教鞭でページを指し、操作魔力を抜き取った。『操作』によって、脚力を強化する。
ミロンの肉体が弾け飛ぶように加速して、一気にネリーの前に躍り出た。
「う、ああああ!」
腹ペコの口が、ミロンの左腕を捉えた。




