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かつてゲームの大魔王  作者: 一崎
第一章 ミロン・アケディが恐れること
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大切な人が死ぬこと

 肉を手にして、ネリーの元へと向かう。すると、そこにはエレノアが立っていた。


 そして、何と彼女の傍らには腹ペコも立っていた。


「な、何でさ!?」


 エレノアとアリアは激闘を繰り広げている。だが、どちらかといえばアリアの方が不利といえよう。


 無傷のエレノア。

 所々からオイルらしき何かを垂れ流しているアリア。


 そこに腹ペコが襲いかかっていた。


「エレノアの神々の死体(ホラーチャーム)よ」


 頭部だけになったネリーが苦々しげに告げてくる。


「エレノアの能力は『捕食ノ業(リリア・マーゲン)』」

「リリア?」

「そう。回復と生命を司る神よ。エレノアの能力は生命を組み上げるポンプ」


 ネリーの説明を耳にしつつも、ミロンは彼女の元に駆け寄った。

 跪き、ネリーの口元へと肉を持っていく。


「避けて、兄様」


 咄嗟に身を低くした。

 ミロンの頭上では、光の輪が回転していた。


「な、何!?」

「あたしっすよお」


 そこには暗い、絶望に染まったエレノアの顔があった。光の輪を両手に纏い、それをミロンへと振り下ろす。


「あ!」


 無様に転がるようにして、ミロンが前へと跳ぶ。光の輪が地面に触れ、その部分を綺麗に切断した。


「か、回復じゃないなんて聴いてないんだけど!」


 ミロンはエレノアの能力を回復だと思っていた。だが、違う。


「誰から聞いたんすか? あたしの能力は『捕食の業(リリア・マーゲン)』っすよ。生物から生命力を簒奪し、それを回復や攻撃に回す能力っす」


 実に丁寧に、エレノアが説明をしてくれる。しかし、彼女の首はまるで折れているかのように折れ曲がり、その瞳は焦点を宿していない。


「あのメイドさん、機人(オート)っすよねえ? あたしと相性最悪なんすよ」


 簒奪できる生命力がないっすから、とエレノアはゆっくりと呟いた。


「……ねぇ、エレノアさん。きみ随分と冷静だね?」

「な……」


 エレノアの目に殺気が宿る。彼女は素早く地を蹴ると、一瞬でミロンの右腕に掌を触れさせていた。


 直後、光が迸る。


 ミロンの右腕が、綺麗に切断されていた。真っ赤な血液が噴き出す。


 真っ赤な肉の断面図。中央の白は骨であろう。腕が地面に転がっていた。


「あああああ!」


 失った右腕を掴むようにして、ミロンがその場に蹲った。


「随分と……痛覚が残ってんすねえ。羨ましい限りっすよ」


 ミロンの顔面が蹴り飛ばされる。

 その人力を遥かに超えた膂力により、ミロンは遥か後方へと吹き飛ばされた。


 右腕で握っていた人肉が目に入る。


「こんなもの」


 と、エレノアが人肉を踏み付けた。


 カッときて、ミロンは左手で魔道書を取り出した。それを地面に置き、教鞭でページを捲った。


「行け!」


 炎が迸った。それは一本の槍となって、エレノアを突き刺した。

 彼女の腹に、風穴が開く。


「はぁ、そんなもんすか?」


 その傷は一瞬にして塞がった。奪った生命力を利用して、回復してしまったのであろう。


「本当の痛みは! あたしを!」


 絶叫を上げて、エレノアがミロンの元に駆け寄ってくる。光を纏った右腕が、ミロンの顔面を殴りつけた。


 頬が破れ、勢いに負けて背後へと吹き飛んだ。


「早く早く早く早く早く! 早く、あたしを殺してえええ!」


 ミロンを追撃することもなく、エレノアは咆哮した。そこにミロンは違和感を覚えた。


「ねえ、きみーー」

「御主人様! 申し訳ございません!」


 アリアの焦りに満ちた声。

 アリアは腹ペコに追い抜かれてた。


 腹ペコは食事を求めている。この場で最も食べやすいのは……ネリーの頭部である。


「ネリー!」


 ミロンは走り出すが間に合わない。このままではネリーが食べられてしまう。

 食べられれば、どうなるのかはわからない。僅かでも肉体が残れば、『創り者』は意識を持ち続ける。完全に消化されれば死ねるのかもしれない。


 しかし、ミロンはネリーに死んで欲しくはなかった。


 ミロンは思う。

 痛いのは、怖いのだと。

 怖いのは、嫌なのだと。


 未だにズキズキと痛む、失った右腕。ミロンにとって、その痛みは震えてしまう程の恐怖であった。


 怖い。

 怖い。


 けれども、だ。

 ミロンは走ることを止めない。必死な形相で、室内を駆け抜ける。


(もっと、怖いから)


 腹ペコの前に躍り出たとしても、ミロンは痛めつけられるだけであろう。

 それでも、ミロンは止まれない。


(痛いのは怖いけれど)


 今のミロン・アケディは臆病な少年である。

 質問するのが怖かった。痛みが怖かった。少女が怖かった。残り者が怖かった。アリスが怖かった。高さが怖かった。壊れ者が怖かった。哀れな母子が怖かった。


 それからも、何もかもが怖かった。


 今でも恐ろしい。


「ネリー!」


 だが、ミロン・アケディが何よりも恐れるものは、そのようなものではなかった。


 彼が本当に恐れるもの、それは、


(大切な人が死ぬこと)


 まだネリーとの付き合いは長くない。だけれども、彼女が己の為に頑張ってくれていることくらいわかっていた。

 だから、ミロンはいつの間にかネリーを大切に思っていた。


 恋愛的な好意ではないが。

 それでも、ネリーが死ぬことを想像するだけで、ミロンは今までで一番震えた。


 腹ペコが天井にぶつかる。すると、その天井を蹴りつけて加速した。


 ネリーへと、腹ペコが迫る。


「まだっ!」


 駆け抜ける。

 そして、とうとうミロンは魔道書の場所にまで辿り着いた。

 咄嗟に教鞭でページを指し、操作魔力を抜き取った。『操作(スポールト・ザカース)』によって、脚力を強化する。


 ミロンの肉体が弾け飛ぶように加速して、一気にネリーの前に躍り出た。


「う、ああああ!」


 腹ペコの口が、ミロンの左腕を捉えた。

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