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かつてゲームの大魔王  作者: 一崎
第一章 ミロン・アケディが恐れること
3/113

少女(☆)

「ようやく見つけたわ」


 聞き覚えのない声に、ミロンは振り向いた。また新手か、という絶望感と共に、背後にいる少女へと視線を向ける。


 そして、絶句した。


 絶望感からではない溜息が思わず漏れる。現れた少女は……美しかった。


 白銀の長髪が風に遊ばれ、舞っている。

 顔のパーツは一つ一つが、一流の細工師が生涯をかけて作ったと言われてもまだ不足な程に端整。

 これだけ完璧なパーツを集めておきながら、そこにはミロンのような歪さや不気味さは存在しない。


 ただ圧倒する美がそこにはあった。


「あ、ああ」


 感嘆の声を漏らすミロンに対して、少女は怪訝な表情を浮かべる。そのような表情ですらも、一級の美術品のように綺麗であった。


「……成る程。起きてすぐに、『残り者』に出会った訳ね」

「あ、貴女は誰ですか?」

「安心して。私は貴方の味方よ」


 そう言うと、白銀の少女はミロンに背を向けた。彼は見捨てられるのかと思い、無意識のうちに少女へと手を伸ばしていた。


 だが、その手は引っ込めることとなる。


「熱っ!」


 伸ばした手が焦げていた。


 己の掌の異変に唖然としていると、更なる異変が彼の目に飛び込んでくる。


 少女の髪色が変化していくのだ。


 白銀の髪は、根元から徐々にーー紅へと移り変わっていく。

 やがて、彼女の髪が完全な紅に染まり切った。


「覚悟して」


 直後、紅蓮の翼が広げられた。


 その紅は炎であった。炎の翼が、空を覆い隠したのである。いや、あれは翼などではない。


 大量のーー髪である。


 紅色の髪が伸び、空全体を覆っている。その髪の毛は一本一本が炎を纏っていた。その炎はまるで意志を持っているかのように、空気を喰らい、蠢いていた。


 炎の髪が動き出す。


神々の死体(ホラーチャーム)……『命ノ灯(アラハ・ハール)』」


 少女の宣言と共に、世界が爆ぜた。

 吹き付けるような熱風が、ミロンの頬を焦がす。


 少女のやったことは、実に単純であった。

 髪を地面に叩きつけたのである。


 大質量の髪が地面を叩き壊し、耳が壊れてしまいそうになる程の爆音を発生させた。

 炎が一瞬にして、『残り者』と呼ばれた化け物たちを焼き尽くした。


 後に残ったのは、焦土とクレーターだけである。


「終わりよ」


 少女の髪がどんどん短くなっていく。更には、髪から色が抜けていく。最終的には、元通りの白銀色に変わっていた。


「な、何!? きみは何だ! 今のは……」

「ついてきて」

「へ?」

「説明は後にするわ。ついてきて」


 謎の少女がミロンの手を取り、歩き出そうとした。彼は慌てて手を振り解き、謎の少女から距離を取った。


 それもその筈である。

 謎の少女は明らかに人間ではなかったのだから。髪を自在に操れ、また、その髪から炎を生み出す。

 これが人の所業であるとは考えられない。


 造形は違えども、ナメクジの肉体に蛭の唇を大量に貼り付けた化け物と目の前の少女の脅威度は同等であった。

 いや、あの化け物を一瞬で掃討した目の前の少女の方が、ミロンから見れば余程の化け物であろう。


 そのような少女に、ついていける筈もない。


 いやいや、とミロンは首を左右に振り乱す。瞳に涙すら浮かべて、彼は少女から距離を取っていく。


「ん」


 謎の少女は突然、理解したというように頷きを送ってくる。ミロンは警戒心に満ちた瞳で、彼女を睨む。


「自己紹介がまだだったわ」

「じ、自己紹介?」

「うん。私はネリー。ネリー・ナイトラウよ」


 ネリーと名乗った少女は、それだけ言うと再びミロンの手を取ろうとした。当然、ミロンは逃げる。


 そのようなミロンの姿を見て、ネリーは首を小さく傾げた。

 半目で、ジトりとした視線をミロンに向けてくる。


「おかしいわ。マニュアル通りなのに」


 ブツブツと呟きながら、ネリーは懐から本を取り出して読み始める。

 ちらりと、本の表紙が見えた。気持ちの悪い猿が、こちらを指差して大笑いしている。『猿でもわかる「創り者」マニュアル』という題名の本らしい。


「なるべくフレンドリーに。笑顔を絶やさず? 完璧の筈だわ」


 言葉とは裏腹に、ネリーは笑顔を浮かべていない。声音も、どちらかというと淡々としていて、フレンドリーさは感じない。


「何が足りないのかしら。あ。これだわ」

「こ、今度は何?」

「貴方の名前は?」


 疑問に対して、彼女は即座に別の疑問で返してくる。ミロンは調子を崩されつつも、渋々といった様子で名を名乗る。


「ミロン・アケディ、です」

「そう。じゃあ、兄様。……ぁ」

「兄様!?」

「……兄様、行きましょう。ここは危険だわ」

「危険って、何がさ。ぼくにとっては、きみも危険に見えるんだよ!」


 ミロンの当然の錯乱に対して、ネリーは表情を強張らせる。困っている様子が、ミロンにまでありありと伝わってくる。


 それが、ミロンの警戒を解いた。同情を引いた、とも言えよう。

 彼女のそのような姿を見せられた所為だろうか。ミロンは素直に言葉が発せられた。


「ご、ごめん。ぼく、錯乱してて。助けてくれたのに」

「良い。生まれたての『創り者』には良くあること。本に書いていたわ」

「そ、そうなんだ。で、きみはどうしてぼくを助けてくれるの? そして、ここは何処なの?」

「説明は後。先に逃げないと捕まるわ」


 誰に、という言葉をミロンは紡げなかった。見えたのである。

 闇に蠢く、無数の影が。


 うじゃうじゃと群れを成して、こちらを一目散に目指す蟲の大群が。

 漆黒の塊と錯覚してしまう程の蟲たち。


「うわあ!」


 素っ頓狂な声を上げてからミロンはネリーの手を握った。


「行こう、早く!」

「……は、離して。恥ずかしいわ」

「そんなこと言ってる場合!?」

「確かに。逃げた方が良さそう。あれを殺すとなると、私のキューティクルが心配……」

「心配するとこ、そこじゃないよ」


 そして、ようやく彼らは逃走を開始したのである。





挿絵(By みてみん)

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